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love it  作者: 滝沢美月
11便
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スキよりももっと… 10



「あの、どうして、フロリダに……?」

「お爺様に言ったんだ、小松家との婚約を破談にしてほしいこと、柚希に継ぐ気があるならあいつを後継者に指名してほしいことを。柚希は紅林家とは縁を切ったと言いながら、大学では経営学を学んでいるし、実際潰れかけたラビットクリーニングを立て直したのは柚希の手腕だと言い切れる。俺なんかよりよっぽど優秀なのに、いつも俺より目立たないようにしていた。でも、お爺様もそのことに気づいていらっしゃったんだろう。柚希が以前に考えていた企画をお爺様に話したことがあって、その企画を成功させろって言うんだ。それが成功したら柚希を後継者として認めるって。で、その企画のためにフロリダにある企業にプレゼンに行ってきたわけ、しかも、今日のパーティーまでには良い報告を持って帰ってくるようにって言われて」


 はぁ~っと大きなため息をもらしながら工場長は私の肩に顔を埋める。


「俺、普段営業なんかしないからすっごい大変だった。いつも柚希の事へらへらしててよくあれで社長が務まるなとか思ってたけど、ほんと、あいつはすごいよ。営業とか俺にはやっぱ無理……」


 ぼそぼそっと小さな声で愚痴をもらす工場長がなんだか可愛くって、くすっと笑いをもらしてしまう。


「いま、笑ったでしょ?」


 それまでしょげていたのに、顔を上げた工場長はいじめっ子みたいな眼差しで私を見つめるから、尻込みしてしまう。

 だって、こういう時の工場長には勝てたためしがないんだもの。


「あのっ、それよりも、早くお祖父さんに報告に行かなくていいんですか?」


 とにかく居心地悪くて話をそらしたのに、「やだ」って拗ねた声で言われてしまった。


「もうちょっとこのままで」


 そう言って、工場長はまた私をぎゅーっと抱きしめた。

 さっきから何度抱きしめられたか分からなくて、でもだからって慣れるわけではなく、私は恥ずかしさに顔を赤らめずにはいられない。

 そんな私を見下ろして、工場長は楽しそうにくすくすっと笑っている。


「宇佐美さん、可愛い」


 抱きしめる腕に力をこめる。


「ほんとに、そろそろ中に戻りましょう? 柚希さんも工場長が戻ってくるのを待っているんですよ?」


 なんとか抱きつく工場長を引きはがそうとしたのに、見上げれば、工場長は気に入らないとでもいう様に不機嫌顔。


「それ、さっきも思ったけど、どうして宇佐美さんが柚希の事名前で呼んでるの? 俺のことは工場長なのに、これじゃあ、柚希が宇佐美さんの彼氏みたいだ」

「えっと、それは……」


 まさか、ついさっきお祖父さんに誤解されたとは死んでも言えない。


「柚希さ――社長には名前で呼ぶようにって言われたんです。平社員が社長に逆らえるわけないじゃないですかっ?」


 柚希さんと言いそうになった私は、工場長の鋭い眼差しでねめつけられて、慌てて社長と言い直した。


「それに工場長は工場長じゃないですか? 他にどう呼べっていうんですかっ!?」

「彼氏なんだから名前で」

「付き合ってても名前で呼ばなければならないなんて法律はありませんよっ!?」

「工場長は役職名で名前でもないじゃないか……」

「それは、そうですけど……。じゃあ、紅林工場長で」

「それ、もっと嫌かも」

「じゃあ、どうすればいいんですかっ!?」

「名前で呼んで」


 お互い譲らず平行線を続ける会話に、私はぷいっと顔をそむける。


「それは絶対嫌です」

「嫌って、宇佐美さん……」


 私の言葉に呆れている工場長をちらっと見上げて、綺麗な瞳と視線があって慌ててそらす。


「だって、名前で呼ぶなんて恥ずかしい……」


 ぼそっと本音をもらして、俯く。

 いま、絶対ゆでだこみたいな顔になっていると思うから。

 それなのに、工場長はぐいって私の顎を持ち上げて、間近から顔を覗きこむんだから、本当この人は意地悪だ。

 くすっと甘やかに微笑んで。


「真っ赤な瑠璃可愛い」


 照れることもなく名前で呼ばれて、私の方が恥ずかしくてどうにかなりそうだった。



  ※



 会場に戻る前に、雨に濡れてしまった私は体を温めるように言われて控室に連れてこられた。工場長はスーツケースを置いて、手に持っていたジャケットを羽織って、すぐに戻ってくるからここで大人しく待っているように言って出ていった。

 大人しく……って、あいかわずの子ども扱いで苦笑するしかない。

 どっちにしろ、十三cmヒールでは一人では歩けないし、慣れないヒールで足も痛かったので、大人しく控室で待つことにした。

 しばらくして控室に戻ってきたのは柚希さん一人で、軽く世間話をして「また明日」と帰っていってしまった。その時、なんだか意味深に微笑まれたのに首を傾げる。

 柚希さんとほぼ入れ違いに工場長が戻ってきて、控室にあったソファーにどかっと腰を下ろすとはぁーっと盛大なため息をついて膝についた腕の中に顔を埋めた。

 なんだかお疲れな様子に私は、備え付けで置かれていたコーヒーを入れて工場長に渡した。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

「あの、お祖父さん達とのお話、どうでした……?」


 尋ねた私に、工場長は曖昧な微笑みを浮かべて答えてはくれなかった。

 工場長が会場でどんなふうにお祖父さんとお父さんに話をつけたのかすごく気になる。

 もし柚希さんが紅林家の後継者となるなら、ラビットクリーニングの今後はどうなるんだろうか――?

 柚希さんが後継者にならない場合、工場長は紅林コンツェルの仕事を手伝うようになって工場には戻ってこないのだろうか――?

 気になったけど、きっと今は話したくないのだろうとそれ以上聞くのはやめたのだけど、話が予想の斜め上をいく事態になっているとは思いもしなかった――




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