35 今更ながら気付いたこと
――コンコン
ヴィオラの部屋の扉をノックした。
すると――
「イザーク!?」
ガチャリと扉が開かれて、ヴィオラが顔を覗かせた。
「あ……レティだったのね?」
「ええ。後でお土産話を聞かせてもらうことになっていたから……今、大丈夫かしら?」
ひょっとしてイザークを待っていたのだろうか?
「ええ勿論よ。どうぞ入って」
「お邪魔します」
ヴィオラが大きく扉を開け放してくれたので、私は部屋の中へと入った。ヴィオラの客室にはソファセットが置かれている。ふたりで向かい合わせに座ると、早速ヴィオラは話を始めた。
『アネモネ』島が一望できる高台に行った話や、美しいアネモネの花が咲き乱れる『恋人岬』と呼ばれる岬の話。そしてウミガメが産卵しに来る砂浜で貝殻を拾った話等の話を聞かせてくれた。
「それでね、綺麗な貝殻を見つけたからレティにプレゼントしたくて。ちょっと待ってて」
ヴィオラはテーブルに向かうと、ガラスの皿を手に戻って来た。皿の中には大小さまざまな貝殻が乗せられている。
中にはヒトデや美しい巻貝まであった。
「まぁ……何て奇麗なの。ありがとう、ヴィオラ。宝物にするわね」
イザークのくれた紫の貝殻も綺麗だったけれど、ヴィオラが拾い集めてくれた貝殻も素敵だった。
「本当? 喜んでくれて嬉しいわ。でも……ごめんなさい、レティ。貴女が大変な時に、観光に行ってしまって……」
ヴィオラは申し訳なさげな表情を浮かべる。
「何を言ってるの? 元々は私も今日一緒に観光に行く予定だったのだから気にしないで。またいつか行ける機会はあるもの。でも楽しかったようで何よりだわ」
「ええ。楽しかったわ。それで……あの、イザークからは貝殻は貰ったのかしら?」
「イザークから? ええ、貰ったわ」
「え! もう貰ったの!? いつ?」
「いつって……つい、さっきよ。おじい様のお話が終わって部屋に戻るときにイザークが中庭に立っていたの。だから何をしているのか声を掛けた時に貰えたのよ」
「そう、だったの……」
何だかヴィオラの様子がおかしい。ひょっとしてイザークと何かあったのだろうか?
少し迷ったけど、尋ねることにした。
「ねぇ、ヴィオラ。イザークと何かあった?」
「ど、どうしてそんなことを?」
「実は、イザークが今夜は外で食事をしてくると言っていたから……」
「イザークが……? 外で……?」
途端にヴィオラの顔色が青ざめる。
「ヴィオラ? どうしたの? 何だか顔色が悪いわよ?」
「だ、大丈夫。平気よ」
「だけど……」
そのとき――
――コンコン
部屋の扉がノックされる音が聞こえ、次にレオナルドの声が聞こえてきた。
『ヴィオラ、レティシアもそこにいるのか?』
「あ、レオナルド様だわ」
私はすぐに部屋の扉を開けると、レオナルドが目の前に立っていた。
「やっぱり、ここにいたのか。たった今、部屋の扉をノックしても返事が無かったからもしやと思ったが」
「はい、ヴィオラの部屋で観光の話を聞いていました。それで、どうしましたか?」
「ああ。食事が用意できたから呼びにきたんだ」
「ありがとうございます。行きましょう、ヴィオラ」
「ええ。行くわ」
返事をしたヴィオラはいつもと変わらぬ様子だった。先程、体調が悪そうに見えたのは気のせいだったのかもしれない。
「よし、それじゃ皆で行こう。イザークは先程呼びに行ったら、今夜は外で食事をしてきたいそうだから俺たちだけで行こう」
「「はい」」
そして、私たちはダイニングルームへ向かった。
****
「そうか、それは良かったな。『アネモネ』島は気に入ってくれたか?」
食事の席で祖父はヴィオラの話を嬉しそうに聞いている。
「はい、本当にこの島は美しくて素敵なところばかりでした」
「フフフ……それはそうよ。何と言っても、この島は観光で成り立っているのだから」
祖母が機嫌良さそうに笑う。
「それにしてもレティシアは行けなくて残念だったな。まさか、いきなりあいつが訪ねて来るとは思わなかったからな。全く、忌々しい‥…」
どこか苛ついた様子で祖父はワインを飲む。
「……」
レオナルドは黙って話を聞いている。
「だが、一週間後にレティシアは『リーフ』に一時的に戻っても、またここへ戻ってくるのだからな。観光くらい、いつでもできるだろう」
「え? レティ。来週……『リーフ』へ戻るの?」
祖父の言葉に驚いた様子でヴィオラが私を見た。
「何だ? まだヴィオラに話していなかったのか?」
レオナルドが尋ねてきた。
「はい、そうです。話すタイミングが無くて……ごめんなさい。ヴィオラ」
そこで私は、何故来週『リーフ』に戻ることになったのかヴィオラに説明をした。
****
「そうだったのね、だからレティは『リーフ』に戻ることになったのね? でもこれでやっとセブランと縁が切れるのね」
ヴィオラが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ええ。そうなの。多分彼の両親は驚くことになると思うけど……」
すると祖父が口を挟んできた。
「先方の両親のことなど、気にすることは無い。大体、お前と言う婚約者がありながら……よりにもよってレティシアの敵と恋に堕ちるなど、とんでもない男だ。そんな男はこちらから婚約破棄をしてしまえばよい」
「本当に、レティシア……可愛そうに。婚約者への思いを断ち切るのは難しいことでしょうに。よく決心してくれたわ」
「おばあ様……」
祖母の言葉で気が付いた。
『リーフ』にいた頃は、あれほどセブランとフィオナのことで心を痛めていたのに、
ほとんど彼を思い出すことすら無くなっていた。
私は……いつの間にか、セブランへの恋心が完全に消えていたのだった――




