3B-3話 フォズ・アユルの遺産
月曜日のお昼休み。
私はいつものカフェで、憲兵隊のジャン・コーディ君と会っていた。
「……という訳なの。コーディ君、お願いできないかしら?」
「はぁ……。まあ、ソレーヌさんの頼みなら……。
でもこれ、本当なんですか?
本当にこんな事が?」
「なるかもしれないし、ならないかもしれない。
でも、事が起こってからでは遅いでしょ?
あらかじめ、備えだけはしておきたいの」
「そ、そういう事でしたら……」
コーディ君は私の『頼み』を、半信半疑の様子で引き受けてくれた。
まあ実際、私自身も半信半疑なのだけど。
その日の夕暮れ過ぎ、いつもより遅れて始まった、冒険者ギルドの定例会議。
「……これで、以上です」
「マリナ、ありがと」
私はいつものように進行役を務めている。
本日よりこのギルドに配属されることとなったギルドマスター、ジェイク・フォーグナーを加えて初の正式な会議ではあったが……。
「まだ不慣れな新参者だ。いつものように進めてくれないか」
との言葉により、いつも通り、私ソレーヌが進める事となった。
主な要点は、『森タマネギ収穫の常時依頼』、そして『街付近のゴブリンの出現』の2点だった。
先週の金曜日、街付近の2か所に現れた、計10匹のゴブリン。
うち、『盾持ち』と呼ばれる弱いゴブリンは9匹討伐済みだが、残る1匹の、それより強い『ソード持ち』は撤退。その後の足取りを追っていたが、3日経った今日でも、その姿は確認されていない。
「もうこれ以上、『セルニ』の名前でクエストを出すのは、限界かもしれませんね」
「そうね……」
ロア君の言葉に私は同意する。
計6カ所、『生態調査』の名目で出したゴブリン捜索の依頼は、さすがに今日は受ける者はほとんどいなかった。
南南西の森を担当したルーナチームもまた、明日以降は別のクエストを希望している。
「出現するのが、マリナ君の読み通り『金曜日』限定なら、その日以外は禁止令を解除しても良いのではないでしょうか?」
「……いえ、まだ金曜限定と確定したわけでは無いわ」
ロア君の提案に、私は反対する。
マリナは賛成も反対もしない。自分の仮説が正しいかどうか、悩んでいるようだ。
「なあ、南南西の森や他の場所に入れない事で、Eクラスの連中から苦情は来ているのかい?」
新ギルドマスターのジェイクが口を挟んでくる。
マリナがその質問に返答する。
「いいえ、特には……。
Eクラスのうち、8名は『第23番旧坑道』に出発しております。残る15名も、ゴブリンが出現しない場所のクエスト等に出ております。大半は『森タマネギ収穫』の常時依頼に出ていますね」
実際、このタイミングで『森タマネギ収穫』があるのは非常に助かっている。
皆、儲かる常時依頼のほうに意識が向いているため、こちらの異常事態には関心が薄い。
「だったらまあ、まだ様子見でもいいんじゃないか?」
「はぁ……」
納得はしたようだが、ロア君も空返事である。
今はまだいい……その判断はまあ悪くないかもしれない。
でも、いつ制限を解除するのか。ただ先送りしただけに過ぎない。
「でも……そもそも、またあの森に現れるんでしょうか、ソード持ちは……」
マリナが疑問を述べる。
「マリナ、あなた自身はどう思うの?」
これは、ちょっと意地悪な質問かもしれない。
「えっ!?
え、えっと……そうですね……
……もう、出ないかもしれないですね……」
「理由は?」
「ゴブリンが、『スライムを集めるために出現した』という仮定でしたが、これはもう確定でいいと思います。
南南西の森含め、付近一帯にはもうスライムの出現情報はありません。
ゴブリンはもう、スライムを刈り尽くしてしまったと考えるべきだと思います。
だから、もうゴブリンが再度来る危険性は無い……とは思いますが……」
「なるほど。確かに、スライムがいないんじゃあ、スライム狩りのゴブリンはもう訪れないな。
ならばもう、安全宣言を出してしまおうか?」
「いえ……」
割って入ったジェイクの提案を、マリナは否定した。
マリナは、テーブル上の地図に目線を落としている。その目線の先は、『第23番旧坑道』の位置の上に乗せられた、とある少女の似顔絵に合わされていた。
「スライム娘……メルティさんの事が気になるのね?」
私が訪ねると、マリナはこくんと頷く。
「ソード持ちが、普通のスライムから『スライム娘』にターゲットを切り替える可能性はあると思います。
確かに、あの森にはもうスライムはいないかもしれません。
でも、より珍しい『スライム娘』を、ソード持ちは見ちゃっているわけです。
ゴブリンがスライムを集める目的も理由もまだ分かりませんが、次の金曜日、また『スライム娘』を狙って、ソード持ちが現れる可能性はあるような気がするんです……」
スライム娘は、私達から見れば、『スライムの姿になっている人間の冒険者』である。
しかし、ゴブリン目線ではそうでは無い。
森に生まれた突然変異種、そう思われている可能性は無くは無い。
……マリナはそう考えているようだ。
「あ、あのっ!!
