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竜騎兵への道

 卒業を控えた五年生は、進路が決まっている事が多い。


 これは、クルトア王国の武官や文官を育てるための学園であるからだ。入りたい騎士団に希望したとして、入れなければ人手不足と思われる所へ回されるからである。


 成績上位陣は、例年通り希望通りの配属先に内定が決まる。それ以外の者たちは、第二、第三希望へと配属が決まった事を知らせる通知が来るのだ。


 最後の長期休暇は、学生たちにとって羽を伸ばせる最後のチャンスである。同時に、この時期で問題を起し、内定が取り消される学生も多かった。


 クルトア王国の人事を司る部署は、この時期に学生が問題を起こさない事を祈りつつ配属先を決めるのである。


 成績上位陣は、長期休暇前に配属先が決定しているのが通例である。しかし、今年は少しだけ問題があった。


 ……ルーデルである。


 ドラゴンを得ているが、クルトアでも重要な位置付けがされる白騎士である。配属先の事で揉めるのは当然といえた。上層部が決めれば良かったのだが、問題はアイリーンである。初期の計画は近衛隊の隊長職であった。


 しかし、今は隊長にはフリッツが選ばれている。二年後の卒業と同時に、彼が隊長になるのは決定している。


 ルーデルを目の敵にするアイリーンは、近衛隊での隊員として配属させろと大臣を通して命令してくる。しかし、更に大きな問題がある。……フィナだ。


 フィナは、新設した親衛隊の隊長にしたいから、ルーデルを隊長として配属させろと王と王妃の名前を持ち出して命令してきたのだ。幾人かの大臣の署名もあり、こちらの方が有効には見える。


 だが、一番の問題はルーデルであろう。本人が、両方の騎士団への入団を拒否し、ドラグーンを選択したのである。


 人事は涙目だった。


 王宮にある会議室では、ルーデル一人の配属先を巡って各騎士団との話し合いが行われている。人事の担当者は、用意した資料を配ると会議を早々に開始した。ルーデル一人に構っている暇もなく、未だに配属先が決まっていない学生もいるからだ。


「それでは、会議を始めたいと思います。資料にある通り、上層部でも意見が分かれておりますので、今回は格騎士団の意見を聞こうと……」


 説明を続ける人事の担当者に、近衛隊の副隊長が声を上げた。声はそこまで威圧的でないが、どうにも上から目線である。


「すでに議会で近衛隊に配属する方向で話が決まっている。近衛隊で問題ないのではないかね。他の騎士団では扱いに困ると思うがな」


 すると、今度は親衛隊の責任者が口を出した。


「白騎士を隊長格ならまだしも、一騎士として配属ですか? 王族が反対されるのも無理はありませんよ。議会でも反対意見が多かったですからね。まぁ、私自身親衛隊に来て貰いたいのですが、問題はドラゴンです。親衛隊にはドラゴンを運用するだけの物が揃っていませんからね」


 フィナがルーデルにこだわっているようだが、親衛隊ではアレイストの入団がほぼ確定している。ここでルーデルも獲得に動けば、周りが反対するのが目に見えていた。


 フィナが白猫族と黒猫族を揃えようとしたように、アイリーンもフリッツの下に白騎士と黒騎士を揃えようとしている。意外に似ている姉妹だが、国の面子的にその案は受け入れられないのだ。王妃を味方に付けたフィナは『平民出の騎士が、国の象徴たる二騎士を従えようとしている』と囁いただけで王妃は大反対した。


 親衛隊は、フィナには悪いがルーデルの獲得は諦めている。本人が希望すれば受け入れるが、それでも本人の希望がドラグーンではどうしようもない。


 ドラゴンの話題が出ると、ドラグーンの団長が意見を述べる。今年度でドラグーンの団長と副団長は引退が決まっており、しばらくは新人の教育に回るのだ。


「ガイアの亜種だったな。確かに他では面倒を見れると思えん。ドラゴンの扱いに関して、うち以外の騎士団では対応できんだろう。近衛隊に貸し出している人材も、早く返して欲しいのだがね」


 フリッツのドラゴンは、近衛隊が管理している。しかし、面倒を見る人材は、ドラグーンから貸し出されているのだ。


「ふん、近衛隊は王族の盾だ。貴様らみたいに戦う必要は無い。ドラゴンも式典に出られれば問題ないのだよ」


「隊長よりも立派なドラゴンだがね」


 近衛隊の副隊長に、上級騎士の団長が嫌味を言う。互いに、元部下と上司と言う間柄であり、上級騎士を裏切った元部下に言いたい事があったのだろう。


 人事の担当者が溜息を吐きたいのを我慢して、各騎士団の意見をまとめる。近衛隊への不満や、親衛隊の事情もあってルーデルの希望が叶う事になる。


「では、多数決でルーデル殿の配属はドラグーンという事に決定しました。本日はお集まりいただきまして、誠に……」


 話が終わると、人事の担当者は急いで資料を持って会議室を後にする。それを見て、無礼だと言う騎士はいない。自分たちの要望で、人事担当者が今頃必死に調整していると知っているからだ。



