3Aー14話 スライム娘クッキング
雨が小降りになったので、私達は、ベースキャンプの廃村に戻った。
「ドロドロ女、お前泥だらけじゃねーか。こっち来んなよ」
雨が降るとだいたいこう。いつも体に泥が混じって汚れてしまう。とはいえ、ちょっとの距離なので、いつも程泥だらけじゃないけど。
「わ、私は泥なんてつけませんよっ!」
さっきの雨で打ち解けたような雰囲気になったかなと思ったけど、どうやら気のせいだったみたい。
言い合いをしながらベースキャンプへと向かう。
でも、イルハスさんと私のいつもの言い争いなのに、なんだかちょっと違う雰囲気がするのはなんでだろう。
……まあ、別にいっか。
「あー……やっぱ広場も濡れてはるねー」
マキノさんが、キャンプの焚き火痕を眺めながらそう言った。
昨日まで火を焚いていた場所は、さっきの大雨で濡れてしまっていた。
ロランさん達はまだ戻ってきていない。
私達と違い、今日は探索範囲が広いと聞いていたので、流石に時間がかかるのだろう。
「ま、メシ作るだけなら問題ないだろ。今日はあっちで食おうぜ」
夕飯の準備は、早く帰ってきたほうがするルールになっている。
昨日はロランさん達だったので、今日は私達がすることになる。
集会所には、集会のときに炊事するためのものと思われる台所があった。
ここは室内なので、当然濡れていない。炊事は問題なく出来る。
「じゃあ、メルティちゃん、火付けお願いねー」
「は、はい……」
日常生活でも魔法の練習。ちょっと緊張する。
呪文を唱えながら胸の前に火の玉を作り、それに向けて粘着ボールを発射。
火のついた粘着ボールはかまどの薪の上に落ち、燃え始める。
無事に火付けが出来たようだ。
「よーし、オッケー!」
ターシャさんから合格を貰う。
「んー、でもまあ今はええけど、粘着ボール無しで火を撃てへんの?
そっちの方が便利やと思うけど」
「まあ確かにねー。
人間の姿で粘着ボールは撃てないもんね」
うん、確かに二人の言う通り。
人間の姿で、粘着ボール無しで打てるようになれれば、街中での日常生活でも使えるはずだ。
「ま、後で練習してみよーよ!」
「そ、そうですね……」
魔法は、日々訓練あるのみだ。
「え、イルハスさん、料理できるんですか!?」
私は驚いた。イルハスさんがナイフを握っている。
「おう。まあな」
料理はマキノさんも作れる。でも、昨日マキノさんは炊事を担当したばかりなので、連続で頼むのは申し訳ないという事で、イルハスさんが作る事になったそうだ。
「でもイルハスさん、貴族って言ってたのに、意外です……」
「ま、料理しない貴族連中はいっぱいいるぜ。
でもまあ、ウチは貴族っつっても、騎士の方の家系だからな。
戦争や魔物討伐で遠征する時はキャンプで炊事したりするからな。
俺も料理は一通り仕込まれてるんだ」
「へぇぇ……」
「つーかよ、ドロドロ女も魔法女もどっちも料理できねーってどういう事だよ」
「あ、アタシは刃物は専門外で……」
「私もあんまり、料理はしたこと無くって……」
「……ロランたちと組んでるときは、どうしてたんだ?」
「料理はロラン君が上手だったから……
ミリィも作れるんだけど、ミリィの国のやり方は香辛料をたっぷり使うから、アタシ達の口には合わなくて……」
「マジか……アイツも大変だな……
じゃあ、やってみるか? 野菜切るくらいなら出来るだろ」
「……へっ?」
というわけで、急遽私が、包丁を握る事となった。
ちなみにターシャさんは毎回指を切るとの事だったので不参加だ。
私は、まな板の前に立ち、目の前のにんじんを眺めている。
「おい、どした」
「あの……そもそもなんですけど、私が料理作っても大丈夫ですか?」
「ああん? どういう事だよ」
雨の泥汚れはいつも程じゃなかったので、既に食べ物を持ってもためらわれない程度には戻っていた。
とはいえ、スライム娘の私には、根本的な問題点がある。
「いやその、私、こういう手ですし……」
私は、粘液性の手のひらを見せる。
「私が料理をすると、どうしてもこれが野菜に付いちゃうんですが……大丈夫ですか?」
「いや、お前が触ってる物、ほとんど残ってないだろ、そのドロドロの液体……」
「でも……嫌な人は嫌かなーって……」
実際、修行中の頃、流石に申し訳ないので、出来ないなりにオパールさんに手伝おうと思った事はあった。
でも、こういう手で触った食材は嫌がられるかもしれないと思い、声をかけるのを躊躇してしまった。
確かに触っても綺麗に粘着剤は剝がれるのではあるが、潔癖症な人だと嫌かもしれないと思う。
「……なあ、ドロドロ女。そもそもスライムって、食えるのか?」
「……えっ」
イルハスさんが突然そんなことを言い出した。
私が……というよりも、私の中の3匹が一斉にドン引きしてしまった。
「あ、いや、そうじゃない。別にお前を食おうって話じゃない。
いやホラ、食材になるんなら、料理に使っても大丈夫だろ。
だったらお前が調理しても大丈夫じゃねーかなと、そう思ったんだが……」
「あ、そ、そうなんですね……」
とりあえずホッとした。