次の金曜日、また南南西の森に依頼を出せないでしょうか!
希望者がいないなら指名依頼で……ルーナさん達に、今度はちゃんと事情をお話しして、ソード持ちの討伐依頼として!!」
マリナが立ち上がって、皆にそう問いかける。
「マリナ、落ち着いて……」
私はまずマリナを宥めて、落ち着いてから続きを話す。
「マリナ、それは出来ないわ」
「どうして、ですか……?」
「まず……正体をソード持ちだって明記する事は、論外よ。
今朝の冒険者達の慌て具合を見ているでしょ?
街の付近にゴブリンが出現した……今朝この噂が浸透しただけでも、ギルド内の冒険者は大騒ぎだった。
ギルマスが皆と握手して、それでやっと落ち着いたのよ」
ジェイクが少し驚いたように、自分を指差している。ここで名前を出されるとは思っていなかったのだろうか。
実際、彼が就任挨拶と称して前に出てきたことで、騒ぎは収まった。
ゴブリン出現の噂よりも、それを華麗にやっつけた新ギルマスの登場の噂で上書きされた。
まあ、この男がそれを意図してやったのかどうかは分からないが。
「少し前の『蒼の巨人』に伴う配置換えで、魔物の出現場所の異常には、皆神経質になっているわ。
その状況で街のすぐそばにゴブリンが出現したとなれば、混乱は加速するでしょう。
そんな状況で、その残党が『盾持ち』じゃなくて『ソード持ち』だと知られたら、また騒ぎになる……。
今度はギルド内で収まらず、一般市民に知れ渡るかもしれない。それだけでも街はパニックになるわ」
「なるほどな……」
ジェイクが口を挟む。
「ルーナ君だっけ。Cクラス筆頭との話だし、結構衣装が派手だし目立つよな。
そんな彼女の名前を指名依頼でボードに貼り出すだけで話題になる。
件の森は南側の街道に近い。例えゴブリンの名前を出さずとも、噂が噂を呼び、市民の不安を煽ることになる。
……そういう事かな?」
ジェイクの言葉に、私は黙って頷く。
「じゃあ、じゃあどうしたら……」
マリナはうつむいてしまった。
「マリナ君。顔を上げなさい。
こっちのソレーヌお嬢さんだって、それくらいは考えているよ。
……いや、もっと悪い可能性まで考えて、かな?」
「えっ? ギルマス、どういう事ですか?」
「伝えるべきだよ、ソレーヌ嬢。君が何を懸念しているのかを」
「……そう、ですね…………」
「あの、2人とも、何を言っているんですか……?」
マリナが、不安を隠せない表情でこちらを見ている……。
私達は会議の場を、いつもの会議室から、ジョブチェンジの祭壇のある集会室に移す。
「あの、どうしてここに……?」
マリナが私に聞く。
「実際に見て貰った方が分かりやすいと思って。もし私の勘が当たっていればの話だけど……」
集会室には、ジョブチェンジ用の祭壇がある。
冒険者がジョブに就く時、ジョブを辞める時、あるいは別のジョブに転職する時、この祭壇を利用する。
転職の祭壇、冒険者ギルド内ではフォズと呼ばれている。
『Form Operation and Zapping system』の略だとか何とか。
大昔の勇者と魔法の時代の頃にいた、有名な神官の名にあやかってそう呼ばれているとか何とか。
言わば、彼女が遺した遺産だ。
「さっき、南南西の森の探索から帰ってきたルーナさんから、預かったものがあるの。これよ」
私は、それをマリナに渡して見せた。
「これ、何ですか? 緑色の、革のような……」
「見覚え、あるんじゃない?」
「えっ? う~ん……」
まだピンと来ていないようだ。
私はその革の切れ端をマリナから受け取り、フォズの装置手前に置く。
すると、水晶の裏側に文字が表示される。
『エラー 未登録のジョブです』
そう書かれている。その後も何か文章が羅列されているが、読めない。
「……やっぱり」
「えっ、これって……?」
「そう……ジョブマニュアルの表紙の切れ端よ」
ジョブマニュアル。革製の表紙の小さな手帳。
ルーナから受け取った時、受付嬢の私には、それが何なのかすぐに分かった。
業務でもう、何百冊、何千回と手に触れていた感触だったからだ。
「でも……いったい誰の……?」
ここ最近、南南西の森に出かけた冒険者は数名。
このうち緑色の表紙のジョブマニュアルを持つ者は、弓使いのロランと、羊飼いのドーラの2名のみ。
しかしどちらのジョブマニュアルも、損傷したとの報告は無い。
そして極めつけは、今現在、水晶玉に出ている『未登録のジョブ』の表記。
「南南西の森に入った冒険者のマニュアルでは無い。
じゃあ誰のマニュアルの切れ端なんでしょうね。……誰だと思う?」
「えっ…………えっ!?
