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love it  作者: 滝沢美月
2便
9/78

恋が実るための秘密のレシピはあるのかな? 4



 十一時を過ぎた頃、江坂さんに四階を手伝いに行くように言われた。

 中須賀さんがいたらちょっと気まずいなと思いながら、一番下っ端だから呼ばれればいかないわけにはいかなくて、やり途中のYシャツを仕上げ、プレスし立体アイロン待ちのYシャツをリスボックスの中にしまい乾かないように布をかけてから四階へと向かった。

 フロアに足を踏み入れると、入ってすぐの包装機が並ぶ作業台のところには誰もいなくて、ちょっとほっとする。

 でも、手伝いってなにしたらいいんだろうって思ったその時。

 奥の乾燥機の前のパイプハンガーにかかった衣装の陰から、長身をかがめてひょこっと紅林さんが顔をのぞかせた。


「ああ、宇佐美さん、来てくれたんだ。こっち」


 言いながら作業を止めて手招きする紅林さんの方へと近づく。

 今日は紅林さんの姿を見かけないなと思っていたら四階で作業していたらしい。

 そういえば週初めの朝礼で今週は急きょ休んでいる人が多く、人員の足りないフロアに移動できる人が移動するって言ってたな。

 四階は高安さんが妹の旦那さんが亡くなって東北の地元にお葬式で帰ってて今週いっぱいお休みだ。

 普段は四階の乾燥機を回している高安さんがお休みだから、乾燥機も扱える紅林さんが助っ人で四階に上がっているのだろう。

 それにしても四階に紅林さん以外の姿がないことに内心不思議に思い首をかしげる。


「シャワーカーテンあがったから一緒に畳んで」


 言いながら、紅林さんは乾燥機の下にリスボックスを移動させるとシャワーカーテンを一気にその中に引きだした。

 本当なら、皺になりやすいシャワーカーテンは乾燥機を回しながら畳まなければならないんだけど、乾燥機の周りにはリスボックスに山積みになった洗濯物がづらっと通路に並んでいる。

 今日はクリーニングの量が多めなのに人手不足で、さくさく乾燥機を回せていないのだろう。乾燥機が終わってもアイロンする人がいなければ仕方ない。

 乾燥機から出してしまっても、二人がかりでさくさく畳めばシャワーカーテンも皺にならないだろうということで、私は手伝いに呼ばれたらしい。

 シーツとか布団のような大物は二人がかりで端と端をもって畳むけど、シャワーカーテンは背よりも長いけど幅がそれほどないから一人で一枚を畳む。

 二人でやれば半分の時間で終わるというわけだ。

 私はリスボックスを挟んで紅林さんの向かい側に回り、リスボックスからシャワーカーテンを一枚ずつ引っ張り出して黙々と畳んだ。

 シャワーカーテンを畳むのは、あの失敗した日以来だけど、さすがに失敗して二度同じ失敗をするほど物覚えが悪いわけではない。

 今度は畳み方を間違えずに畳んでいく。

 紅林さんが畳み終わったシャワーカーテンを一枚、空のリスボックスに入れ、私も畳み終わったものを一枚入れる。また紅林さんがいれ、私がいれを繰り返す。まるで餅つきのように私と紅林さんが交互に畳んだシャワーカーテンをリスボックスに置いていった。

 最後の一枚を畳み終わり、ふうっと吐息をもらす。

 ふっとフロアを振り返ると、私と紅林さん以外誰もいない。

 いま空いた乾燥機はすでに次のシャワーカーテンを洗ってカランコロン回っている。


「次のが出るまで時間があるから三階に戻ってていいよ」


 紅林さんは額の汗を袖で拭いながら言う。

 いつもの私ならそこで素直に従うんだけど、ふっと思いついたことを尋ねてみた。


「あの……、中須賀さんは……?」

「ああ、昨日階段から落ちて骨折しちゃったらしい」

「……っ!?」


 骨折って……


「塚本さんは……?」


 塚本さんというのは四階でアイロンがけをしている寡黙な男性だ。


「ああ、彼は今日休み」

「……っ」


 私は一度視線を床に落としてから、決意してぐっと顔をあげた。


「あのっ、包装しますか……?」


 ちらっと振りかえって、包装機のある作業台を見やる。そこには包装待ちの畳まれた衣装が山積みになっていた。

 塚本さんも高安さんも中須賀さんも休みということは、今日は紅林さんが一人で四階を回しているということだ。いくら工場長といえど、一人でワンフロア回すのは無茶というか無謀というか……

