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pudding  作者: みゅう
3.臆病なライオン
11/14

3ー4 体調不良

 翌、火曜日。月見里は見るからに調子が悪そうだった。

 この場合の見るからにとは、僕の目から見た時の話であり、おそらく他の誰も彼女の異変には気付いていないだろう。その証拠に、クラスメイト達は、普通に月見里と接しており、また彼女の方も至って普通な対応を心掛けていた。

 故に、非常に不本意ながら、この役目は僕にしか出来ないのだった。


「月見里」


 休み時間。彼女が一人になった時を見計らい、声を掛ける。


 おそらく、体調が悪くなり、トイレに行こうとしたのだろう。いつもはいるはずの取り巻きが今日はいなかった。


 それにしても、なぜ女子は複数人でトイレに向かうんだろう? 全くもって謎だ。――と、そんな事、今はどうでもいいか。


「あら、橘君。どうしたの?」


 振り返り、余所(よそ)行きの声を返しながらも、内心の動揺が月見里の顔には出ていた。思えば、僕の方から月見里に話し掛けたのは、これが初めてかもしれない。


「大丈夫か?」

「何の事?」


 (とぼ)けやがって。


「君は、僕の目を、ガラス玉か何かだと思ってるのか?」

「……クラスメイトは誰も気が付かなかったわ」


 その言葉が、暗に僕の言葉を肯定していた。


「ガラス玉が入ってるんだろう」


 そんな事は、入学当時から知っている。


「保健室に行かなくても大丈夫なのか?」

「ええ。たまにあるの。大抵、一日で治るわ」

「母さんも同じような事を言ってたよ」

「え?」


 母さんは昔から体が弱く、月に何度か、調子の悪い日があった。そういう時に、決まって母さんは、笑顔で今の月見里と同じような台詞(せりふ)()いていた。


「……気が変わった。保健室に行くわ」

「え?」

「そんな顔されちゃ、行かないわけにはいかないでしょ?」


 僕が今どんな顔をしているかは分からないが、月見里の反応から、とても情けない顔をしている事だけは分かった。


「その代わり、あなたがエスコートするのよ」

「……」


 まぁ、この流れだと、そうなるわな。僕が行くのを勧めたわけだし。


 保健室は西校舎の一階にある。昇降口からは少し離れているが、専用の出入口があるので、その事で何か問題が生じる事はほぼないだろう。


 ノックをし、中からの返事を待ってから、扉を開ける。


「あら、橘君。何かご用?」


 養護教諭の、御陵(みささぎ)和美(かずみ)先生が僕の顔を見て、フランクに声を掛けてきた。何を隠そう、僕は保健委員で、御陵先生とは少なからず面識があるのだ。


「用があるのは、僕ではなく、彼女の方です。どうやら、調子が悪いようでして」


 中に進むと、背後にいた月見里が僕の隣に並ぶ。


「すみません。私は大丈夫だと言ったのですが、彼が聞かなくて」

「おい」


 確かに、間違ってはいないけど、何もわざわざそれを口にしなくてもいいだろう。


「随分、過保護な彼氏さんね」


 何かを勘違いした様子で、御陵先生が楽しげに微笑む。


「いや、別に、付き合ってませんから」

「そうなの?」


 目線を月見里に向け、尋ねる御陵先生。


「橘君がそう言うなら、そうなんでしょう」


 なぜ、月見里に確認を取る。そんなに、僕の言葉は信用ないんだろうか。


「まぁ、その辺りは、当人同士で解決してもらうとして――」


 何をだ。


「とりあえず、ここに座ってもらっていい?」


 そう言って、御陵先生が自分の前に置かれた椅子を、ぽんぽんと手の平で叩く。


「はい」


 返事をし、椅子に近付いた月見里が、それに腰を下ろす。


「確かに、顔色は悪そうね。熱はないみたい。口開けて。扁桃腺(へんとうせん)()れて……ないかな」


 デコを()れたり、器具を使ったりして、月見里の様子を調べる御陵先生。


風邪(かぜ)ではないみたいね。こういう事はよくあるの?」

「たまに」

「そう。早退する程ではないと思うから、ベッドで少し休んだら教室に戻りなさい」

「いえ、そんな。大丈夫です」

「ダーメ。橘君、彼女をベッドに」

「はい」


 御陵先生に従い、月見里に近付くと、僕は彼女に左手を差し出した。


「立てるか?」

「だから、大丈夫だって」


 そう言いつつも、しっかり僕の手を取り、月見里が立ち上がる。言うだけあって、その動きに妙なロスや引っ掛かりはなかった。


 右手を彼女の腰に触れないギリギリの所に浮かせ、ベッドまで月見里を連れて行く。


 彼女がベッドに座ったのを確認し、僕は左手を引っ込めた。


「ありがとう。後は見とくから、橘君は教室帰りなさい。もうすぐ、次の授業始まるわよ」


 御陵先生の言葉に呼応するかのように、予鈴が鳴る。

 確かに、あまり時間はなさそうだ。


「じゃあ、月見里の事、よろしくお願いします。無理すんなよ」


 前半を御陵先生に、後半を月見里に言い、僕は保健室を後にした。


「待って」


 扉を閉めようとする僕を、月見里が呼び止める。

 (しば)し、彼女の言葉を待つ。


「その、ありがとう」

「どういたしまして。……失礼します」


 今度こそ、扉を閉める。


 あぁ。不味(まず)いな、これは。この感覚は非常に不味い。

 どうやら、僕は月見里に対し、とてもナーバスになっているらしい。御陵先生の言葉を借りれば、〝過保護〟という奴だ。彼氏でもないのに、恋人気取りか、僕は。


「彼氏、ね……」


 それも、誤解を恐れず言えば、僕の決心次第、な気もするが……。

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