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love it  作者: 滝沢美月
11便
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スキよりももっと… 3



 八月が終わり九月になっても、まだ残暑は残っていて工場内は相変わらず蒸し暑い。

 この暑さは九月いっぱいは続くのだろう。

 そして品物も徐々に増え始めて、閑散期が終わろうとしている。

 私としては、寒い季節が着実に近づいてきているのが嫌なのだけど、季節の移り変わりを止めることは出来ないから、どうしようもないのだけど。

 そんなことを考えながら品物にアイロンをかけて仕上げていき、ふっと手を止めてため息が漏れた。

 なんだか、全然やる気が出ない……

 暑さにやられてからなのか、休み明けだからまだ体がなまっているのか。

 そんなことを考えて、本当はそのどちらでもないって分かっている。

 いつもなら、私がこんなふうに仕事がはかどらなくてため息ついていたら――


「宇佐美さん、暇なの? じゃあこれお願いね」


 って、天使も裸足で逃げ出すような麗しい笑みを浮かべて工場長が現れるのに。

 いくら待っても、工場長が声をかけてくることはない。

 それは工場長がフロアを移動したからではなくて、工場にいないから……

 母方の実家への帰省で一週間休んで仕事に復帰したら、もうそこには工場長はいなかった――……

 たぶん、私が休みの間に、なにかしらの説明がされたのだろうけど。その時にいなかった私はなんの情報も得ていなくて、なぜ工場長がいないのか見当もつかない。

 工場長がしばらく工場には来ないという事実だけが突きつけられて、胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感に、仕事にも身が入らなかった。

 こんなんじゃいけないって分かっているけど、工場長がいない理由がわからないから余計に気になってしまって、もやもやとする。


「瑠璃ちゃん」


 ぽんっと背中を叩かれて、飛び上がるほどびくって体を揺らして振り返る。

 完全に自分の思考に沈んでいたから、突然声をかけられてビックリしすぎて。

 だけどそんな私よりも、大げさに驚いた私を見てビックリしている社長が後ろに立っていた。


「あっ、すみません……」

「ううん、なんか私こそ、すごく驚かせちゃったみたいでごめん……」


 お互い呆然と見つめ合い、それから、社長の表情がすっと引き締まる。


「今日はまだ帰らないの?」

「へっ?」


 その言葉にフロア内を見回すと、まだ窓の外は明るいのに、いつのまにかフロア内には誰もいなくなっていた。


「あれっ? いつのまにみんな帰ったんだろう……」


 思わずこぼれた私の独り言に、社長が苦笑を浮かべる。


「今日は品物少なくて定時に終わったからもう帰るって。瑠璃ちゃんに声かけたけど聞こえていないみたいだからお願いしますって、さっき江坂さんが私に伝えにきて帰っていったよ」

「そうだったんですね……」


 恥ずかしすぎて、赤くなる顔を隠すように俯く。それでも、つい手元は動いてしまって品物によどみなくアイロンをかけていく。

 そんな私を見て、なんともいえない苦笑を浮かべて社長が言う。


「瑠璃ちゃんも、今日は終わりにしよう? これは中三日貰っている品物だから今日やらなくても大丈夫だし」

「でも……」

「大丈夫だから、ちょっと付き合って」


 何かしてないとぐるぐる同じことばかり考えてしまうから残業したかったけど、社長にそう言われたら頷かないわけにはいかなかった。

 今仕上げているものだけ仕上げてから、手に持ったアイロンを置き、アイロン台の電源を落とす。

 必要最低限の荷物だけを入れて足元に置いているトートバックを手に持って、事務所に向かいタイムカードを押す。

 その間に、社長がアイスコーヒーを紙コップに注いでくれた。

 受け取るかどうか躊躇していると。


「これ、前に瑠璃ちゃんがうちに来た時に美味しいって言っていたコーヒーだから飲めるかな?」

「そうなんですか? いただきます」


 立ったまま紙コップを受け取り、一息に飲み干す。


「おいしいですぅ~」


 蒸し暑い中ずっと立ちっぱなしだったから、冷たい飲み物が喉にしみる。


「瑠璃ちゃん、今日はこの後予定ある?」

「いえ、特には」

「じゃあ、急で悪いんだけど、ちょっと付き合ってくれる?」


 綺麗な微笑みを浮かべて言った社長の言葉に、私はあまり深く考えずに頷いていた。

 社長にあまり時間がないからちょっと急いで支度してきてと言われて、ロッカールームに向かう。

 っといっても、ロッカーに置いてあるリュックにトートバックを突っ込むだけで帰り支度完了なんだけど。

 車で待っていると言われたから、リュックを背負って工場の階段を下り裏の駐車場へと行く。

 すでに社長は車の中に乗っていて、失礼しますと言って私が助手席に乗ると、すぐに車を発車させた。


「また店舗でクレームですか?」


 社長が私に用事ってなんだろうと考えて、以前、店舗の方でクレームがあって一緒に行ったことがあるのを思い出して尋ねたのだけど、社長は違うと言った。


「瑠璃ちゃんが最近元気ないのは柊吾がいないからだよね――?」


 いきなり核心に触れられて、心臓が大きく跳ねる。


「柊吾が出社しないのは、瑠璃ちゃんのことを避けているからじゃ、ないんだよ?」


 言い聞かせるような優しい響きで言われて、泣きそうになる。

 ずっとそう思っていたから。

 工場長は私のこと避けてて、だから工場にも来なくなったんじゃないかって。

 なにか理由があるんだろうって考えても、それが一番しっくりくる理由に思えて仕方なくて。

 私の心の傷を庇うように、社長が困ったような優しい笑みを向ける。


「やっぱり、そう思ってた?」

「はい……、だって、フロアだって二階に移動しちゃうし……」

「それは本当に人手が足りなくて仕方がなかったんだ」

「私が休んでいる間に工場長が出勤しなくなっちゃうし……」

「それは……、ごめん、私のせいなんだ……」


 苦しげにつぶやいた社長の言葉に、「えっ?」と声をあげる。


「どうしてですかっ? 社長のせいじゃないですよ? むしろ私がいけないんです。私が社長の忠告を無視して……」


 つい感情のまま勢い込んで喋りはじめた私を落ち着かせるように、社長はハンドルを片手で握ったまま、もう片方の手のひらを私の方に向ける。


「瑠璃ちゃん、間違っていたのはやっぱり私だったんだ……」


 苦しげにもらす社長の言葉の意味が分からなくて首を傾げた私に、社長が言葉を続けた。


「柊吾が小松家との婚約を破棄した」




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