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love it  作者: 滝沢美月
11便
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スキよりももっと… 5



 案内されたフィットルームは三畳くらいの小部屋で、そこで私はあっという間に店員さんに身ぐるみはがされドレスアップさせられてしまった。

 なぜドレスを着せられているのかいまだに理解できないままドレスを着せられて、これで終わりかと思ったら、そうはいかなかった。

 次に案内されたのは美容室みたいな場所で、鏡の前に座らされて、化粧をされて髪の毛もドレスに似合うようにセットされた。

 化粧と髪形が終わると、どこからかもう一人の店員さんがやって来て、ドレスにコーディネートしたヒールと鞄、ネックレスや髪飾りなどの装飾品を持ってきて、上から下まで完璧に飾られてしまった……


「いかがですか? お客様はお若いですしもともと整ったお顔立ちなので化粧は薄めに、装飾も少なめにしてみましたが」


 満足そうににっこり微笑む店員さんに、私はなんともいえない相槌をうつ。


「はぁ……」


 どう、と言われても……

 どうしてこんな格好をさせられたのか理解できていない私はいまだに状況を理解できないまま呆然としている。

 鏡に映る姿は、ビビッドなオレンジレッドのドレスを着た可愛らしい少女。

 ベルラインのドレスは小柄な人にも似合うデザインだし、ハイウエストの切り替えが背の小ささをカバーしているけど、それでもやっぱり“少女”止まりな姿に、内心ため息をつく。

 ドレスと化粧と髪形で自分じゃないみたいな姿なのに、低い身長から醸し出される幼さがぬぐえていないのが残念だ。

 なんて、自分の事じゃないみたいに考えてて。


「瑠璃ちゃん、準備できた?」


 かけられた声に振り返った私は、さっきよりも更に唖然とする。目をこれ以上ないくらい見開き、口もあいていたかもしれない。

 ドアから顔をのぞかせて入ってきたのは、サラサラの黒髪を丁寧に後ろになでつけ、シンプルだけど高級そうなブラックスーツを身につけた柔和な美貌の男性で、一瞬、「誰っ!?」って本気で思ってしまう。

 すぐにそれが社長だと気づくけど、気づいて更に仰天する。

 前に私の誕生日に一緒に出かけた時も男性の格好をしていたけど、その時は髪の毛を後ろで結わいていただけなのに、今、目の前にいる社長の背後には髪の毛はなく、肩より少し長かった髪の毛はばっさりと切られていて驚かずにはいられない。

 だって、中性的な顔立ちだといってもこんなにバッサリ切ってしまったら、どこからどうみても男性にしか見えない。

 さっきまでレディーススーツに身を包んでいた人と同一人物だなんて、誰が考えるだろうか。

 私は唖然としたまま、ぽつりともらす。


「社長……、髪の毛切っちゃったんですか……?」

「ああ、うん。さっきも言ったけど、女装も潮時かなと思ってね」


 動揺する私とはうらはらに、ふわりと微笑まれる。

 さっきそんなこと言いましたか……?

 自分の状況も理解できていないのに、いきなりの社長の女装やめる宣言に頭の中がショート寸前だ。

 頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらなくて、考えることを放棄する。

 もう、なるようになれって感じかな……

 がっくると項垂れて、ため息をもらす。

 そんな私を、社長は心配したように下から顔を覗きこんでくる。


「どうしたの? 瑠璃ちゃん」


 こくんと首を傾げた拍子に、耳にかかった艶のある黒髪がさらさらとこぼれ落ちる。

 そんな動作だけでも、ため息がでるほど綺麗でみとれてしまう。なのに。

 なんでもないと言った私に、「瑠璃ちゃん、可愛いね」なんて、そこら辺の女性よりも綺麗な顔に微笑みを浮かべて言われてしまい、なんとも複雑な気分だった。

 いえいえ、社長の方がお綺麗ですよ……

 と、言いたくなってしまう。

 いろんなことに衝撃を受けてぼんやりしている私に、社長が声をかける。


「では、準備もできたことだし、行きますか?」



  ※



「あの……、社長?」


 震える声で尋ねた私に、社長が切れ長の瞳をすっと細めて口元に薄い笑みを浮かべる。


「社長って呼び方やめようねって前に言ったよね?」


 うっとりするような美声で囁かれて、ドギマギする。

 心なしか、女装していた時よりも声が男の人みたいに低くて、喋り方もなんか違って、社長なのに社長じゃないみたいで居心地が悪い。


「えっと、柚希さん……?」


 疑問形で名前を呼んだ私に、社長――じゃなくて柚希さんは満足そうに切れ長の瞳に甘い笑みをにじませて微笑んだ。


「なにかな? 瑠璃ちゃん」

「この体制のまま、行くんですか?」

「一人では歩けないみたいだし、そういうことになるかな? うん、役得役得~」


 私の疑問に満面の笑みで答えた社長は楽しそうに言う。

 実は今、私は柚希さんの腕にぶら下がるようにしがみついて歩いている。

 というのは、ブティックで用意してくれた靴がヒールの高いもので、椅子から立ち上がるのもやっと。歩くとふらついて一人では歩けないという状況。

 普段、ヒールのある靴はあまり履かないから慣れていないのに、十三cmもヒールのある靴を履かされて一人では歩けなくて、柚希さんの腕にしがみついているというわけなんだけど。

 ブティックからの移動中、これから向かう場所が紅林家主催のパーティーだと言われて震えあがってしまう。

 パーティーだなんて人生で一度だって行ったことないのに、急にパーティーに行くよなんて言われてビビらない人の方が珍しいと思う。

 おまけに、柚希さんはいきなり女装やめる宣言して、ばっちり男装して、その姿がまぶしすぎるくらいカッコいいのに、私はというと一人では歩けないような高いヒールを履かされて、尻込みしてしまうのは仕方がないと思う。


「本当に、行かなきゃだめですかぁ~?」


 半分泣き言のようにもらす私に、柚希さんはほんのちょっと眉尻を下げて申し訳なさそうに苦笑する。


「こう見えて、私もパーティーに出るのはこれが初めてで緊張してるんだけど」


 そこで言葉を切った柚希さんは、ふんわりと柔和な笑みを浮かべるから、切れ長の瞳が艶めいてドキっとする。


「瑠璃ちゃんが一緒にいてくれるから、とても心強いんだよ?」


 そう言われて、私はぎゅーっと唇をかみしめる。

 だって、ずるいよ。

 そんなふうに言われたら、もう文句なんて言えないじゃない。

 私は柚希さんの腕にしがみついたまま俯き、止まりそうになっていた足を前へと踏み出した。




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