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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第2章 魔術都市陰謀編

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第88話 鴉は見捨てない。

 マルチェルはジェドーの屋敷に近い待機場所に、アランを呼び出した。「悪党退治」に参加させるためである。


 マルチェルだけでも十分手は足りるのだが、アランたち護衛騎士にも「手柄」を立てさせてやらなければならない。

 王子を守る職務を果たしたという実績が必要だった。


 夜に入ってアランはやって来た。普段とは服装を換えているので、上品な平民くらいには見える。


「困ったことになった」


 開口一番、アランは眉を寄せて言った。


「何かございましたか?」


 元は同じ護衛騎士であったマルチェルだが、今は平民として王族づきの騎士に対する言葉遣いを崩さない。


「ステファノが戻っていないそうだ」

「何ですと?」


 危険な目に合わせるまいと早めに店に帰したはずであったが、一体途中で何があったのか?

 失踪人として、ステファノの捜索を衛兵に頼むことはしたくない。今騒ぎを大きくはできなかった。


 王子暗殺の陰謀などなかった。そう話を納めないと、国対国の外交問題まで発展する可能性があるのだ。


 どうする?


 マルチェルは腕を組んで一呼吸した。


「考えるまでもないですね。大事の前の小事です」

「マルチェル!」


「ステファノを探しますよ」


 マルチェルは腕を解いて言った。


「ジェドーなどという小物、いつでもひねりつぶせます。今はステファノの無事を最優先に考えましょう」

「そっちかぁー。俺はまた、ジェドーの仕置きを優先すると言い出すかと思った」


 アランは気が気でなかったらしい。ステファノが身を守る術をほとんど持っていないことが気がかりだったのだ。


「ほう? わたしはそんなに冷たい人間に見えましたか?」

「いや、だって……。『ギルモアの鉄壁は地獄生まれだ』とか、『鉄壁の前では悪魔も逃げ出す』とかって、騎士団の先輩から聞かされて来たんで……」

「なるほど。王立騎士団の団長はバド・シュルツでしたね?」


 微笑みながらマルチェルは片眉を持ち上げた。


「王都に行く機会があれば、一度よーくお話(・・)をしておきましょう」

「シュ、シュルツ団長を呼び捨てって……」

「『お漏らし』シュルツでしょう? 頬にキズのある?」

「えっ? ウェット・シュルツって、そういう意味? 情け深いってことじゃなくて?」


 あきれた様子でマルチェルは頭を振った。


「これは稽古の一つもつけてやらなくては。お漏らし癖が治っていると良いんですが……」


 これ以上余計なことを言ったら、騎士団で自分の立場が危うくなると察し、アランは口を閉ざした。


 と、そこへ本屋の主人(・・・・・)がマルチェルを訪ねてやって来た。


「口入屋に動きがありやす」


 無表情のまま、本屋はマルチェルに報告した。


「動きの内容は?」

「へい。昼間、例の女魔術師が慌てた様子で出て行きました。その後、手下が出掛けて馬車を借りて帰って来やした」

「馬車を? 荷物を運び出すような気配はありましたか?」

「いえ。それ以外は静かなもんです」

「ふうむ」


 マルチェルは考えを巡らせた。


「逃げ出すつもりなら荷造りをするはず。騒ぎが起きていないなら高飛びの準備ではないでしょう。だが、馬車を使うとなると……」

「ステファノが捕まっているんじゃないのか? エバとは顔見知りだろう? 顔を合わせたエバが、捕まる危険を感じて逃げ出したとすれば辻褄は合うぞ」

「ステファノを馬車でどこかに運び出す可能性がありますね」

 

 アランの言葉にマルチェルは頷いた。


「夜中を待たず、こちらも動きましょう。お前はエバを追いなさい。馬車を使ったか、徒歩で街を出たか。手分けして行き先を突き止めよ」

 

 マルチェルは本屋の主人に指示を出した。

 

「行け」

「へい。ご免被りやす」


 本屋が去ると、マルチェルはアランに向き直った。


「こちらでやることは単純です。口入屋に乗り込んで、ステファノを救出します」

「荒事か? 良かろう。だが、俺には盗人の真似はできんぞ」


 屋敷に忍び込めれば大きな抵抗を受けずに済むかもしれないが、アランにそんな技はない。


「正面突破で十分でしょう。剣は持って来ていますね?」

「ああ、もちろん。鎧はないが、相手はただのごろつきだ。剣さえあれば十分だろう」


「そうですね。ギルモアの鴉は身内に厚いというところを見てもらいましょう」


 アランが包みにして持参していた長剣を身につけるのを待ち、2人は夜の街に歩み出た。

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