いまさら好きって言われても困る… 4
工場長に告白してから数日。
何事もなく、いつも通りに日々が過ぎていく。
実際はいつも通り――とは言い難いけど。
もともと告白する前のよそよそしい工場長の態度が普通じゃなかったし、その理由は私の気持ちに気づいて困って避けるようにしていたからで。
きれいさっぱり告白して振られた私に対して、気をつかってくれて今まで通りみたいに普通に接してくれているのだろう。
まあただ、若干、以前よりも工場長の微笑みの艶が増したような気もするけど……
もともと顔の作りが綺麗なんだから、工場長の笑みがことさら綺麗に見えるのは仕方がないのだろう。
そんなわけで、直接的には工場長との関係は変わらないけど、気持ち的にはなんだかすっきりしている私。
もちろん、まだ気持ちまでは整理できてないけど。
とにかく今日も一日、工場長にからかわれたり、むちゃくちゃな量を押しつけられて一日の仕事を終える。
最終便の品物をすべて仕上げ終わって、フロアの後片付けをして、最後にすべての電源を落として、フロアの電気を切る。
パチンっと電気の消える音を確認して、事務所に向かう。
「お疲れさまでーす」
事務所に入ると、すでに牧野さんは帰った後で、社長もいなくて、なぜかデスクには工場長が座ってて、私の声に顔を上げた。
「宇佐美さん、お疲れ様。フロアのこと任せちゃってごめんね」
「いえ、大丈夫です。最終便も無事終わって、みなさんもう帰りましたよ」
「ああ、タイムカード押しに来たから知ってる、宇佐美さんは遅かったね」
「今日、中須賀さんが休みで四階の包装が溜まってたので手伝ってきたんですよ、もう帰りますけど」
こういう時、短い期間だったけど四階で包装もやってたことがあるから役に立てていいと思ったりする。
だって、四階の包装残したままにしてたら、工場長が残業してやっていくって知ってるから。
少しでも工場長の負担を減らせたらいいなと思う。
そんなことを思いながら、パソコンに向かっている工場長の横を通り過ぎてタイムカードを押したら、くるっと椅子ごと工場長が振り返る。
「宇佐美さん」
「はい?」
名前を呼ばれて、こくんと首を傾げる。
「もう少しで終わるから待ってて」
美しい瞳に優しい微笑を含んで私を見て言われて、びっくりする。
「えっ、なんで待ってなきゃいけないんですかっ!? 私、見たい番組があるので帰りますよ……?」
実は見たい番組があったんだけど録画し忘れてて、内心ちょっと急いでいたりして。
つい、ぽろっと言ってしまったら。
うっとりするような微笑みのまま瞳がいたずらっぽく光って、切れ長の瞳がまっすぐに私を見据える。
「宇佐美さん、待ってるんだよ?」
微笑みを浮かべているのに有無を言わせない強引さがあって、ドキンっして焦って視線をそらす。
「宇佐美さん、いいね――?」
念押しするように言わせて、私は工場長の怖さに視線をそらしたままコクコクと首を縦に動かした。
※
「はぁ~~……」
ロッカールームに置かれているソファーに沈み込むように座って、盛大なため息をつく。
だって、工場長ったら天使も裸足で逃げ出していくような美麗な微笑みのまま、脅迫するみたいなこと言うんだもの。
耳に甘く響くバリトンボイスは魔法みたいに、その言葉に従わせる力があるから困ってしまう。
これも惚れた弱みっていうやつ……?
ロッカールームで工場長を待っている間、ぶつぶつとひとりごちる。
とりあえず、お母さんに録画予約してってメールしておこう。
まあ、たぶん出来ないだろうけど……
うちのお母さん、機械音痴だから録画操作できないんだよね。
だから、早く帰って自分で録画しなきゃって思ってたんだよ。せめて開始までに間に合わなくても途中から見たいって思って。それなのに……
「どうして私が工場長を待ってなきゃいけないのっ!?」
憤りで、思わず声に出してしまう。
その瞬間。
「付き合ってるんだから、一緒に帰るくらいいいだろ?」
背後から返答があって、心臓が飛び出しそうなほど驚く。
というか目が点……
「…………………はっ!?」
かなりの間をあけて、私は怪訝な顔で声をあげる。
「ええっと……、付き合ってるって誰と誰がですか……?」
まじできょとんと聞き返してしまう。
なに言ってんのこの人、的な顔で工場長を見上げたら、なぜか工場長もびっくりした顔してて、首を傾げる。
え……?
