余談
この世界の「ユーグ・ダヴー」の周囲の評判がメインの話です。
「全く。何で20歳を過ぎた海兵隊士官になった息子と、その義弟の尻拭いをする羽目になるのだ」
土方歳一大佐は、1940年春のある日、ボヤキながら、仏陸軍総司令部を訪問していた。
自分の息子、土方勇と、その義弟、岸総司が、岸総司の実父、ユーグ・ダヴーを殴ったのは、土方大佐にしてみれば、単なる親子喧嘩である。
とはいえ、単なる親子喧嘩、で済ますわけにはいかなくなっていた。
仏陸軍の将官を、日本海兵隊の少尉や中尉が殴った、という話が、気が付けば、英米軍の間にまで広まってしまっていたのである。
それなのに、一切、日本海兵隊は、仏陸軍に謝罪をしていない、幾ら何でも非常識だ、と英米軍の主な士官の間で、半ば公然とささやかれるようになっては。
遣欧総軍の総司令官である北白川宮成久海兵隊大将から、
「一つ、理由を述べたうえで、お前が頭を下げてこい」
と言われるのも、ある意味、当然の話だった。
仏陸軍総司令官のガムラン将軍に、土方大佐は会っていた。
土方大佐を出迎えたガムラン将軍は笑いながら言った。
「謝りに来られることはないでしょう。単なる親子喧嘩ですよ。まあ、殴られて当然の男ですし」
「はは」
土方大佐も苦笑いせざるを得ない。
「しかし、あの男が絡む話は、いつも大きくなりますな。ある意味、困った男です。自分に正直で、どうにも憎めない。軍人として有能な男ではあるのですが」
ガムラン将軍は、言葉を続けた。
「全くですな。単なる親子喧嘩を、四か国を巻き込む話にできる奴は、あいつ位です」
土方大佐も、その言葉に肯き、更に想いを巡らせた。
土方大佐も、ユーグ・ダヴーが日本人だった頃のことを知らないでもない。
何しろ、土方家と岸家は、家族ぐるみの付き合いを、自分の父の頃からしている仲である。
「こいつを次女の忠子の婿にすることにした」
と欧州出発前の岸提督が、土方家を訪問した際、自分に紹介したのを、覚えているくらいだ。
そして、第一次世界大戦で、ユーグ・ダヴーは勇戦した末、終戦を迎えた。
1918年の最終攻勢直前に欧州にたどり着いた土方大佐にしてみれば、尊敬する歴戦の先輩だった。
そんな先輩が、第一次世界大戦終結とほぼ同時に、現地除隊を選択して、元娼婦の雑役婦と共に失踪するとは、思いもよらないことだった。
しかも、それには、今の日本の首相と枢密院議長が関わっているのだ。
今の日本の首相は、米内光政(予備役)提督であり、枢密院議長は、鈴木貫太郎(後備役)提督である。
ユーグ・ダヴーが、現地除隊を希望した際に、それを許可する上申をした直属の上官は、後の首相と枢密院議長だったのだ。
そして、次女(?)の篠田千恵子の結婚に際しても、林忠崇侯爵や北白川宮大将の手を煩わせている。
ここまで、周囲に迷惑をかけた人間に、大物が揃っているとは、ユーグ・ダヴー以外に誰がいるだろう?
