村人さん、仕事を始める
図書館に住み始めてから、2日経った。
俺はついに、仕事を始める。
そう、町の入り口に立って、町の名前を言う人だ。
今どきそんな仕事につきたがる人がいないらしく、村や王都でも募集中らしい。
だけど、名前を言うだけだと誰も話しかけてこなくなるので、それでは仕事にならない。
なので、少しだけアレンジを加えて町の入り口に立つことにした。
あと、情報収集中に知り合った骨董店のお婆さんに住人の指輪という、ステータスの一部隠蔽とNPC表示変更の効果がある装飾品を貰った。
これによって、プレイヤー達からは俺が完全なNPCにしか見えていないのだ。
町の入り口に突っ立ってるだけだけど、町の外へと向かう男プレイヤー達がチラチラとこちらを見てくるのがウザイ。
たまに女プレイヤーの視線も混ざってるけど。
暇だな……
「あの、少しいいですか?」
あ、話しかけてきた。
少年のプレイヤーのようだが、どうやら今日始めたばかりの初心者のようで、NPCとプレイヤーの見分け方を知らない感じだ。
よし、お仕事始めるか。
ニッコリ営業スマイルで行きましょう!
「こんにちは冒険者様。ここはエミルの町です。私に何かご用でしょうか?」
「あ、えっと、その、効率の良い狩場教えてください!」
あちゃー周りから笑われてるよ。
俺の話し方からNPCに話しかけたと分かったらしく、周りの反応に顔を真っ赤にしている。
安心しろ、俺は味方だ。
「冒険者様は今日が初めての狩りでしょうか?でしたらここを出てすぐの【始まりの草原】かこことは反対にある【浅い湖】で狩りをするのが良いと思いますよ。参考になりましたか?」
「……あ、はい!とても参考になりました!ありがとうございます!」
「いえいえ。貴方様にご武運がありますようお祈りいたします」
少年は頭を下げ、町の外へと走っていく。
どうやら湖の方へ行くようだ。
少年と俺のやり取りを見ていたプレイヤー達は驚いている。
最初の狩場に【始まり草原】以外があることを知らなかったかのような反応だ。
まあ、ベータ版ではなかったからな。
ベータ版の時は最初の町の入り口方向以外に狩場なんて設定されてなかったらしい。
で、運営が狩場に人が集まりすぎてポップが追い付いてないと判断し、狩場をもう一つ作ったようだ。
でも、普通に作ったんじゃまた狩場があふれると考えて、元からあった狩り場の反対に作ったらしい。
運営の裏話って本に書いてあった。
そんなことを考えていると、俺と同い年ぐらいの明らかに顔弄ってますよっていう男プレイヤーが話しかけてきた。
「ちょっといいか?」
このゲームのNPCのAIはかなり優秀だ。
司書さんや町の人達と話せばそれがよくわかる。
だから、このプレイヤーも話しかければもっと良い情報が手に入ると考えて話しかけてきたんだろう。
しかし甘い。
俺は古き良き過去の存在なり。
「こんにちは冒険者様。ここはエミルの町です。この町の近くにある安全な狩場は、ここを出てすぐの【始まりの草原】と反対にある【浅い湖】のみです。参考になりましたか?貴方様にご武運がありますようお祈りいたします」
「いやそうじゃなくて……」
「こんにちは冒険者様。ここはエミルの町です。この町の近くにある安全な狩場は、ここを出てすぐの【始まりの草原】と反対にある【浅い湖】のみです。参考になりましたか?貴方様にご武運がありますようお祈りいたします」
「だから……」
「こんにちは冒険者様。ここはエミルの町です。この町の近くにある安全な狩場は、ここを出てすぐの【始まりの草原】と反対にある【浅い湖】のみです。参考になりましたか?貴方様にご武運がありますようお祈りいたします」
「チッ……このクソNPCが」
同じことを繰り返していると舌打ちして離れていく。
バカが。
そんな簡単に情報を渡すわけないだろうが。
