Ⅴ
盛り上がってくれている人たちは、もちろん、俺に意地悪をしているのではない。
ここには俺のファンか夏海のファンかしかいないのだから、どれだけ下手だってそれで文句を言われるようなことはないだろう。
自分を落ち着かせて緊張をどうにか鎮めて、マイクを握り締めて息を吸う。
「まだとお~いなつの~いろ~、と! もう終わり!!」
視線を感じるのが怖くてならないから、どこか遠くの方を見つめて目線を外して歌った。
声が震えているのが客席まで届いていないことを願うばかりだ。きっと夏海には伝わってしまっているだろうけれど、それでも夏海は……。
言葉にしていなくても照れくさくて大きく首を振って頬を叩いた。
人前でやるような行為ではないだろうけれど、見ている人は歌ったのが恥ずかしくてやっていると思うことだろう。
「えへへ、いやはや最高ですね。美味しかったです。お兄ちゃんの生歌、いただきましたぁぁああああっ!!!」
「うるっさ」
あまりの声量に耳を塞いだが、それを呑み込むほど圧倒されるような声が客席から沸き上がった。
歓声の理由は分からないけれど温かい会場だということはよく分かった。優しいお客様ばかりだということは最初から分かっていたけれど、俺が思っている以上に俺の味方がここに集まっていることが伝わる。
「やっぱりここにいる皆さんはお兄ちゃんの素晴らしさを理解しているようですね。ま、夏海ほどじゃありませんけど。誰よりもお兄ちゃんの魅力を知っているのは夏海なんですからね!」
「恥ずかしいから止めろよ」
本当に夏海のファンの中でも俺に優しい人や俺に甘いファンが集まってくれているのか、ずっと大したことは言っていないのに発言ごとに歓声が湧き起こる。
こんなに甘やかされたらこのファンの方々の前にしか出られなくなる。
ただでさえ人前があまり得意ではないのだから、人前に出ることに慣れるどころかもっとステージが苦手になるようなほどの優しさ、困る。
俺みたいな奴だとすぐに甘えてしまいそうだ。
どんなことを言っても、どんな状況になっても、隣にいる夏海が助けてくれてしまうのも良くない。
あまりにも俺は甘やかされ過ぎている、それ以外に言いようがなかった。
自分でも上機嫌でステージを降りられるくらいイベントは大成功だった。
まさか俺の手柄だと思えるほどは馬鹿ではないけれど、少なからず好い気になってしまっているというところは否定が出来そうになかった。




