いまさら好きって言われても困る… 2
なかなか皺がとれないズボンがあって手こずっていたら、あっという間にお昼時間になってしまった。
今やってるのは午前中にやらなければならない五便の後にやってる今日中にしあげればいい品物なんだけど、あと数枚だからこれだけ仕上げてからお昼にしようと、他の人が休憩に入る中仕事を続けていたら。
「宇佐美さん、後はやっておくからお昼休憩いってきな」
って苦笑しながら工場長に言われて、あまりの衝撃に瞠目してしまう。
だって、いつもだったら、「仕事は残すな」とか「すべてやり終えたら休憩ね」って、むちゃくちゃな量押しつけたあげく、天使の微笑を浮かべて鬼みたいなこと言うのに。
その工場長が仕事が終わってないのに休憩にいっていいって言うなんて……
ぶるぶるっと背筋に悪寒がはしって、鳥肌が立ってしまう。
あり得ないっ!
告白して振られた日以来、なんだか工場長が妙に優しくて、むずがゆいというか。
だって、振られる前日までは無視されていたのに、それが急に優しくなるとか、態度の豹変ぶりについていけないのは仕方がないと思う。
もしかしたら、私の気持ちに気づいてしまった工場長が私を諦めさえるためにわざと冷たい態度をとって、それなのに私が諦めるそぶりを見せないから、無視までして。でも、私がちゃんと気持ちを伝えて、真正面から振られてから、工場長も私が未練を残していないと判断して普通に接してくれるようになったのかな。
いやいや、普通……でもないか……?
以前よりもなんだか優しすぎる気がして……
それが逆に怖くて、身震いしてしまう。
呆然と固まっている私を見て、工場長が不思議そうに首を傾げる。
「宇佐美さん?」
顔の前で手をかざされて、はっと視線をあげる。
工場長はまるで邪気を感じさせない澄んだ瞳で私を見てるけど、なんだか私には裏がありそうに感じて、つい、一歩身を引いてしまう。
「……あのっ、大丈夫です。これは私の分なので自分でやります。工場長こそ、先に休憩行ってくださいよっ」
「宇佐美さんが仕事熱心のは分かるけど、それ、別に急ぎじゃないし、先に休憩行
きなよ」
「いえ、あと数枚なのですぐに終わらせます」
「うん、まあ、宇佐美さんならすぐ終わるだろうけど……」
これで引き下がってくれると思ったら。
「じゃあ、半分手伝うよ」
そう言って工場長がアイロン台を回って、まだ手つかずのズボンに手を伸ばすから私は慌てて大声で制止してしまう。
「いいですぅっ!!」
あまりに大きな声が出てしまって耳がキーンとして自分でも目を丸くしてしまう。
工場長も驚いたように瞳を見開き、それから肩を下ろして困ったようにため息をつく。
「宇佐美さん?」
工場長が手につかんだズボンを、ひっしと掴みながら無我夢中で言う。
「工場長に手伝ってもらうわけにはいきませんっ」
「なんで?」
「なんでって……」
「これは宇佐美さんの分だっていうけど、宇佐美さんだって自分の分が終わってても他の人の分がまだ残っていたら手伝うでしょ?」
「それはそうですけど……」
「俺だって同じだよ? 宇佐美さん一人に仕事やらせて、先に休憩いくなんてできないんだけどな?」
「でも、仕事を残すなって工場長がいつも言ってるじゃないですかっ!?」
私の反論に工場長が言葉に詰まって、眉根を寄せる。
「まあ、いつもそう言ってるけど……、だから残していいって言ってるんじゃなくて手伝うって言ってるんですけど?」
困ったように首を傾げて尋ねられても、そんな甘い顔に騙されたりはしない。
「それこそあり得ないじゃないですかっ!? いつもむちゃくちゃな量を人に押しつけてる鬼畜上司が優しいなんて罠じゃないですか――っ!!」
言ってしまって、あっ、っと慌てて口元を抑える。
なんとか工場長を丸め込もうとしてつい本音が……
瞬間、背筋にざわりと悪寒が漂う。
恐る恐る視線をあげたら、天使もかくやという麗しい美貌に、意地悪な笑みを浮かべて工場長が私を見下ろしていた。
「ええっと……」
眼光の鋭さに、声が小さくなる。
「ふぅ~ん、宇佐美さんって俺のことそんなふうに思ってたんだ? 鬼畜、ねぇ~」
麗しい微笑みなのに工場長の周りの温度が一度下がった気がする。
でも、ここで引いたりはしない。
ついぽろっと漏れてしまった本音だけど、本当の事じゃない!!
訂正せずに、反撃にでる。
「ほっ、本当の事じゃないですか。工場長が優しいのなんて変ですよっ、変っ!!」
「そう?」
問いかけながら、こくんと首を傾げた仕草があまりに妖艶でドギマギしてしまう。
私は声にならなくて、コクコクと首を縦に振る。
それを見た工場長は浅く微笑んで。
「なら――」
言いながら私からズボンを奪い取って。
「このアイロンがけ、俺とどっちが先に仕上げられるか競争ね」
いつのまにか数枚のズボンを持って隣のプレス機まで移動していた工場長が極上の笑みを浮かべてとんでもないことを言い出した。
「えっ、そんな急に……」
「はい、スタートっ!」
準備もできていない私をよそに、工場長が軽い口調でスタートって言って隣でさっさとプレスし始める。
「ああ、言っておくけど。もちろん、負けたら罰ゲームね」
手を動かしながら言った工場長が顔だけをこちらに向ける。その表情は天使も裸足で逃げ出すような麗しい笑みで。
「ええ~っ、ずるいっ」
すでにこの時点で勝てる気がしない勝負を吹っかけられた私は、半泣きで叫んであわててズボンを手に取りプレス機にかける。
もちろん、勝敗がどうなったかは――いうまでもないないよね?




