ⅢーⅣ
「でも本番でお客さんが何を選ぶか分からないから、夏海たち的にもドキドキなんですよね。どうせ全曲やるから全曲憶えてはおくのですが、あんまうろ覚えの奴とかアンコールされても困るじゃないですか」
その後も練習をして休憩時間、夏海が俺のところに来て愚痴ってくれる。
「なーちゃん、全部しっかり覚えて下さい。うろ覚えの奴があっちゃダメです」
しかしあの唯織さんが、夏海に対して尤もな注意をするなんて……。
「夏海だって、覚えられる限り全部覚えようとはしていますよ。でも夏海だって仮にも、一応受験生なんですよ? 緊張して歌詞を忘れてしまうのも、きっと仕方のないことなんです」
それって多分さ、多分だけどさ、多分なんだけどさ。もしかしたらだけどさ、受験生関係なくない? 緊張になんて。
「あぁ、そうですよね。ワタシが少し言い過ぎたみたいです、なーちゃんは受験生だってのに」
しかしやっぱり当然唯織さんが尤もなことを言ったりする筈がなく、やっぱりさっきのは間違いだったらしく、夏海の言葉にしっかり納得しているようだ。
「あれお兄ちゃん、どうかしたんですか? お兄ちゃんも出演したくって、でもさせて貰えないから拗ねちゃったんですか? 可愛いですね。さすがは夏海お兄ちゃんです」
この人達よく分からないな的な感じに見ていると、夏海がいきなりそんなことを言ってきた。
「別に、出演したいなんて言ってないよ。人前に出るのはそこまで好きじゃないから、自分からやりたがったりはしない。知ってるでしょ?」
ずっと昔からそうだったんだから、夏海がそれを知らない訳ないよね。でもまあ、出演してくれってもし頼まれたら断らないけど。
「はい、それは知っています。夏海はお兄ちゃんのその性質を知っているから、だからこそそう問い掛けたんです! お兄ちゃんはショコラティエ愛のあまり、夏海愛のあまり! きっとどうしても一緒がよくて、ステージに上がりたがると思ったんです」
何でそう思えたんだろう。その精神、ちょっと尊敬するわ。
「俺は別に、出演ってのは遠慮しとく。夏海よりもずっと、ずっと緊張しちゃうと思うよ」
しかし俺がそう言ったときに、なぜか唯織さんが急に大爆笑した。
「あははははは、何それいいじゃん。なーちゃん以上の緊張って、それ相当だよ。あっ、すいましぇん。でもそんなに緊張するんだったら、むしろ出演して下さい」
大爆笑唯織さんは、大爆笑後にそんなことを言って来てくれた。てか笑い過ぎていたせいか、「それ相当だよ」とか言ってきたし。「すいましぇん」なんて言ってるし。




