スキル
姉さんの下で月神家の一員となる事が確定してからは大変だった。
特に気にしていなかったが、この国と言うか世界じゃ日本語が公用語だから外国語の勉強はそこまで必須ではない。
礼儀作法も前世で習ったアレコレを応用すればそれなりにできた。
問題は勉学だった。
数学関係は全く問題なし、国語に関しても同様。
だがそれ以外が壊滅的と言っていい。
「えーと、統一歴前200年織田信姫が天下布武……信長じゃねえのかよ。それを裏切った明智光姫によって本能寺ごと燃やされて、光姫は羽柴秀吉によって打ち取られて……」
絶妙に歴史に差異がある。
歴史的な事件とかそういうのは統一歴とその前で区切られているから数字上は計算すれば問題ない。
だが人物が違う。
こう、名前が微妙に違ったり、性別そのものが違ったり、なんなら登場しないまま歴史の空白扱いされている人物までいるのだ。
「ただそれよりもだ……」
ちらりと除いた科学や生物、理科に関する教材。
何を言っているのかちんぷんかんぷんと言っていい。
化学反応とかそういうのこそ地球と同じだが、根本的な常識そのものが違う。
例えばニトログリセリン、まぁ簡単に言うなら爆弾だが作れるけど需要が極端に少ない。
なにせ魔法と言うとんでもパワーがある世界だから、坑道での発破とかにそんな化学物質を持ち込まなくても自前で何とかできてしまう人が大半だ。
しかも危険物取扱資格とか不要で、威力も都度自分で調節できるとなればなおさら。
一方で魔法が苦手な人もいるわけだが、その場合は魔術鉱石という物がある。
魔石と同じ区分だが、特定の魔法を再現できる石だ。
使い捨てという難点を除けば安価で大量生産も可能、危険な作業も無ければ片手間に用意できるというとんでもない物体だ。
むしろよくこれで科学方面がここまで進歩したなと思ったら、それは錬金術師アスクレピオスの誕生までさかのぼるらしい。
あとソロモンとか、そういうオカルト方面の有名人が片っ端から実在しているとかなんとか。
……まぁ最上級にヤバいのはクトゥルフとか荒魂みたいな邪神系も実在するらしいという事なんだがな。
「あら、意外と高得点。けどこっちは……」
「数字は金儲けに必須だし、使いどころが多い。三角関数なんかは日常でも使える。国語は相手を言い含めたり騙すのに重要だから覚えた」
というカバーストーリーである。
私の記憶では勉学なんか一切できなかったが、それを補填する俺の記憶である。
なお歴史の知識なんかは私の記憶にもなかった。
そりゃスラムの孤児ともなれば今日を生きるので精一杯だからな。
似たような環境の記憶があるだけに理解できてしまう。
「気になる事が一つ」
「なにかしら?」
「後天的スキルと先天的スキルの違い、もう少し深く言うなら後天的にスキルを得るために必要な方法が知りたい」
「あら、あなたユニークスキル持ってるのに後天的スキルまで会得したいの?」
「したくない奴がいるのか?」
ぶっちゃけた話、ユニークスキルが一つあるというだけでこの世界じゃ超有利だ。
なんで孤児になっていたかわからないレベルで有利なんだが、その辺は記憶にないからどうでもいい。
具体的に言うと皇特府勤めが最低ラインで、ともすれば皇族の近衛兵くらいは視野に入れられる。
少し高望みをすれば近衛体調だって夢じゃない。
特に守りに特化したイージス、空間そのものを引き裂いて盾とするとテキストに書かれていたこのスキルなら近衛体調どころか皇族の嫁候補だってあり得るくらいだ。
それだけ有用で強力な物が揃っているのだが……如何せん燃費が悪い。
俺はまだ使ってない……というか、魔力量的に成長途上という事もあって諸々足りていなくてスキルを発動できないのだが、一般人の保有魔力量が10だとして魔法系特化の人間が100、俺の現在の保有量が500くらいでも使えないという時点で察してほしい。
最低でも倍の1000くらい必要だが、その分味方全体のあらゆるダメージを無効化できるという恐るべき防御能力を持っている。
ただデメリットもあって、当然だが燃費が悪くて使える回数が限られてくる。
更に空間そのものに干渉しているためかこちらからの攻撃も不可能となってしまうので敵の必殺技に合わせて使用し、回復だったり自己強化、バフをばらまくターンにするのが定石だった。
じゃあそれ以外のターン命と言うキャラが何をするのか。
答えは魔力を消費しない物理攻撃か、あるいはアイテムを大量に使った成金戦法である。
錬金術のスキルを持っているので他よりスタートダッシュが早い分、鍛え上げれば立派な後方支援ができるようになる。
問題は素材だが、そんなものダンジョンに潜り続けていれば腐るほど手に入るのだが、ここが現実となった今それは難しい。
ゲーム内じゃ年単位で野営と突撃を繰り返したところで外じゃ半日程度。
だけど現実となったなら、その戦法は使えない。
文字通り金に物言わせて素材を集めて錬金術を育てるか、完成品そのものを購入するのが現実的。
そしてそれはソロプレイ向きではないので、何かしらの戦闘系技能が欲しいのだ。
だがあいにく俺はゲーム知識はあっても、リアルでどのくらい頑張ればスキルが手に入るかなんて想像もつかないわけだ。
真っ当に考えるなら武術スキルを会得するにはひたすらサンドバッグ殴るとかかねぇ。
「そうね……護身術として何か覚えておくのもありだと思うわ。だけどまず自力で立って歩けるようになる事ね。そしたら教えてあげる」
「じゃあ今はぐっすり眠りたいな」
「課題が終わってからね」
語尾にハートマークついているが、言っていることは鬼教師だ……うん、やっぱあんた性癖抜きで考えれば教師は天職だよ。
いや、あるいみで性癖的にも天職なんだろうけどさ……年下好きの同性愛、否定はしないが不思議とこの身体になって女に性欲向かなくなってるからなぁ。
男相手なら無意識に「あ、こいつかっこいい」とか思う事が増えたし、前世で乙女ゲーやってた時よりキュンという感覚がわかるようになった気がするが……精神的にも若返ったか?
「あぁ、苦手分野を潰すだけじゃなくて得意分野も伸ばしていくからね? 覚悟して頂戴」
「……やっぱあんた教師向きだよ」
病み上がりどころかベッドから動けない俺にそんだけ課題出せるってのは、まぁ普通の感性じゃないわな。