でも、スライムが食べられるかどうかなんて分からない。
まあ結局、スライム娘に聞かれても……と言う話ではあるが。
「マキノ、何かそういう話、聞いたこと無いか?」
「んー……まあ、遠い場所の田舎の方で、珍味として食べられてたって話は聞いた事あるよー。
でも、あんまり美味しくないらしいよー。
油と砂の味がするって」
「そ、そうか……」
「あ、そっか。魔水晶を食べるのみたいなものですしね……」
「……ん? メルちー、なんでいきなり魔水晶の話?」
「あ、えっとその、オパールさんが言ってた事なんですけど……
スライムって特殊な方法で焼くと、白い粉が残るんです。
その粉って、魔水晶と同じ成分らしいんです。
だから師匠は『スライムは、魔水晶の粉末が、何らかの方法で生命体になったものだ』って分析していたんです。
だから多分……食べたらその魔水晶の味がするんだろうなーって」
「へー」
ターシャさんは、分かったような分からないような顔をしながら聞いている。
「……まあ、話をまとめると、ドロドロ女が料理すっと、魔水晶の砂みたいな味がするかもって事だな」
「え、えっと……そうなる……んですかね……」
「ま、それなら洗えば大丈夫だろ。後は体液が料理に混じらないようにすりゃあいい。
万が一の時はマキノの胃薬もある。
っつーわけで、とっととやれ」
「あ、はい……」
まあ、珍味として食べられるくらいだから、人間の胃袋に入っても死んだりはしないだろう。
不味いと言われる可能性は高いが、とりあえず野菜切りだけなら大丈夫そうだ。
「じゃあ、いきます……」
私は、小さめの包丁とにんじんを握り、まずは皮むきに挑戦する。
「……あ!」
包丁が指に触れてしまった。
ぼとっ、と、私の指がまな板の上に落ちる。
「…………」
イルハスさん、その光景を見て固まっている。
「す、すみません、やり直します……」
私は落ちた指を持ち上げ、体にくっつけて再挑戦。
「……あ、ああ……」
イルハスさんは固まったまま、それだけ言った。
「うぅ……終わりました……けど……」
皮むきを終えたにんじんは、だいぶ大きさが小さくなってしまった。
「メルちー、スライム娘で良かったね……人間だったら、指1本も残ってなかったよ……」
結局料理の手伝いは、時間がかかりすぎる……というか、イルハスさん達の心臓が持たないという事で、そのほとんどをイルハスさんが作る事になった。
……料理も、日々訓練あるのみだ。
太陽が沈む頃、料理が完成した。
「お、美味そうな匂い」
そう言いながら、ロランさん達が帰ってきた。
イルハスさんが進捗を聞く。
どうやらロランさん達も、無事に地下3階までのスラグ除去を終える事が出来たようだ。
イルハスさんの料理は、昨日と同じ野菜スープ。
設備が整っていないここの炊事場では、そんなに難しい料理は作れないみたい。
でも、昨日のマキノさんと味付けは変えてある。ベーコンも入っていて、昨日よりちょっと豪華だ。
「おー、イルハス、美味いじゃないか」
ロランさんがイルハスさんを褒める。
「まーな」
イルハスさんが自信たっぷりに威張る。
「ま、ドロドロ女も手伝ってくれたおかげだけどな」
「えっ……?」
思わず私は聞き返してしまう。
「なんたって、そこのドロドロ女が、野菜クズを沢山作ってくれたからな。
おかげでいいブイヨンが出来たぜ」
「くっ……」
私は目を逸らす。やっぱりそういう意味か。
悔しい。皮肉に言い返せない。でも確かに美味しい。
「……うん、あんまりジャリジャリもしないね」
ターシャさんが食べながらそう言う。
確かに、一応洗ったとはいえ、私の体液がベッタベタにくっついた割には、砂っぽくは無い。
「まあな。一応注意はしてたんだが……
まあそれよりも、なんだかいつもより、とろみがついたっぽいんだよな。
なんつーか、ジャガイモ煮過ぎた時みたいな……」
「へぇ……そんならつまり、メルティちゃんって、ジャガイモ味なんだ……」
マキノさんがこっちを見てそう言う。
「……え、えっと、マキノさん……?
ひょっとしてマキノさん、私の事、食材として……見て、いません、よね……?」
「……………………もちろんやないの! も~何言っとるんよ~メルティちゃん!」
「い、今の長い間は、なんだったんですか……」
ほ、ほんとに大丈夫かな……。
「え、なになに、何の話?」
ロランさんが訪ねる。
「えっとなー、さっきメルティちゃんが手伝ってなー」
「わ、わ~~~っ! マキノさん、言わないで~~~!!」
この先を言われたら大変なことになる。
全力で話を遮らなきゃ。そう思った……。
【作者補足】
当作品のスライムは『ケイ素生命体』という事になっています。
ケイ素は食品中にも、特に野菜やイモ類、豆類、穀物の食物繊維に豊富に含まれているそうです。
そのため、当作品内では『スライム娘=片栗粉(ジャガイモから作られる食材)に近い』という設定にしました。
当作内だけのだいぶ飛躍した強引な設定だと思いますので、そのへんご留意くださいますようお願いします。
(メルティが料理する話を書きたかったはずなのに、どうしてこうなったんだろうな……)




