いまさら好きって言われても困る… 5
「えっと……、私自転車なので一緒に帰れませんよ?」
「朝、車で家まで迎えに行けば問題ないでしょ?」
困り顔で言っても、しれっとした顔でかえされて二の句が継げない。
「いやいや、朝も迎えにきてもらうとかありえませんから」
「なんで?」
間髪入れずに聞き返されて、私は視線をそらして、ない頭をフル回転でなんとか言い訳を考える。
「……あっ、だって、工場長、明日休みじゃないですか?」
「休みでも迎えに行くけど?」
「いやいや、休みはしっかり休んでくださいよぉ……」
なにむちゃくちゃなこと言っちゃってんですかっ!?
内心で言葉には出来ない悪態をついて、工場長を睨みあげれば、譲歩したとでもいう様にため息をつく工場長。
「わかった、今日は送っていくのは諦める。だから、夕飯ご馳走するよ」
そう言った工場長は私の手を握ると有無を言わさず歩き出してしまう。
いやいやいや、行くなんて言ってないしぃ……
なんかこのままではずるずる工場長のペースに乗せられてしまいそうで、私は握られた手からすり抜けようとするけど、手をしっかりと握られてて振りほどけない。
手を繋がれたまま、工場のエレベーターを降り、裏の駐車場に連れていかれてしまう。
「~~~~っっっ!!」
抵抗しても無駄だって思い知らされて声にならないうめき声をあげたら、振り返った工場長がうっとりするほど甘やかに微笑むから、私の胸をつく。
ゾクっとするほど素敵な眼差しで見据えられて。
だけど私の視線は工場長じゃなくて、その背後の工場の一点に縫い止められたようになる。
工場の非常階段で社長が煙草を吸っていた――
距離もあるし、すっかり辺りも薄暗くて顔なんてはっきり見えないのに。見えないはずなのに。
“約束、したよね――?”
泣きそうな瞳で睨まれている気がして、背中に冷や汗が伝う。
“本気で柊吾のことを思うなら諦めて、って言ったよね――?”
その眼差しだけで射抜かれそうな悲痛な表情で、社長がこっちを見ている気がして。
工場長がポケットから鍵を出すために手を放した瞬間、私はまさに脱兎のごとく無我夢中でその場から逃げ出した。
後ろで工場長の驚いたような声が聞こえたけど、それさえも振り払って、私は自転車で走り去った。
※
すっかり振られたつもりでいたけど、よくよく考えてみたら、工場長から直接振られたわけではなく。
でもだからって、両思いだなんて誰が想像できただろうか――?
工場長には婚約者がいて、私なんか子ども扱いで完全恋愛対象外だったのに。
工場長も私を好きだなんて――
どうしたら諦められるかってことばかり考えていたから、両思いになった時の事なんて全然考えてなかった。
でも。
両思いだって分かったからって、なにも現実は変わらない――
だって、私は、社長と約束したのだから――
※
その日は罪悪感で胸が締め付けられて、なかなか寝付くことが出来なかった。
翌日、出社して階段を上がりながら、事務所に社長がいたらどうしようって不安で胃がキリキリ痛む。
昨日のことは暗闇で、半分は私の妄想だったと思う。
でも、もしかしたら、あの距離からでも社長には見えていたかもしれない――
私の気持ちは工場長にばれないようにするって約束したのに、告白したあげくに工場長と両思いになっちゃったなんて、怖くて言えない――
ってか、知られたら、どんな恐ろしい目にあうのか……
考えただけで恐ろしくて、ぶるぶると身震いする。
恐る恐る開けた事務所の扉はいやに重くて。
「おはようございまーす……」
声は震えて小さくなってしまう。
扉を押し開けて一歩を踏み出し、そろそろっと社長席を確認して、そこに誰も座っていなかったことに、はぁ~~っと盛大なため息が出てしまう。
社長がいないと分かっても、いつ来るかわからないし、私は早足で事務所の奥まで進みタイムカードを押し、そそくさと事務所を後にした。
ぱたんっと後ろ手に事務所の扉を閉めて、もう一つはぁ~っとため息が出てしまう。
社長は工場にいる日といない日があるから、今日来ない可能性もある。
でも、次に会った時は絶対なにか言われる予感がする。
せめてもの救いが今日工場長が休みなことかなぁ……
こんな状況で、工場長と両思いってこと喜べないし、社長と約束していることも言えないし……
はぁ~
とりあえず、悩んでもなるようにしかならないかなぁ~
そんな楽観的にとらえて、いつも通り仕事に取り掛かったんだけど。
朝はいなかった社長が朝礼の場に現れて、私はその場に凍りついた――




