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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第1章 少年立志編

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第32話 オムライスを食べながら。

 幸い窓際のテーブルが空いていた。ステファノは表の通りが見える席に座る。


「いらっしゃいませ」

「すみません。食事の前にコーヒーをもらえますか。ちょっと落ち着きたいんで」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 ウエイトレスは礼儀正しくお辞儀をして、厨房に向かった。


 正午にはまだ少し時間があるためか、店内には一組の男女がいるだけだった。

 やって来たコーヒーを口に運びながら、ステファノは表に目を遣った。


「立ち止まっていたら目立つよね」


 斜め向かいの果物屋。店先に(たたず)む男がいた。平民風で武装はしていなかった。

 隠密行動をするならがちゃがちゃ剣をぶら下げて歩く奴はいない。だが……。


「買い物に来たにしては、背嚢(はいのう)もかばんも持っていないの?」


 東の国には「風呂敷」という折り畳みの袋があるそうだが、ステファノは見たことがない。


 品定めをする振り(・・)も長くは持たない。果物屋の店主に追い立てられるようにして、場違いな男は通りに出た。


「仲間はいないみたいだね」


 同じように足を停めている人間は他にいなかった。

 クリードのような有名人(・・・)はともかく、ステファノのような小物に何人も見張りを付けることはなかろう。


「相手がわかった所で自分に出来ることなんて何も無いんだな」


 力がないので捕まえることは出来ない。味方かもしれないので、衛兵に突き出すことも出来ない。


「尾行のまき方なんて知らないし……」


 思い切り走ったらあるいは振り切れるかもしれないが、それはどうなのか? 無駄に怪しまれるだろうし、第一こちらが疲れる。


「考えたら、調べられて困るようなことは無いんだ」


 誰のために働くかも知らないし、どこに行くのかもわからない。ネルソン商会に出入りしていることはもう知られているだろうし、ダールの所にはもう戻らない。


「商会に着いたらマルチェルさんに報告して、対応を任せよう」


 何でもかんでも自分で抱え込む必要はない。難しい話は大人に任せればいいのだ。クリードも言っていたではないか。


「黙っていたらお前は子供に見えるって」


 そうと決めたら気が楽になった。現金なもので、急に腹が減って来る。


「すみません。このおすすめ(・・・・)のオムライスを下さい」


 子供は子供らしいものを食べようという気持ちが働いたのか、ステファノはオムライスを注文した。


「見張りの人は食事にも行けないのか」


 相手に同情する余裕も生まれて来る。コーヒーを飲み終わるころ、オムライスが運ばれて来た。


「頂きます」


 大ぶりのスプーンで薄焼き卵に包まれたチキンライスを口に入れると、ケチャップの濃厚な風味と共に挽肉の旨味が口中に広がった。


「いい挽肉を使ってる。粗めに挽いた肉の食感が贅沢だな」


 ダールのお陰で宿代を浮かせることが出来た。その分を上等な食事に回した格好だ。


「助手の仕事を一所懸命やっておいて良かった」


 お金を節約できたし、勤め口も見つかった。ガル老師とクリードという二つ名持ちと知り合えたのも、仕事をやり遂げた結果であった。


「親父の言った通りだなあ。手抜きをせず仕事をやり切ってさえいたら、後はどうにかなると」


 悔しいが、バンスの言葉には長年店を支えて来た人間の重み(・・)があった。比べてみればステファノの覚悟はまだ甘く、経験と自信が足りていない。


「だけど、やり抜けば道が開けるってことだからね。頑張るのはこれからだ」


 空になった皿を前に、ステファノは両手を合わせて食事に感謝した。


「ご馳走様でした」


 休みが取れるようになったらまたここに来よう。ステファノはそう思った。

 店は「頑固親父」という名前であった。

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