4ー3 pudding
墓参りを終えた僕は、その後、なぜか月見里の部屋にいた。しかも、一人で。
「……」
人の部屋、尚且つ女の子の部屋に一人でいるというのは、ひどく落ち着かない。
月見里に勧められるまま、椅子に腰を下ろしたものの、気持ちはそわそわとして、どうしも視線をきょろきょろと無駄に動かしてしまう。
彼女がいなくなって、すでに二十分程の時間が経過している。果たして、月見里は何をしているのだろう。
コンコン、とノックの音が響く。彼女だろうか?
「はい」
僕の返事を合図に、外側から扉が開かれる。
現れたのは、月見里だった。手にはお盆が持たれている。
しかし、注目すべきは、そこではない。注目すべきは、彼女の恰好。
黒いエプロンドレスに、白いカチューシャ。スカートはロングで、足は白いタイツに覆われている。いわゆる一つの、アレである。
「なっ……?」
言葉を失う。
蛯名さんの姿を見た時も、軽い衝撃を受けたが、この衝撃はそれの比ではない。こう言っては何だが、完璧だった。不特定多数に対してではなく、僕個人に対して。
「お待たせしました。ご主人様」
驚く僕を見て、メイド姿の月見里がにこりと微笑む。その様子は、妙にサマになっており、更に僕の心をざわつかせる。
「何なんだ、一体?」
「〝何〟と申されましても、メイド、ですが?」
不思議そうに、小首を傾げる月見里。
どうやら、完全に、役に入り切っているらしい。
……ここで、その事を指摘して、場の空気を冷めさせてしまうのも何だか違う気がするので、僕は、月見里のノリに、このまま乗っかる事にした。
飽くまでも、乗っかるだけで、好き好んで付き合うわけではないし、〝ご主人様〟などと呼ばれて喜んでもいない。
月見里が、僕の座る椅子まで近付き、目の前に、赤い液体の入った液体と黄色い何かが入った手の平サイズの容器を置く。どちらも小皿に乗っており、容器の方には銀のスプーンが添えられていた。
「何だ、これは?」
「紅茶とプッティングですわ、ご主人様」
言いながら、にこりと微笑む。
月見里の中で、メイドは〝ご主人様〟と雇い主を呼び、にこりと微笑むものというイメージがあるようだ。……まぁ、ぽいけど。
まずはカップに手を伸ばす。
口に運ぶと、コーヒーとはまた違った苦味と甘味が、口内いっぱいに広がる。
「美味しい……」
今まで飲んできた、どの飲み物より美味く、また味わい深かった。
「お口に合ったようで良かったですわ」
次にスプーンを手に取る。
〝プッティング〟と月見里が呼んだそれは、僕の知っている〝プリン〟とは少しばかり見た目が違った。味は……やはり美味い。甘いだけではなく、何というか、濃厚だ。
「どう、でしょうか?」
月見里が、恐る恐るといった感じで、僕に味の感想を尋ねてくる。
「もちろん、美味しいよ。これは誰が?」
「私でございます。ご主人様」
そう言った月見里の表情は、どこか得意げだった。
なるほど。それで、あの反応だったわけか。
「月見里、料理出来るんだな」
「〝明里〟とお呼び下さい、ご主人様」
「……」
まぁ、確かに、この設定なら、そう呼ぶ方が自然か。
「明里、料理出来るんだな」
「はい。当然です。いつお嫁に貰われてもいいように、毎日、鍛練を積み重ねてきましたから」
鍛練。月見里――いや、明里の場合、言葉通り、本当に凄まじい努力を、日々こなしていそうだ。
「それに、プッティング――プリンは、私にとって、世界で二番目に好きな物ですから」
そう言って、月見里は胸を張った。
あぁ。そう言えば、なんか、そんな事言っていたな。〝プリンの次くらいには〟って。……あれ? という事は、僕は三位か。世界三位、銅メダルなら立派なものだが、まさか更に上がいるとは思ってもみなかった。
「ちなみに、一番は何なんだ?」
「もちろん――」
Puddingには、俗語で〝まぬけ〟という意味があるらしい。明里の答えを聞いた僕の今の顔はきっと、まさにpuddingだろう。