 各騎士団が、優秀な人材を求める中で、学生たちは最後の長期休暇を満喫している。


 学園で長期休暇を過ごすイズミは、王宮からの書類を手に少し寂しそうな顔をしていた。そこには、イズミが上級騎士の資格が認められ、入団が決まった事が書かれている。


 卒業後には、領地は持たないがクルトアの貴族として男爵の地位が与えられる事が書かれていた。男爵と言えど、領地は無く、貴族であると認められただけだ。国から貴族の保証が受けられる代わりに、義務などが多く発生する。


 手にしたかった物を手に入れたイズミだが、家族への手紙を書くと悲しくなってくる。自分の望んだ結果なのだが、これを受け取るという事はルーデルとの別れも実感させられる。


 ある程度、学園にいる時に調べる事は出来た。アルセス家の傘下に入る事は、手に入れた折角の地位を捨てる事に近かったのだ。亜人や他民族を見下すアルセス家では、シラサギの家は将来がないのである。


「家を捨てられたらいいのに、なんて言えれば良いのにね。私には無理かな」


 シラサギの家の家長は、上級騎士となったイズミである。イズミが男爵の地位を譲る事が出来るのは、彼女がある一定の忠誠を国に示さなくてはならない。功績または十年以上の上級騎士としての働き……すぐには譲る事は出来ない。


 寮の自室で、一人呟いたイズミ。実家へと送る手紙には、上級騎士になる事が決まったと事務的な手紙と、家族に対しての手紙、両方を書く。


 家族を思い出すと、父親のこれからの行動が思い浮かぶ。貴族として認められたのは、あくまでもイズミである。家族は継承権があるだけだ。一般の貴族なら問題ないが、貴族になりたての家には大きな問題である。


 家同士の繋がりを得るためには、イズミがクルトアの歴史ある貴族と結ばれねばならない。他の兄弟では駄目なのだ。イズミを結婚させ、兄弟の誰かに男爵位を継がせる。


 イズミは、弟たちの顔が浮かんだ。もしかすれば、親戚たちも口を出してくるかも知れない。手紙を書き終えると、自室の窓を開けて部屋の空気を入れ替える。


 冷たい空気が部屋に入ると、思考が冴える気がしたのだ。だが、冴えた頭でも、イズミの中で答えは出なかった。


「はぁ、会いたいな……」


 ルーデルに会いたいと名前を呟こうとした時だ。まるで地震かと思えるような地響きと、強い風にイズミは何事かと窓から身を乗り出す。


 自室の窓からは、少し離れた場所に土煙が上がっていた。土煙が晴れてくると、そこには白いドラゴン……サクヤに乗ったルーデルが女子寮に近付いてきていた。


 巨体で手を振りながら、二足歩行で近付いてくるサクヤに以前の面影を感じる。しかし、人だった時の記憶も無ければ、今のサクヤはドラゴンだ。……被害が尋常ではない。


 部屋着のままに窓から飛び出すと、イズミはルーデルとサクヤの下へ向かった。



「何をしてるんだ、ルーデル!」


 サクヤの足元に来たイズミを、踏まないようにサクヤに止まるように指示を出した。ルーデルは、大事そうに手に持った書類を広げると、イズミに向かって叫ぶ。


「イズミ! 俺はやったぞ! ついに、ついにドラグーンだ!! 昨日の夜に辞令が届いたんだが、流石に長期休暇明けまで待てなかったからな。サクヤを呼んで学園まで来たんだ!」


