5 父の誕生日ディナー 1
翌日は学校が休みの日だった。
朝食後、私は部屋で刺繍をしていた。家政科の課題の刺繍がまだ終わっていなかったからだ。
「……」
静かな部屋でひとり、刺繍をしていると昨日のヴィオラの話が蘇ってくる。
『私にもレティみたいに刺繍の才能があれば、女ひとりでも生きていけるのに』
「本当に、ひとりでも生きていけるのかしら……」
フィオナとイメルダ夫人がこの屋敷にやってきてからというもの……ただでさえ、居心地の悪かった場所が今では針のむしろ状態になっていた。
それに婚約の約束をしているセブランは、今ではすっかりフィオナと親密になっていた。恐らくこの屋敷の人たちは全員が私よりもフィオナのほうがセブランとお似合いだと思っているに違いない。父もそのことについて何も言うことも無い。そして肝心のセブランは……
「セブラン……なぜ、フィオナと一緒にカフスボタンを買ったの……?」
もう、私には彼の気持ちがさっぱり分からなかった。以前までは休みの日はセブランの家と私の家を行き来するような関係だったのに、それすら無くなっていた。その為、セブランの両親ともほとんど顔を合わせていない。
「おじ様……おば様……どうしているのかしら……」
私は刺繍の手を止めると、立ち上がった。
「駄目ね。部屋にこもりがちだと気分が落ち込んでしまうわ。ひとりでセブランのお宅に行ってみようかしら」
私は刺繍の手を止めると、外出の準備を始めた――
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「え……? 馬車が出払っている?」
馬繋場に行ってみると、厩務員の男性使用人が謝ってきた。
「はい、大変申し訳ございません。旦那様で1台、奥様とフィオナ様で1台馬車を使われております」
「……そうだったのね……」
この屋敷では誰も私に行き先を告げずに出かけていく。これでも家族だと言うのに……私は完全に孤独だった。
「あ、あの……レティシア様……」
「分かったわ。それでは外出はとりやめることにします」
「大変申し訳ございません!」
男性厩務員は自分に非がないのに、一生懸命謝ってくる。
「いいのよ、そんなに気にしなくても。それじゃあね」
私は手を振ると、その場を後にした。
……何故、その時彼がそんなに謝罪しているのか知りもせずに――
その日の17時過ぎのことだった。
「ふぅ……やっと完成したわ」
出来上がった刺繍を広げて、仕上がりを確認してみた。真っ白いハンカチに刺繍された黄金色に輝く小麦畑の田園風景……
それは自分で言うのも何だが、素晴らしい出来だった。
そのとき……
――コンコン
部屋にノック音が響き渡リ、遠慮がちに扉が開けられた。
「レティ……少しいいかしら?」
「フィオナ……」
一体何しにここへ来たのだろう? 嫌な予感を感じつつ、笑みを浮かべて応対する。
「お帰りなさい。何か用かしら?」
「まぁ。私が留守なの知っていたの?」
「え、ええ。そうね」
「ところでレティ。お願いがあるのだけど」
フィオナは何処へ出かけたのか答えることもなく、頼み事をしてきた。
「何かしら?」
「ええ、ディナーの席でお父様に渡すプレゼント……先に私からでもいい?」
フィオナは予想通りのことを尋ねてきた。きっと私よりも先にカフスボタンを渡したいのだろう。
「いいわよ」
「本当? ありがとう。夕食の席が楽しみだわ」
フィオナは私が何故先にプレゼントを渡したいか尋ねないことに安堵した様子で嬉しそうに部屋に戻っていった。
「フィオナ……」
思わず彼女の名を口にし……悲しい気持ちで私は扉を締めた――