更に、ユーグ・ダヴーは、関係を持った女性4人全員に、今でも好意を持たれている。
村山キクは、あの人は、いい人でした、というのが口癖だった。
ジャンヌ・ダヴーは、事実上の正妻として、現在、ユーグ・ダヴーと同居している。
岸忠子や篠田りつに至っては、今でもユーグ・ダヴーが帰国して、同居できる日を待ち望んでいる。
全く、ここまで、女性とある意味、無節操な関係を持っておきながら、好意を持たれ続けるとは。
ユーグ・ダヴーを知る海兵隊士官の多くが、
「あいつは、女絡みで殺されても当然だ。来世で、女に袋叩きにされて、殺されてしまえ」
と吐き捨てるように、言うのも当然なように、自分には思えてくる。
だが、考えてみれば、ユーグ・ダヴーと関係を持った女性全員は、それなりに訳ありが揃っている。
ユーグ・ダヴーが、無節操に手当たり次第の関係を、女性と持った訳では、決してない。
そして、現地除隊して、仏外人部隊に転がり込んだ後、ユーグ・ダヴーは、ある意味、理想的な家庭を築くことに、ジャンヌ・ダヴーと共に成功している。
こういうふうに考えると、ユーグ・ダヴーの悪口を言う海兵隊士官が、単にユーグ・ダヴーを羨むあまりに、悪口を言っているようにも見えて来るな。
土方大佐は、そんなふうに、つい、考えてしまった。
そんなふうに考えている土方大佐に、ガムラン将軍は声を掛けてきた。
「わざわざ、あなたが来られたのですし、仏陸軍総司令部から、英米軍に対して、日本海兵隊から公式の謝罪訪問があった旨、きちんと伝えておきます。それから」
ガムラン将軍は、少し口ごもった後で続けた。
「ユーグ・ダヴーとあなたが直接に会って、話をしておいてください。色々と経緯があるのは、私にも分かりますが、当事者間で話が付いた旨を、仏陸軍内にも広める必要があるので」
「分かりました」
土方大佐も、最もな話だ、と考えて、それを受諾した。
「いや、息子たちが、自分を殴るのも当然。本当に申し訳ない」
ユーグ・ダヴーは、土方大佐の顔を見て、開口一番に頭を下げながら言ってきた。
全く、こういう性格だから、周囲も、つい許してしまうのだな。
土方大佐は、そう想ってしまった。
ユーグ・ダヴーが准将なのに対し、自分は大佐である。
更に、一方的に息子たちが、ユーグ・ダヴーに暴行を加えた、という事実がある。
土方大佐の方が、当然、先に頭を下げる場面だった。
それなのに、ユーグ・ダヴーが、先に頭を下げるのだ。
とはいえ、ガムラン将軍の思惑もあり、自分達の周囲に、仏陸軍士官が複数いる、とあっては、土方大佐の方が、(表向きは)慌てて頭を下げざるを得ない。
そうしないと、日本海兵隊は、今回の一件に関し、謝罪の意思が本音では無い、と見られてしまう。
全く厄介な話だ、何度目か分からなくなったそんな想いを土方大佐はしてしまった。
「今回の件につき、日本海兵隊を代表して、心からお詫びいたします」
「単なる親子喧嘩に、わざわざご丁寧に。本当に、そこまでなさらなくても」
ユーグ・ダヴーと土方大佐は、そんな会話を交わした後、2人きりで話し合うことにした。
「ところで、本当に日本に帰られるおつもりはないのですか」
「ええ。私の最愛の女性は、ジャンヌです。彼女が、日本に行きたくない、仏に住みたい、と言っている以上は、私は日本に帰れません」
「余程、愛しておられるのですね」
「ええ。本当に皮肉なものです。ジャンヌも、私の愛に応えてくれています」
ユーグ・ダヴーと土方大佐は、そんな会話を交わしていた。
「私を知る日本海兵隊員の間では、私の評判は、散々でしょうな」
「その通りです」
「あからさまに、そう言われると、さすがに応えますな」
ユーグ・ダヴーと土方大佐は、さらに突っ込んだ会話を交わした。
「岸忠子と篠田りつに、あなたの口からも伝えて下さい。私については、死んだ者と思え、と。彼女達の心根が分からなくもないのです。私の悪口を言う海兵隊員から聞かされたのでしょう、ジャンヌの前職のことを。そんな女に、私を奪われたと認めるのは、自分の誇りが許さないのでしょう」
ユーグ・ダヴーは、それ以上のことを言わなかったが、土方大佐にも思い当たる節があった。
「分かりました。私の口から伝えます」
「それでは、これで。ジャンヌの下に行かねば」
ユーグ・ダヴーは、それ以上は言わずに、土方大佐の下を去って行った。
土方大佐はそれを見送りながら想った。
どうしようもない、といえば、どうしようもない男だ。
だが、本当に心からは憎み切れない男でもある。
今度こそ、これで本当に完結させます。
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