『もう聞いてよぉ! 急に呼ばれたから、昨日から飛び続けて疲れたんだよぉ!!』


「偉いぞ、サクヤ。流石は俺のドラゴンだ! 愛してる」


『もう、そればっかりだよねぇ』


 イズミの前で喜びを爆発させるルーデルは、そのままサクヤから飛び降りるとイズミの前に着地する。状況が理解できたイズミは、降りてきたルーデルに微笑む。


「良かったね、ルーデル。これで念願のドラグーンという訳だ」


 五年前に会った時よりも、ルーデルは大人になっている。背は伸び、顔つきは幼さが残っていない。しかし、瞳だけは会った時のままだった。


 子供のような瞳と笑顔は、今も変わらない。


「あぁ、ようやくだ……。それはそうと、イズミはどうだ?」


「私か? あぁ、上級騎士の内定が届いたよ。面接や試験は受けていたが、本当に受かるとは思っていなかったかな……」


 少し、寂しそうな顔をするイズミに、ルーデルはイズミの肩を掴んだ。目を見開くイズミに、ルーデルは笑顔を向ける。


「イズミの夢も叶ったな! これでお互いに学園での夢は実現したわけだ。……じゃあ、行くか!」


「ど、どこに?」


「サクヤに乗るんだ。イズミの実家でも良いぞ? 好きな所に連れて行く! あ! 出来ればクルトア国内で我慢して欲しいんだが……」


 最後の方で、言葉が弱くなるルーデルにイズミは笑ってしまった。確かに、ルーデルがドラゴンに乗って他国に行くのは大問題だ。


 イズミの故郷が東方だと思い出したのか、流石にそれだけは勘弁してくれと頭をかいている。確かに実家に帰りたいイズミだが、今だけはルーデルと共にいたかった。


「そうだな。……でも、サクヤは良いのかい?」


 ドラゴンによっては、契約者以外が背に乗る事を拒むドラゴンもいる。ルーデルから聞いた知識を覚えていたイズミは、サクヤを見上げて確認を取った。


『イズミなら良いよ。でも、アレイストだけはダメェ!!』


 イズミが背に乗る事は了承したサクヤだが、何故かアレイストは駄目だと叫ぶ。ルーデルも理由は聞いたが、サクヤは生理的に無理と言うだけだった。


「アレかな? きっとプリンと名前を付けた事が、本当に嫌だったのかも知れないな。記憶はないが、嫌悪感だけは残ったのかも知れん。俺もプリン・アラモードとか、モガミンと名付けようとしたからな。これからは気を付けよう」


 冷静に考え込むルーデルに、流石のイズミもプリン・アラモードは無いだろうと心の中で呟いた。


「まぁ、済んだ事は仕方がない。では行こうか」


 イズミを抱き寄せるルーデルは、そのままサクヤの背に飛び乗った。風の魔法で空を飛べるのではないか、そう錯覚させるほどの技量を持つルーデルにとって人一人を担いで移動など容易い。


「え、ちょ、ちょっと待ってくれルーデル!」


『行くよぉ~!』


 話を聞かないドラグーンとドラゴンによって、イズミは部屋着のまま空の散歩に向かう事になる。



 ガイア帝国では、アスクウェルとミースがクルトア侵攻の準備を着々と進めていた。


「早くても一年という所か?」


「はい。ですが、ワイヴァーン部隊の育成にはまだ時間がかかります」


 アスクウェルは自分の執務室で、ミースの報告書を見ながらクルトア侵攻の切り札について考えていた。オーガだけでは、どうしても攻め手に欠けるという結果が出たのだ。


 そして、急遽用意されたのがドラグーンに対抗するための切り札……ワイヴァーンである。オーガと同じように生み出されたワイヴァーンは、実に忠実だった。


 ある程度の才能がある軍人なら、乗りこなす事が可能だからだ。


 しかし、アスクウェルは、まだ納得していなかった。クルトアで二大騎士の復活も当然だが、クルトア内部で自分たちの動きに気付いた者がいる。


 十分とは言えないが、クルトアも対策を講じてきたのである。何より、アスクウェルの勘が、このままでは危険だと告げていた。


「ミース、『ゴーラ』はどれほど用意できる?」


「ゴーラですか!? ですがアレは危険だとアスクウェル様が……」


 手が四本もある、地上最強と言われる魔物。それがゴーラである。頭部と胴体が人に近い事もあり、巨人とも呼ばれていた。クルトアには生息しない、ガイア帝国の最大の敵である。


 その姿は、人が巨大化したというよりも猿が巨大化した姿に近い。頭部と胴体には毛が生えていないのに、手足は毛深い。


 人に近い頭部も、禍々しい表情を浮かべている。だが、一番の問題はその大きさにある。二十メートルを超える巨体……ドラゴンと同等かそれ以上の個体も生息している。


 更に獰猛な気性が、どうしても共存できない理由でもある。


 クルトアに存在しない大きな理由は、ドラグーンである。かつて、ドラグーンは国内全てのゴーラを討伐する事でゴーラから国の平和を守ったのだ。しかし、帝国では未だにゴーラは存在する。


 ゴーラにはある程度の知能があり、ドラグーンがいるクルトアには近付かないのだ。アスクウェルも、何度もゴーラの討伐で恐ろしさを味わった。


 単純に力だけではなく、知恵があるのが問題なのだ。巨体でありながら、道具を使うゴーラに帝国は悩まされている。数が多くない事が、帝国にとっては救いだった。それでも、毎年多くの犠牲者が出ている。


