ミサさんと僕
今日も変なにおい。苦いような甘いような、草のような、お肉を焦がしたような。色々が混じったにおい。
きっと、ミサさんが今日も大鍋で何かを煮詰めているんだ。
くしゅん。
鼻がこそばくなってしまった僕は、くしゃみを一つした。起きちゃった、そう思って、ぐぐーっと伸びをして、しっぽを立てて歩き出す。よく寝たし、ご機嫌なのだ。だから、寝起きのルーティンを始める。毎日同じルーティンをしないと、どこか落ち着かない。きっとそれは僕がまだまだ猫だから。
ねぇ、ミサさん。いつになったら僕を人間にしてくれるの?
「寝起き早々、他に何かないのか? ほんっと、馬鹿の一つ覚えみたいに」
大きなしゃもじを鍋に突っ込んでいたミサさんが、足元の僕を見下ろし、僕の『にゃあ』に答える。
うん、だって『お母さん』のお手伝いをしなくちゃいけないし。
『お母さん』には僕の言葉は分からなかったけれど、ミサさんは分かる。だから、きっと僕を人間にしてくれるはずなのに、絶対にできないと言う。
「猫が人間になんてなれるわけないだろう?」
僕から視線を外したミサさんは、しゃもじを持ち上げ、緑の液体をかき混ぜた。
ほら。猫の言葉が分かるのに、人間にはなれないって言う。
でも、偉大な白い魔女さまが言ってたよ?
「あいつはペテン師だからな」
黒い魔女のミサさんは、白い魔女のエイバスさまが嫌い。
「もう、いい加減、邪魔するんじゃないよ。あたしゃ、忙しいんだ」
うん。
ミサさんの機嫌が悪くなったから、今日のミサさんとのルーティンはおしまい。
だから、僕はいつも通り次の行動に移る。
ミサさんの家には不思議な扉があるんだ。
エイバスさまによって僕もその扉の前に飛ばされてきた。
そして、扉の向こうはいつも違う場所につながっている。
家から出た時はいろいろな場所。家に戻る時は必ずミサさんの家。
だから、僕はいろいろな場所へと遊びに行ける。
今日は、どこへつながっているのだろう。
もしかしたら、ミサさんにもできない、僕を人間にする魔法を持つ魔女さまに出会えるかもしれない。そんな期待とともに、僕は扉の外に出た。