一日二回、まだ出回ってない情報を流す、それが町の名前以外に俺が言うことで、俺の仕事だ。
情報のリセットは、6時と21時の二回だ。
学校前と寝る前だな。
俺がログインするのは基本的に5時~7時と20時~24時だ。
昔から寝る時間が3時間~4時間なんだよ。
病気ってわけじゃないんだけど、それ以上寝れないんだよね。
で、ログイン中に町の入り口に立つ時間は、5時45分~6時45分と20時45分~22時までだ。
特にすることが無ければとりあえず立ってると思う。
まあ、情報集めとかにも時間を割かないといけないから、ずっと立ってるってわけにもいかないんだよね。
その内ネタが切れるだろうし、その時は別の仕事探すさ。
あ、また別のプレイヤー。
「こんにちは冒険者様。ここはエミルの町です。この町の近くにある安全な狩場は、ここを出てすぐの【始まりの草原】と反対にある【浅い湖】のみです。参考になりましたか?貴方様にご武運がありますようお祈りいたします」
◇◇◇
お、リセットの時間だ。
まあ、かれこれ数時間誰も話しかけてこないけどな。
あれから見られることはあっても話しかけられず、暇だった。
一旦図書館に戻ってログアウトし、またログインして定位置に突っ立ってる。
これはもう、今日は話しかけられないかな?
そう思っていると、一人の女性プレイヤーが話しかけてくる。
今ログインしたばっかりの人みたいだな。
「あの、いいですか?」
「こんにちは冒険者様。ここはエミルの町です。私に何かご用でしょうか?」
「魔法の簡単な使い方とかって、わかったりしませんか?」
あ~あったな。
魔法大全~魔法の上手な使い方・初心者編~に書いてあった書いてあった。
たしか……
「一度でも魔法を使ってみましたか?」
「はい。でも、うまく発動しなくて……」
「魔法は詠唱をリズム良く唱えることが重要です。早すぎても遅すぎても発動しません。対応するアビリティーをお持ちでしたら発動を早めたり遅めたりできますけど。とりあえず、組合の訓練所で練習するといいと思います。あそこでしたら音楽でリズムをとれますので魔法の発動が楽ですよ。参考になりましたか?」
「そうだったんだ……参考になりました、ありがとう」
「いえいえ、貴女様にご武運がありますようお祈りいたします」
このゲームの魔法って発動が面倒なんだよね、ホント。
あと、組合っていうのは素材の買い取りや簡易クエストを受けれる場所だ。
ネット小説なんかでよくある冒険者ギルドみたいなやつだ。
さてさて、パパッと次から言うことを考えないとな。
「こんにちは冒険者様。ここはエミルの町です。魔法はリズムよく詠唱しなければ発動することができません。組合の訓練所で詠唱のリズムを練習することをおすすめいたします。参考になりましたか?貴方様にご武運がありますようお祈りいたします」
メッセージが表示される。
称号を獲得しましたとのことだ。
……いやな予感がする。
仕事人…自信の感情すら捨てて仕事をするプロフェッショナル。(別名外道)
誰が外道だ……お前は悪魔だろうが!!
俺がこうなってるのもお前のせいだろうが!?
誰が好き好んでこんなことするか!!
「こんにちは冒険者様。ここはエミルの町です。魔法はリズムよく詠唱しなければ発動することができません。組合の訓練所で詠唱のリズムを練習することをおすすめいたします。参考になりましたか?貴方様にご武運がありますようお祈りいたします」
……い、いやいやだよ?ほんとだからね?
好きでやってるんじゃないからね?
俺は、NPCじゃない!俺は、俺は!!
「こんにちは冒険者様。ここはエミルの町です。魔法はリズムよく詠唱しなければ発動することができません。組合の訓練所で詠唱のリズムを練習することをおすすめいたします。参考になりましたか?貴方様にご武運がありますようお祈りいたします」
……なんだろうな?




