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love it  作者: 滝沢美月
11便
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スキよりももっと… 7



 厳格な顔を顰めたお祖父さんを睨みつける柚希さん。

 緊迫した空気を破ったのは、お祖父さんの「ふんっ」という鼻息の音だった。


「それで――? 紅林家の人間ではないという者がなんの用でここに来た?」

「ええ、私には紅林家がどうなろうと興味ないし関係ないことですけどね、あなた達は私に用があるだろうと思ってわざわざ出向いてあげたんですよ」


 柚希さんの挑発的な言葉に、お祖父さんは機嫌を損ねることもなく、ふんっと勝気に鼻を鳴らす。


「お爺様が“どうしても”とおっしゃるなら、紅林家の後継役を引き受けてもいいと思っていますよ?」

「条件次第――、ということか?」

「ええ、一度はそちらから縁を切ったのですから、タダで済むとは思っていないでしょう?」

「まあ、いいだろう。柊吾があんなことになっては、あやつを後継者にすることはもうできまい。条件とやらを聞こう?」


 お祖父さんの言葉に、どくんっと心臓が跳ねる。

 さっきも出た工場長の名前に過敏に反応してしまう。

 柚希さんとお祖父さんの会話の攻防にはいまいちついていけないけど、この会話に工場長も関わりがあるってことだけは分かって、二人の会話をはらはらしながら見守る。


「条件は二つ、一つは柊吾をいますぐ呼び戻すこと。一つは私が紅林家に戻るにあたって、今後一切柊吾に紅林家の責務を追求しないこと」


 指を一本、二本と伸ばして条件を提示する。

 その条件に、お祖父さんの眉がぴくりと動く。


「どんな条件を突きつけてくるかと思えば、そんなことか」

「あなたにとってはそんなことでも、私には重要なことです。たとえ血の繋がりがなかろうと、私にとって柊吾は大事な弟ですから。それすらも否定することは、しませんよね――?」

「……ああそうだな。血の繋がりがなかろうと、あれは私にとっても大切な孫だ。だからその条件は飲めないな」

「なっ!?」


 ため息とともに出された返答は思いもよらなかった答えで、柚希さんは動揺に瞳を揺らす。


「こちらからも条件がある。すぐにとは言わないが、後を継ぐ者としてしかるべき家柄の娘と結婚してもらう」

「はっ、まさか、小松家のお嬢さんがお相手とは言わないですよね?」


 薫子さんの名前が出て、ぴくっと肩を揺らす。柚希さんを見上げるけど、柚希さんは蔑むような眼差しでお祖父さんを見ていた。


「馬鹿を言うな、こちらから破断したのに今度はお前となどとずうずうしいことを言えるわけがなかろう」

「それならよかった。正直、あのお嬢さんは苦手で」


 片目を瞑って苦笑する柚希さんに、お祖父さんが叱責するように鋭い眼差しを向ける。

 それから、今気づいたとでもいう様に、柚希さんから隣の私に視線を向けた。

 頭の上からつま先までじっくりと眺めてじとっと鋭い眼差しが突き刺さるから、反射的にぴんっと背筋が伸びてしまう。

 お祖父さんの顰めていた表情がふっと和らいで、私に話しかけてきた。


「お嬢さんはもしかすると、宇佐美 稲羽のお孫の……」

「はい、稲羽は私の祖父ですが……?」


 思いもかけず祖父の名前が出てビックリしてしまう。

 母方の祖父母は北海道で牧場を営みながら暮らしていて、祖父の名前は宇佐美 稲葉だ。

 ちょっと変わった名前だから、同姓同名ってことはないだろうけど……

 うちのおじいちゃんと柚希さんのお祖父さんが知り合いだなんて。

 不思議に思って隣の柚希さんを振り仰ぐと、柚希さんも知らなかったのか困惑気味に首を傾げている。


「稲ちゃんと私は同窓の友でなあ。昔、お嬢さんがまだこのくらいの頃に、稲ちゃんに連れられて我が家に来たことがあるんだが覚えとらんかねえ?」


 このくらいと言いながら幼子の身長を示す。

 優しげな眼差しで問いかけられて、私は記憶の中から幼い頃の記憶を手繰り寄せる。

 そういえば……

 まだ幼稚園くらいの時、北海道から遊びに来たおじいちゃんに連れられておじいちゃんのお友達っていう人の家に行ったことがあった。

 おじいちゃんのお友達っていうから私はてっきり同じように牧場を経営している人だろうと思ってて、着いたのがあまりにも広い豪邸でびっくりした記憶がある。

 おじいちゃんがお友達と話している間に部屋で待っているように言われて、でも、部屋にちょうちょが飛んできてつい後を追って庭に出てしまって。

 そこで中学生くらいのお兄ちゃんに会って、遊んでもらったんだった。

 って、ええ……っ!?

 もしかしてそのお兄ちゃんが、工場長だったの……っ!!??


「そうそう、確か、私と稲ちゃんが話し終わったら、庭で柊吾と一緒にいたから驚いたなあ」


 まさか、幼い頃に工場長と出会っていたなんて想像もしていなかった。だって幼稚園の時の事なんておぼろげだし、私も工場長もその時からすっかり成長して、一度会っただけで分かるはずがない。

 でも、そっか、工場長と昔、会ったことがあるのか……

 おぼろげな記憶で、顔なんて覚えてもいないのに、なんだか懐かしい気分になってくる。

 それはお祖父さんも同じようで、昔を懐かしむような遠い眼差しをする。


「最近、稲ちゃんには会っていないがお元気か?」

「はい、先月会いましたが、元気そうでした」

「そうかそうか、しかし、稲ちゃんのお孫が柚希のガールフレンドだったとは、これはなんという巡りあわせだろうか」


 相好を崩して嬉しそうに言うお祖父さんの言葉に、私はぎょっとしてしまう。

 ガールフレンドって、えっ、違うっ……


「よしっ、二人の交際を許す、すぐにでも婚約の段取りを考えなければ」

「ちょっと待ってくださいっ」


 嬉々として今すぐにでも段取りを決めにいきそうな勢いのお祖父さんに、柚希さんが慌ててお祖父さんの言葉に被さるように口を挟む。


「彼女は、宇佐美 瑠璃さんはうちの工場の従業員です。つい数時間前まで女装していた人間に彼女がいるわけないでしょう? お爺様ともあろう人がそんなことも分からないのですか?」


 やや呆れ気味に諭す柚希さんに、お祖父さんはむっとした表情をする。


「若い男女がそんなにぴったりと体を密着させて腕を組んでいれば、誰が見てもカップルだと思うだろう」


 まさに正論だとでもいうようにドヤ顔で言われて、私は反射的にぱっと掴んでいた柚希さんの腕を離した。

 次の瞬間、体の支えを失って転びそうになった私を、柚希さんが咄嗟に腰に腕を回して助けてくれた。


「すっ、すみません……」

「大丈夫?」

「はい……」


 私に優しく微笑んでから、柚希さんは困ったようにお祖父さんを見据える。


「申し上げにくいですがね、そんな考え方をしているのはお爺様くらいです。それに、腕を組んでいたのにはこういう事情があるんです。彼女には少々ヒールが高かったようで……」


 そう言って、柚希さんがくすっと甘い笑みを浮かべるから、私は恥ずかしさのあまり顔が赤くなってくるのが分かって俯いた。




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