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love it  作者: 滝沢美月
9便
59/78

いまさら好きって言われても困る… 3



 定時になったのできりのいいところで仕事を終え、長瀬さんに挨拶してからタイムカードを押すために事務所に向かう。

 事務所の重い扉を押し開けて室内に入ると、工場内の熱気とは違い、空調のきいた涼やかな空気が肌を包みひやりとする。

 事務所は冷房がちゃんと利いてて涼しくていいなぁ~なんて思いながらふっと顔を上げると、机のそばで社長と工場長と牧野さんの三人がなにやら会話中だった。


「お疲れさまでーす」


 私は話の邪魔にならないように小声で言い、奥のタイムカードの置かれている場所に行くために工場長達の横を通り過ぎようとしたら。

 社長の方を見ていた工場長が私に気づいて、視線がぶつかりドキッとする。

 私の驚いた表情にふっと楽しそうに微笑んだ工場長が口をぱくぱく動かす。

 声は出てないのに、工場長の口が「もう帰るの?」って尋ねているのが分かってしまう。

 それがなんだか気恥ずかしくてその場に立ち止まると、工場長は今度は声をだして尋ねてきた。


「宇佐美さん、もう帰るの?」

「はい……、定時なので……」


 なにもやましいことはないのに、ちょっと後ろめたい気持ちになってしまって声が小さくなってしまう。

 一応、契約では十七時までということになっていて、他の社員の人も十七時には仕事を終える予定になっているんだけど、それはあくまで予定であって、繁忙期には十七時に仕事が終わることなんてない。したがって私も、十七時過ぎてもある最終便が仕上がるまでは残ることが多い。

 閑散期になってからは十七時を過ぎることは滅多になくて、過ぎたとしても一時間くらいなので残って手伝っていくのがいつものことなんだけど。

 今日は梅田さんと休みを交代して出勤になっているけど、もともと火曜は休みで、実は今日は友達と会う約束をしていた。

 まあ、その友達っていうのも平日は仕事してるから待ち合わせ時間が夕方だから休みを梅田さんと交代しても問題はないんだけど、最後まで残っていたら待ち合わせに遅れてしまうから、今日はめずらしく定時であがっているというわけで。

 今日はまだ最終便が終わってなくて、みんな仕事をしている中抜けるから、ちょっと後ろめたい気持ちがあって、「帰るの?」なんて工場長に聞かれて困ってしまう。


「えっと、帰っちゃダメなんですか……?」

「うん」


 恐る恐る尋ねたら、即答で頷かれて、唖然とする。


「ええっ!?」


 おもわずすっとんきょうな声で聞き返してしまう。


「まだ最終便終わってないのに宇佐美さんいないと困るでしょ? もうちょっといてほしいなって」


 こくんと可愛く首を傾げて言われても、困ってしまう。

 いつもだったらその艶っぽい仕草にやられて、残ってしまうけど。

 でも、今日はちょっと時間的に無理なんですよぉ……

 心の中で苦渋の気持ちで言い訳して。


「すみませんっ、今日は用事があって残れないんですぅ……、本当にすみませんっ……」


 工場長にぺこっと頭下げて、その勢いのままタイムカードを押して、風のように事務所から逃げ出した。

 閉まる扉の向こうから、くすくす楽しげな笑い声が聞こえたのは……

 聞こえなかったことにしよう。



  ※



「ごめんっ、お待たせぇ~」


 駅前の花壇に座って待っている中高時代の親友・楷出 涼子(かいで りょうこ)の元に息を切らしながら駆け寄る。


「大丈夫~、うちもさっき来たとこだし」


 立ち上がった涼子は百六十二センチと女子にしてはほぼ平均だけど八センチくらいはあるだろう高めのピンヒールを履いてて、百四十八センチと小学生ほどに小さい私からしたら見上げるほどになってしまう。