「ゴーラを使えば、クルトアの大地がどうなるか分かりません」


「それでも、だよ。このままでは我々は負ける。ワイヴァーン部隊も、練度は上がっているだろうが向こうは歴史あるドラグーンだ。……数だけでは不安なのだよ」


 帝国は今回のクルトア侵攻に賭けている。無理をして用意した強化型オーガに、強化型ワイヴァーン……維持費だけでも相当なものになる。


「……五、いえ、七体までなら可能です。それ以上は、最早維持する事が不可能です」


「そうか。オーガやワイヴァーンの数は問題ない。後は切り札のゴーラさえ手に入れば、何も問題は無いな」


「宜しいのですか? ゴーラは……獰猛ですよ。一歩間違えて制御を誤れば!」


「心配ない。精々使い潰す事にするさ。流石に近くにいれば気分が悪い」


 帝国の騎士、軍人なら誰もが嫌悪する存在。それがゴーラと呼ばれる魔物だった。


 帝国が力を付ける事は、ミースにとっても大事な事だ。しかし、まるでクルトアが力を付けたから、後付けで帝国も力を付けているような気がしてならなかった。


 計画性と言うものがない。それどころか、何十年とかかる研究が数年で終わろうとしている。まるでクルトアに攻め入るために、天が味方しているのではないか?


 ミースの率いる研究者の中には、本気で信じている者さえいた。


 それほどまでに不自然に、帝国の戦力は増強されているのである。


 世界の設定が、まるで最後の戦いを盛り上げるように用意を進めている。誰もが望まない結末が、すぐそこまで実現しようと迫っていた。


 全ては主人公が英雄になるために、そして……英雄が生まれる最終章の始まりは、ルーデルの死と共に幕を開ける。


 帝国は負け、王国も甚大な被害を出す。設定が、あるべき姿に世界を導こうと最後に足掻きを見せていた。



 一方、ガイア帝国の動きに気付いた者……フィナは王宮の自室で荒れていた。


 アスクウェルが自分たちの動きに気付いた人物として、フィナとは知らずに警戒する中で彼女はアレイストの事で頭が一杯だったのだ。


 無論、色恋ではない。


 アレイストは、ミリアを親衛隊に獲得した事で自ら親衛隊入りを志願してきた。ここまではフィナの計画通りだ。しかし、ここでフィナはやり過ぎたのである。


 アレイストを獲得し、近衛隊にも牽制をした事で気が緩んでいた。


 本命であるルーデルが、迷いなくドラグーンを志願する事も分かっていた。それでも親衛隊に来ると思っていたのである。実際に、母である王妃の力を使って親衛隊にねじ込むつもりだったのだ。


 だが、アレイストを獲得した事で全ての計画が狂った。


 現場の指揮官たちが、アレイストを獲得した事で他の騎士団による反感を警戒したのだ。


「ちくしょう。私の性格を計算してネースに報告書を書かせるなんて……ちくしょう、これだと怒れないじゃない」


 報告書は、ソフィーナの指示で親衛隊に配属となったネースがまとめている。


『失敗しましたニャ。許して欲しいニャン』


「モフモフは怒れない!! クソッ! 下手に欲を出してアレイストを獲得した事が裏目に出るなんて……あの疫病神め!! 親衛隊に来たらこき使ってやるわ」


 フィナにとって疫病神であるアレイストだが、ルーデルにしてみれば救世主である。ルーデルの位置付けは、アレイストよりも格上だ。


 王家と繋がりがある大公家の出である上に、実力は学園最強である。王妃の覚えもよく、親衛隊の隊長というのは王家の面子的にもありがたかった。ルーデルが親衛隊に入隊した時点で、正式な騎士団への格上げの話まで出ていたのである。


 王宮では受け入れ態勢が整った所に、フィナが欲をかいて現場指揮官たちによる調整が行われたのだ。ルーデルがドラグーンになれたのは、アレイストが親衛隊に入隊したおかげである。


 アレイスト本人は、その事に気付いていない。


 だが、裏の事情を知っているフィナには、ルーデルの親衛隊隊長化計画を潰したのは間違いなく自分の慢心とアレイストのせいだった。


「ふざけんなよ、ちくしょうぉぉぉ!! ここまで来て師匠が私の手元から離れるなんて! いったいどれだけ準備してきたと思ってんのよぉ!!」


 荒れるフィナだが、現場指揮官たちの判断も理解できている。自分が欲を出さなければ、計画は成功していたのだ。だから、余計に気持ちのぶつけ所に悩む。


 本人の知らない所で、アレイストはルーデルを助けたのだ。そのせいか、フィナに目を付けられたのだが……


 こうしてルーデルは、アレイストによってドラグーンへの道が開かれたのだった。

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