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TS爺、百合エロゲ―の世界のダンジョンに挑む  作者: 蒼井茜


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目覚め

 スーッと吸ってプーっと吐いて、それを三度繰り返せば準備は万端。

 今日も今日とて生きるためにスリを……そう思ったのはどれくらい前だっただろう。

 今や血反吐にまみれ、地面に転がるぼろ雑巾だ。

 教会の炊き出しだろうか、いい香りがここまで漂ってくるけれど、あれにありつけるのは限られた人数だけ。

 私のような孤児は列の途中で投げ捨てられるのがオチ。

 身体が痛い……このまま死ぬのかな……今度こそうまく生きてやれると思って………………今度こそ?


「うっ!」


 ズキリと頭が痛んだ。

 ミシミシと割れるような痛みに悲鳴とも嗚咽ともわからない声が漏れる。

 叫んでいるのか、それとも激痛に呼吸すらできていないのかもわからない。

 ただただ苦しい、その事以外考えられないはずなのに膨大な何かが頭の中にわいてくる。

 ……一人の男の人生、茶色の服を着ている。

 軍服だろうか、剣と銃を持って……知らないはずなのに見覚えのある天井を見上げている。

 枕元に置かれたそれは……知らない物だというのに爆弾だとわかる。

 その使い道も。


 けれど私は……俺はそれで死ぬつもりは無かった。

 せめて敵に一矢報いてやろうと持てるだけの武器を持って、身体中に爆弾を括りつけて、それで……あぁ思い出してきた。

 そこからだ、結局敵の捕虜になって、紆余曲折を経て故郷に戻った。

 何もかもが無くなっていた古郷、焼き尽くされた大地を見て涙を流し、無くなった生家を見て膝から崩れ落ち、避難所で家族の死を知り全てがどうでもよくなった。

 軍から貰った金は数カ月のうちに酒と煙草と麻薬で消えた。

 そうだ、それからはヤクザな仕事もして、復興のどさくさで金儲けをして、けれどある時伝手で結婚する事になって足を洗って……あとはなんだ。


 記憶があいまいになっている。

 中年頃の物は全てがあいまいで嫁の顔も思い出せない。

 けれどその後、老後と言われるようになってからの事は思い出せる。

 たしか……そうだ、パソコンの使い方を一通り覚えたんだ。

 そんでもって孫と遊ぶためにゲームを購入したり、個人的な趣味でエロゲ―を遊んだり……あ、死にそうな状況で死にそうな痛みの中冷静になっていたのに死にたくなってきた。

 俺の死んだ後、1000を超えるエロゲがPCはもちろん、家のいたるところからパッケージが発掘されただろう。


 顔は思い出せないが孫の前じゃ好々爺していたし、息子夫婦の前じゃ厳しくも元気な親を演じていた。

 病気をいくつか抱えていたが……この頭痛ほどの痛みは無かったと思う。

 ただ最後の記憶は畳の上で布団に横たわって、先立った嫁の遺影と位牌を持ってこさせて、遺言の代わりにPCを風呂場に放り込めと言った事だけは覚えている。

 どうしても家族の顔、そして結婚直後の中年期を思い出せないだけで俺は確かにそんな人生を過ごした。


 じゃあ今のこれは……?

 地獄に落ちるべき人間だったとは自覚しているが、血の池も針山もない。

 強いて言うなら俺が寝ているこの場所が血の池になりかけているけど、鬼も見当たらない。

 ……まさかとは思うが、死ぬ前に流行が終わりかけていた転生という奴か?

 たしかにそういう作品がいくつもあったし、ゲームにも取り入れられることの多い設定だった。

 使い勝手が良かったのもあるが、エロゲでもたまに見かける内容だった。


 故に、なんとなく理解した。

 何かのきっかけで俺の記憶がよみがえった。

 自我は私のままであっても、膨大な記憶が俺を俺として行動させる。

 情報だ、生きるために必要なのは金よりも食い物よりも情報だ。

 怪我? 知った事か!

 こちとら前世じゃ腹に鉛玉10発受けて敵陣に突撃かましたんだ。

 小娘の身体に生まれ変わろうとも、この根性だけは消えない!


「なんでもいい……なにか……ないか……っ!」


 見つけた!

 路地裏から這い出て目についたのはスーツ姿の男。

 そいつが手に持っているのはスマホ、俺が転生した世界の技術力は地球と同等、もしくは地球そのもの……いや違う!

 男は黒髪単発のサラリーマン風だがおれを見る目が違う。

 周りの連中もそうだ。

 怪我をした小娘を見る目つき、まるで汚物を見るようなそれは日本じゃありえない。


「よこせ!」


「あっ、なにをする!」


「すぐに返す! だから少しだけ貸せ!」


 怒鳴りながら頭痛が収まっているのを今更ながらに把握したがどうでもいい。


「統一歴211年……2月……寒いわけだ。それから……あった! 和皇国……おっさん、こいつは返す。代わりに道を教えろ」


「なんだこのガキ! 殴り殺されてえのか!」


「うるせえ!」


 おっさんの股間を蹴り上げる。


「このまま蹴られ続けたくなけりゃ教えろ! 皇特府はどこだ!」


「そ、そこの道を曲がって真っ直ぐ……」


「最初からそうすればいいんだ」


 フラフラと視界が回るが、この程度大したことない。

 まだ歩いている感触がある、怪我をしている部位にも痛みがある、俺は……動ける!


「止まれ! ここはスラムのガキが来ていい場所じゃない! 物乞いなら他所でやれ!」


「ダンジョンだ!」


 あらん限りの力を込めて叫んだ。

 統一歴に和皇国、その名に聞き覚え……いや見覚えか。

 それが確かにあった。

 だから俺は皇特府という物を探してみたがビンゴだった。

 ここは前世で俺が遊んでいたゲームの世界とうり二つ、同一とは言えないかもしれないが……それでも可能性があるなら賭ける!


「スラムにダンジョンができた!」


「なんだと……? だが魔素濃度の変化は見られん……嘘で取り入る気か!」


「嘘だと思うなら調べろ! 第13市街0番地区17号! 小鬼共が出てくる!」


「小鬼だと……?」


「スラムが荒れるだけで済めばいいな」


 っと、流石に根性論の限界か。

 ガキの身体で、大けがをして、寒さにも耐え続けて限界だ。

 回っていた視界が上下さかさまになって、痛みももう感じない。

 さて、あとは俺の知識がこの世界に当てはまるかどうか……第二の人生最初の大博打だ。


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