「工場長……?」
立ちあがって声をかける。
視点が定まらないようにどこか一点をぼぉーっと見てる工場長の顔を覗き込むと、工場長がはっとしたように私を見下ろす。
「えっと……、宇佐美さん?」
「はい、なんでしょう?」
困惑気味に名前を呼ばれて、首を傾げる。
「この間、俺の家に来た日のことは覚えてる、よね……?」
工場長の家に行った日のことって、私が告白して振られた日のことだよね……?
「はい、覚えてますけど?」
私の答えを聞いて、工場長は視線をちらっと天井に向けてから、綺麗な瞳で私をまっすぐに見つめる。その頬がわずかに赤いのは気のせいだろうか。
「宇佐美さん……、俺のこと好きって言ったよね……?」
口元を押さえて、照れたようにもごもご喋る工場長の言葉を聞きとって、瞬間、ぼぼっと湯気が噴き出したんじゃないかってくらい、一気に顔が赤くなる。
いやぁ――っ!!??
ってか、なんで、今さら、そのことを蒸し返すんですかぁ~~!?
羞恥プレーですかぁっ!!??
真っ赤になった顔を見られたくなくて、慌てて俯いて。
ちらっと視線をあげながら、震える声を絞り出す。
「……言いましたけどっ?」
なんなの、ほんとぉ――!?
穴を掘って今すぐ埋まってしまいたい……
恥ずかしさで真っ赤になる顔を両手で覆う。
涙が溢れてきて、目尻から溢れそうになったんだけど。
「俺も宇佐美さんのこと好きだよって言ったんだけど、覚えてない――?」
工場長に言われた言葉に、こぼれそうだった涙が引っ込む。
「えっ!?」
思わずすっとんきょうな声を出して、仰ぎ見てしまう。
工場長が私のことを好き――?
そんなこと言われた、の……?
呆然としながら、あの日の記憶を手繰りよせる。
確かあの日は、告白しようとしたら、プライベートで聞くことはないから帰りなさいって言われて。
帰ろうとしたら、なんで帰るのって引き止められて。
工場長の冷たい言葉と矛盾した行動に混乱して、思わず泣いて告白しちゃって……
ええっと、それから……
ずっと言いたくて言えなかった気持ちが溢れて、安心感からか、嗚咽をもらして子供の様にぼろぼろと泣いてしまったんだっけ。
工場長はそんな私の頭をあやすように優しく撫でてくれて、私はそれが心地よくってなんだか眠くなってきちゃって……
そういえばあの時、意識が薄らぐ中で、工場長がなにか言ってたような――
はっとして顔を上げると、真剣な瞳の中でうっとりするほど甘い光がきらめいて、私を射とめるように揺れていた。
工場長はふっと甘く微笑むと、腰をかがめて私の耳元で囁くように言った。
「好きだよ」
って。
囁いた時に唇が耳に触れて、そこから甘い痺れが広がっていく。心臓が強く打ち出して、甘い気持ちが心の中で渦を巻いてそこから動くことが出来なかった。
魅惑的な眼差しにくいいるように見つめられて、かぁーっと自分でも分かるくらい赤くなってしまう。
そんな私を見て、工場長は満足そうに微笑む。
その瞳が勝気そうに微笑んで、「ね、言ったでしょ?」って言ってるようで、ドキドキした胸を押さえる。
工場長も私のことを好き――っ!?
あの日、私は告白して振られたと思っていたのに。
まさか両思いだったなんて。
嬉しい、けど――
舞い上がりそうだった気持ちが、胸がきゅっと締め付けられて。
どくんどくんって、脈が嫌な音をたてはじめる。
だって、工場長には婚約者がいるんだよ……?
それに、工場長に家を継いでほしいっていう社長の想いはどうなっちゃうの……?
いまさら好きって言われても、困るよぉ――……




