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love it  作者: 滝沢美月
11便
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スキよりももっと… 4



「え――っ」


 社長の口から出た言葉は予想外すぎて、絶句する。


「どうして……」


 なんで、どうして。

 そんな気持ちばかりが溢れてきて言葉になる。


「自分には跡を継ぐ意思はないから――って。自分よりも私が後継ぎとして相応しいから、私が跡を継ぐべきだって祖父に進言したんだ」


 そう言った社長は泣きそうな困ったような表情でこちらに視線だけを向ける。


「柊吾はずっと気づいていたんだ……、私がなんで女装しているのか」


 そこで言葉を切った社長は小さく吐息をもらし、遠くを見るように視線を前に向けて話し始めた。


「義兄弟といっても私と柊吾はほとんど会うことはなくてね、再会したのは高校だった。私がいると知っていて同じ高校に進学してきたのか偶然だったのか、それは分からないけど、柊吾が同じ高校に入学してきて私はすぐに柊吾の存在に気付いた。そして柊吾も私に気づいて……、話しかけてきたのは柊吾からだったよ。それまでは疎遠だったのに気がついたら一緒にいる仲になってて、大学も私と同じところに進学して。学生時代に起業して、そこで貯めた資金で潰れかけていた母方の祖父のクリーニング工場を立て直すと私が言った時も柊吾から手伝うと言い出して。それだけ長い時間一緒にいたのに、柊吾は私の女装に関しては一言も言ってこないから、周りと同じで趣味だと勘違いしているんだろうと思っていた。それで好都合だから、私から訂正するつもりもなかったし。なのに、祖父と話した後に私のところにきて、言ったんだ。『俺のせいでいつまでも女装させてごめん』って、謝ってきた――」


 社長は何かを堪えるようにぎゅっと唇をかみしめた。


「全部、私のエゴだったんだ……、間違っていたのは私だった……」


 自分を責めるようにいう社長の言葉が胸に刺さって痛い。

 社長は、ただ工場長のことを守りたかっただけなんだろう。

 紅林家の跡取りとして引き取られたのに、自分の存在がその立場を危うくすると気づいて、血は繋がらなくても義弟である工場長のことを守ろうと必死だったんだ。

 女装をすることで、跡取りの男子が工場長だけだと大人たちに思わせて、工場長の跡取りとしての立場を守りたかったのだろう。

 自分の父親のせいで紅林家に引き取られてたという負い目から。

 でも――

 そんな社長の想いに、工場長はきっと気づいていたのだろう。

 工場長は工場長で、そのことで社長に負い目を感じていたのかもしれない。

 だから、紅林家の跡取りという立場で、クリーニング工場の工場長なんてやっていたんじゃないかな。

 社長のことを助けたくて。

 工場長と社長のことを考えると、二人の擦れ違いが、悲しくてやるせない。


「社長は間違ってないですっ」


 気がついたら、そう言っていた。

 切実な思いで、社長を見つめる。


「だって、それって、それだけ工場長の事が大切で、好きだってことでしょう?」


 そう言ったら。


「はは、なんかその言い方は誤解が生まれそうだけど……」


 社長には困ったように苦笑されてしまったけど、さっきまでの悲しそうな表情が消えて、ほっとする。


「工場長もきっと、そうなんだと思います。工場長にとっても、社長はかけがえのない存在なんです」

「……そっか、柚希も私と同じってことか」


 少しの間を空けてつぶやいた社長は、どこかすっきりしたような表情。


「やっぱり、このあたりが潮時かなぁ~」


 ひとり言のようにつぶやいた社長はちらっと私に視線を向けて、ふんわりと微笑んだ。

 私が社長の独り言に首を傾げた時、車はなめらかな運転で駐車場に入っていく。


「どうぞ」


 社長が運転席から降り、助手席に回ってドアを開けてくれた。

 私はちょっと照れくさく思いながら車から降りて、唖然とする。

 着いた場所は、私には一生無縁そうな高級ブティック。


「えっと……」


 社長はお洒落なスーツを着ているけど、私の格好はTシャツにカーゴパンツで場違いすぎて入るのをためらってしまう。

 だけど、そんな私の様子を気にもせず社長に促されて、勇気を振り絞って店内に足を踏み入れる。

 煌びやかな店内は白を基調にキューブ型のディスプレイで統一されている。

 迷わず店内に足を踏み入れた社長に、店員さんが静かに近寄ってきて頭を下げ、その店員さんに社長が何かを告げると、店員さんはまたお辞儀して下がっていった。

 それから社長は店内に視線を向け、奥の方のドレスなどがかけられているところに歩いていく。


「うーん、瑠璃ちゃんは色白だから淡い色が可愛いかな。でもはっきりした色も似合いそうだし」


 そう言いながら、かけられているドレスを取って私の体の前にかざすから、ビックリしてしまう。

 えっ、えっ……!?

 パニックっている私に気づかず、社長はちょっと楽しそうにドレスを選んでいる。


「瑠璃ちゃんは好きな色とかある?」

「赤とか……」


 社長の質問にまごつきながら答える。


「赤かぁ~、じゃあ、このオレンジレッドのドレスはどうかな?」


 どうかなと聞かれて、返答に困る。

 社長が手に取ったのは、鮮やかなオレンジレッドのベルラインのミニ丈のドレス。

 胸元にはバラのモチーフがついていて、ハイウエストで切り替えられた下はレースが何重にも折り重なってふわりと広がっている。

 レース使いが可愛らしいデザインで、個人的に見ても客観的に見ても素敵だと思う。


「はぁ……、素敵ですね……」


 いまいち状況についていけなくて投げやりに相槌を打つと。


「じゃあ、これにしよう。あと靴とか鞄も適当に見繕って」

「はい、畏まりました」


 いつの間にいたのか、社長のそばには店員さんが二人いて、社長の言葉に笑顔で頷く。一人は小物を探しに行き、社長にドレスを手渡されたもう一人の店員さんが私ににこやかな笑顔を向ける。


「では、フィットルームにご案内いたします」

「えっ!?」


 あまりにも予想外の言葉にすっとんきょうな声をあげてしまう。


「私も着替えてくるから、瑠璃ちゃんも着替えてきて」

「ええっ!?」


 もう一度驚きの声をあげる私にふんわりと笑いかけて、社長は奥の部屋へと行ってしまった。

 私はその社長の後姿を呆然とながめる。

 社長がなぜかドレスを選んでいるとは思っていたけど、まさか選んでいたドレスを私が着ることになるとは思いもよらなくて頭の中がパニックする。

 ええっと……

 頭の中で状況を整理しようとしたんだけど上手くいかなくて。


「フィットルームにご案内いたします」


 待っていても歩き出さない私に痺れを切らしてか、店員さんが再度、にこやかな笑顔で告げた。




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