 そんな涼子は、両手を広げてぎゅっとハグする。


「久しぶりだね~、瑠璃っ!」

「うんっ、久しぶり、涼子っ!」


 そう言って私も涼子の背に腕を回して抱きしめる。

 涼子とは中学一年の時に同じクラスで出席番号が隣同士で、同じ家庭科部に入部したのをきっかけにすぐに仲良くなった。

 それから中高六年間、クラスが違う年もあったけど、涼子は中高時代で一番仲が良かった親友だ。

 大学は別々な所に進学したけど、それでも二週間に一回は会っていた気がする。それくらい仲がいい。

 まあ、就活が始まったあたりからお互い忙しくてそれまでほどには会えなかったけど、メールや電話では頻繁に連絡を取り合っている。

 会うのは二ヵ月ぶりくらいだろうか。

 私の休みが平日だから丸一日遊ぶってことは出来ないけど、こうして仕事帰りに食事したりしてる。

 駅前から居酒屋に向かいながら話す。


「今日は急に仕事になったんでしょ?」

「そーなの、まあ、休みの日を交代しただけだから休みがなくなったわけではないんだけど。ごめんね、待たせて」

「だから待ってないって、今日も忙しかったの?」

「ううん、いまはそこまで忙しくない時期だから。だた帰る時に……」


 そこで言葉を切って、私は帰り際の工場長とのやりとりを思いだし、頬に熱が集まってくる。

 そんな些細な表情の変化に気づいた涼子が、からかうようににやりと笑う。


「なになに~? なにかあったのかなぁ~?」

「なっ、なんでもないよ……」


 慌てて否定した私の腕に、涼子が自分の腕を絡めてくる。


「隠さなくったっていいじゃ~ん、どうせ、瑠璃がよく話題にだす“彼”となにかあったんでしょぉ~? 今日はじっくり聞かせてもらうからねぇ~」


 まだお店に入る前だっていうのに、酔っぱらいみたいに絡んでくる涼子にやや苦笑しながら、居酒屋に入った。



  ※



 涼子と久しぶりにあったせいか話したいことがたくさんあって、すっかり遅くなってしまった。

 電車で帰る涼子と改札前で別れてから、駐輪場に向かいながらふっと思い出す。

 そういえば、シャンプーがなくなりそうだったから、帰りに薬局で買って帰ろうと思ったんだった。

 ちょうど駅前の薬局がまだやってて、シャンプーとついでに夜食のお菓子を買って薬局を出る。

 シャンプーとお菓子の入ったビニール袋を振り子のように揺らしながら駐輪場に向かって歩いていると、見覚えのある車が歩道に寄せて止まっていて、どきんっと心臓がとび跳ねる。

 だって、目の前に工場長の車が止まっているんだもの……

 でも、どうしてこんなところに??

 そう考えて、以前、クレームの件で社長ときた店舗がこの駅にあったことを思い出す。

 工場長もクレームか何かで店舗に立ち寄ったのかな……?

 車の横を通りかかる時、こっそりと車内を覗きこんだけど、車の中は真っ暗で。

 店舗に顔出してるのかな……?

 そんなことを考えて、そわそわしてしまう。

 あと数歩進んだところのに店舗がある。すでに閉店時間で店頭は薄暗いけど、きっと奥でまだ仕分けなどしているのだろう。

 工場長、いるのかな……

 会いたいような、会いたくないような。

 そんな矛盾した気持ちで、落ち着かない。

 偶然だけど通りかかったんだから、挨拶した方がいいかな。

 そう考えて。

 でもやっぱり、会わない方がいいのかも。

 会わずに帰ろうと思い直して、店舗の前を素通りしようとした瞬間。


「宇佐美さん……?」


 驚いた工場長の声に、その場に縫い止められたみたいに動けなくなる。

 油が切れた機械みたいにゆっくりと振り返った私は、店舗の半分降りたシャッターをくぐるようにして出てきた工場長の姿に、視線が引き寄せられる。

 つい数時間前まで同じ場所で働いていたのに、なんだかすごく久しぶりに会えたみたいな高揚感と。

 奇跡みたいに偶然出会ってしまったことに、胸がどきどきと騒ぎ出す。


「どうしたの? こんなところで」


 当たり前のように側に寄ってきて話しかけてくれる工場長の行動に、涙が出そうなくらい嬉しくなってしまう。


「高校の友人と会ってたんです」

「そうなんだ、ああ、それで珍しく定時であがったんだね」

「はい、すみません……」

「別にあやまることないよ、定時で上がるのが本来なら普通なんだから」


 工場長が苦笑しながら言うから、つられて私も苦笑する。

 そうなんだよね。定時で上がるのが普通だけど、それが普通じゃないのが普通になってるんだよね。まあ、仕事は楽しいから別に残業くらいどうってことないんだけど。

 自分の思考に浸っていたら。


「友人は? 一緒じゃないの?」

「ああ、はい。彼女は電車なので駅で別れました。私もこれから帰るところで」


 そう言って駐輪場の方を指したのだけど。


「もう夜も遅いし、送っていくよ」


 なんて、予想もしてなかったことを言われてドギマギしてしまう。でも。


「いえ……、自転車なので大丈夫です」


 断ると、工場長が眉根を寄せて私をじろりとみやる。


「大丈夫って、お酒飲んだんじゃないの? 自転車でも飲酒運転になるよ?」


 口調は問いかけてるのに、「もちろん知ってるよね?」って視線で睨まれて、ぎくっとする。

 もちろん知ってますよ。

 だから今日は久しぶりに涼子に会ったっていうのに、一杯しか飲んでないんだもの。

 明日も仕事だし、帰り自転車だから。

 まあ、お酒は強い方だからかなり飲んでてもちゃんと自転車で帰れる自信はあるけど……

 なーんてことを心の中で思ってたら。


「一杯でも飲んだなら飲酒運転だからね?」


 私の考えを見透かしたように鋭い声で指摘されて、押し黙る。

 うぅ……

 その通りだからなにも言えない。

 家まで自転車漕いでも三十分はかかるけど。

 自転車、手で押して帰るしかないかな……


「わかりました……」


 はぁーっとため息をつきながら言う。


「自転車は押して帰るので、途中でだれかひいたりする心配しないで工場長もさっさと帰てください」


 工場長って心配性だよねって呆れて言ったら、なぜか、工場長に呆れたようなため息をつかれてしまった。

 その時、工場長がなにか言ったみたいだったけど、その声は夜風にさらわれて聞こえなかった。




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