 でも、うちらの事情なんかお客様には関係なくて、今日中に仕上げなければならないのは絶対なんだよね。

 私なんかが手伝うと言ったから驚いたのか、紅林さんは瞠目して私を見下ろした。

 うぅ……、でしゃばったこと言っちゃったかな……


「Yシャツは? まだ今日の分終わってないだろ?」

「今日のぶんはまだですが、十三時便までは終わりました」


 十三時便のあとは十四時便、十五時便ってあるから、ずっと四階の包装を手伝うことはできないけど、いま山積みになっている分だけでも手伝う余裕はある。残っているYシャツは昼休みが終わってからやりだしてもたぶん間に合うだろう。間に合わなそうなら、昼休みを早めに切り上げて仕事をすればいいだけだ。

 当日分のクリーニング量が多い日なんかは、終わるまでが仕事で、社員の人は残業してすべてを当日中に仕上がらなければならない。だから休憩時間を削って作業している人も多くて。私はバイトだから定時きっかりに上がれるけど、今がそんなこと言っている状況じゃないことくらい理解できる。

 緊急事態の人手不足で回している状態で、お昼休憩をきっちり休もうとは思わない。

 そんな覚悟が伝わったのか、ちょっと緊迫していた紅林さんの表情がやわらぐ。


「ん、じゃあ、お願いしようかな。でも、Yシャツの方優先でいいからね」

「はい。でも、こっちの十三時便の方が優先ですよね?」


 そう言ったら、なぜだか満面の笑みを向けられてしまった。

 効果音をつけるならにやりって気がしたのは、気のせいかな……

 私は首をひねりながら包装機の置かれた作業台に近づき、札を確認して急ぎのものからどんどん包装機に突っ込んでいった。

 たたみの包装をしながら、乾燥機から上がったシーツや毛布を紅林さんと二人がかりで畳み、また包装をし、合間をみて三階でYシャツを仕上げて、また三階にあがってをくりかえして、気がついたら十三時を過ぎていた。


「宇佐美さん~、お昼休憩いいよ」

「はい。…………、紅林さんは?」

「ああ、うーん……」


 微妙な苦笑いで首を傾げられて、私はつい突っ込んでしまう。


「ご飯ちゃんと食べないと倒れちゃいますよっ!?」

「んー、俺、空腹虫垂麻痺しててお腹すいたとかあんま感じないから平気だよ?」

「なんでそこで疑問形なんですかっ!?」

「あはは~」

「って笑いごとじゃないですよっ! 空腹を感じなくてもお腹は空いているんですっ!」


 噛みつかんばかりに語気も強く叫ぶ。

 それから、素早く乾燥機の中のものとパイプハンガーにかかっている衣装のタグを確認した。


「とりあえず急ぎのものはないんですよね。ほら、今のうちにお昼休憩とっちゃいましょうよっ、次の乾燥機あがるまでまだ三十分くらいあるし、ぱぱっとご飯食べに行けば大丈夫です。今を逃したら、また次どどっと洗濯物あがるんですからねっ!!」


 言いながら、紅林さんの裾を掴んで力いっぱいひっぱる。梃子でも動かないというようにアイロン台で黙々と作業している紅林さんを連れ出そうと必死だった。

 だって、休憩がとれない状況なのはわかるけど、ご飯をちゃんと食べて体力つけないと。いまはちょうど休憩とる余裕があるんだから。

 やや強引に裾をひっぱり睨みあげたら、紅林さんは視線をためらうように逡巡させ、ふぅっと細い吐息をもらした。


「わかったよ」


 観念したようになんとも複雑そうな苦笑を浮かべた紅林さん。

 素直に休憩にいくと言ってくれたことが嬉しくてにっこりと微笑むと、視線があった紅林さんに急に視線をそらされてしまった。

 なんだろう……、まっ、いっか。




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