ひょっとして……ゴブリン?」
「そう。あの場でロラン君たちと戦った、『ソード持ち』が持っていたジョブマニュアル。
そう考えるのが正しいと思わない?」
ロランは弓使いとしてあの日の森に参加していたが、シーフの技能もある。
シーフ由来のナイフ捌きで敵と交戦しているうち、ゴブリンがどこかに持っていたジョブマニュアルに傷をつけ、表紙の破片を落としたのだろうか。
あるいは、シーフのスキルの『盗む』が効果をもたらしたかもしれない。
盗むまでは出来なかったものの、破片のみ奪い、その場に落とすことが出来た……そうも考えられる。
「ねえマリナ、あなた、この『エラー 未登録のジョブです』の表記の文字列、ごく最近見たことは無い?」
「メルティちゃんの……『スライム』のジョブマニュアルを最初にスキャンしたとき、出てきた表記……」
「そう。あの時もこういう表記が出たはずよ。そして、その続きの文章も、こんな感じで読めない文字が続く……」
「これ、もしかして……魔物言語……」
「じゃあマリナ、これらの事実を総合すると、どう考えられる?」
「……にん、げん……?
ゴブリンじゃなくて、『ゴブリンのジョブ』で姿を変えた、人間……?」
そう。その通りだ。
私が懸念していた事。そしてジェイクが気が付いていた事。
それが今、マリナにも伝わった。
そして、ルーナ達が見つけてくれたこのジョブマニュアルの破片により、その事実が確定した。
スライムを狩っていた者。
そして、メルティたちと戦い、重傷を負わせた者。
その正体は……人間。
モンスター職の『ゴブリン』の力で、魔物の姿に変えた人間。
「そう、つまり……。
『ゴブリン』に姿を変えた人間が、メルティ達を襲ったのよ」
「そん、な……」
マリナは狼狽している。そばにいたロア君も驚いている。
ジェイクは、やはりここまで察していたようだ。
「これで、南南西の森に再度ルーナさん達を派遣させる意味が無い事、理解してくれた?」
「は、はい……」
「『ゴブリン』も気が付いているはずよ。メルティちゃんが、自分と同じ『モンスター職』だって。
普段は自分と同じく、街の中で生活しているという事に。
だから、もう南南西の森に行く必要が無い。
街の中で、その時のスライムに似た人間を探せばいい」
「街の、中……」
「そうよ……。
恐らく、来週の金曜日。街の中にゴブリンが現れる可能性が高いわ」
「街の中に、ゴブリンが……」
ジェイクが口を挟む。
「ま、もし『敵』が『スライム娘』を見つけられなかったとしても、それでも街中に現れる可能性は高いだろうね。
もうこの付近の森やダンジョンに、通常のスライムはいない。
となると、もうスライムのいる場所は『街の中』にしかないんだから。
普通のゴブリン共には無理でも、『人間』の手引きならそれは可能だろうね」
「……そうですわね。
まあいずれにせよ、これだけは言える。
私の悪い予感が確かなら……。
最悪の場合、来週の金曜日。この街は戦場になるわ」
「街が……戦場に……?」
マリナ、そしてロア君の反応はやはり、昼間のカフェのコーディ君と同じものだった。
「そしてさらに言うとだ。
『容疑者』は、冒険者の中にいるって事だね」
最後のジェイクの駄目押しの一言に、マリナはもうこれ以上、一言も発する事が出来なくなってしまった。
今日の会議はどうやら、もう少し長くかかりそうだ……。




