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love it  作者: 滝沢美月
9便
57/78

いまさら好きって言われても困る… 1



 私、告白しちゃったんだよね!?

 それに。

 私が寝ぼけてたんじゃなければ、キス――されたよね!!??

 どうしようっ、どうしようっ!!

 工場長と会ったらどんな顔したらいいんだろうっ!?

 どんなふうに接したらいいんだろうっ!?

 普通にできるかなっ!?

 ってか……

 キスされたことに動揺して逃げるように帰ってきちゃったけど、私、工場長から返事きいてなくない……?

 自分の口から気持ちを伝えて、きれいさっぱり振られる覚悟をしていったのに。

 告白の返事聞き忘れたとか――、間抜けすぎる!?



  ※



 昨日は短時間にいろんなことがありすぎてかなり動揺してて肝心なことにも気づかなっかったけど。

 そうなのだ。

 肝心の返事を聞いてないってことに、今朝気づいた私です……

 ……

 …………

 うん、でもまっ、聞くまでもないか?

 返事は決まってるよね。いままでさんざん関係ないとか興味ないとか言われてるんだし、婚約者がいるんだから。

 返事はノーに決まってる。

 工場の入り口の前で、あーでもないこーでもないってうろうろしている私は傍から見たらかなりの変質者だろう。

 でも。

 だって。

 工場長にどんな顔して会えばいいのか分からなくて困る……

 だけど、冷静になって考えてみれば、工場長が私情を仕事に持ち込むはずもなく、きっと昨日の事なんてなかったかのように普通にされる気がする。

 うん、そうだよねっ!

 私はそうと決め込むと、一つ大きく頷いてから工場の中に足を踏み入れた。


「おはようございまーすっ!」


 階段を勢いよく上がり、各フロアの前を通りかかるたびに元気いっぱい挨拶する。

 ロッカーに荷物を置いて、事務所でタイムカードを押して、三階フロアにいく。


「おはようございまーす」

「おはよー」

「おはようございまーす」

「おはよう」


 同じフロアで働く他の従業員のそばを通るたびに挨拶し、自分の持ち場につく。

 すでに乾燥機から出されてるズボンをプレス機にかけていく。

 ふっと視線を感じて顔を上げれば、前のアイロン台でスーツにアイロン掛けしていた工場長が振り返ってこっちを見ている。


「……?」

「宇佐美さん、おはよございます」

「おはよう、ございます……?」


 にっこりと麗しい美貌で微笑まれて、なんだか挨拶が疑問形になってしまう。

 それなのに工場長はなぜだか満足そうにふっと微笑を深めて、また前を見て作業にとりかかるから、私ははてと首を傾げてしまう。

 工場長と普通に接することができるか心配だったけど、いつも通りにできたよね……?

 ってか、普通だった。

 普通、だけど――

 あれ……?

 私、昨日まで工場長に無視されてなかったっけ……??



  ※



 三便のズボンをすべてプレスし終わって、他のアイロンがけを手伝ってたら、包装を手伝ってと呼ばれた。

 すでに仕上げ済みで鉄のレールに並んだハンガーに掛けられた品物にビニールの包装を次々にかけていく。

 品物を包装機にかけ、ビニールを品物に被せるように上から下にひっぱり、切断ボタンを押してビニールをカットして、包装完了。

 包装した品物は別のレールに吊るす。

 右から左にどんどん流れ作業でやっていく。

 三便の包装をほとんど終えて包装も一段落したからズボンのプレスに戻ろうとしたら、三便があと残り一つあるということで包装機の前で待つことにする。

 待っている間に他の作業をした方が効率はいいんだけど、三便の出荷時間が迫ってて、残り一つの品物が仕上がったらすぐに包装して下におろせるように包装機の横で待機する。

 でもちょっと手持無沙汰で、体の前で両手を組んでフロア内になんとはなしに視線を向けていると。


「宇佐美さん、ラスト一つお願い」


 ぼぉーっとしてた視線の中にいきなり工場長のアップがあって、それからすっと目の前にハンガーにかかったダウンジャケットが差し出されて、私はあわててそれを受け取る。


「あっ、はいっ」


 慌てすぎて、受け取る時にハンガーを落としそうになってあたふたする。

 普段、仕上がった品物はレールに吊るされて、直接手渡しされることはないから、ちょっとビックリしてしまう。

 なんとか品物を落とさないように掴んで顔を上げたら、澄んだ瞳をうっとりときらめかせて、微笑を浮かべた工場長と視線がぶつかって、ドキンっと胸が跳ねる。

 甘やかな眼差しで見つめられてドギマギする心臓を押さえる。

 どうしていいのか分からなくてへらっと笑い返せば、ふっと口元の微笑を深くして笑われてしまった。

 その後も、いつもだったら視線があうと、むちゃくちゃな量の仕事を押しつけてきたり、くだらないことでからかってきたりするのに。

 視線が合うと、うっとりするような甘い瞳で微笑まれて。

 なにかからかわれるのかと思うと。


「宇佐美さんは、いつも頑張っててえらいね」


 とか、なぜだか頭撫でられるし。

 頭撫でられる子ども扱いぶりはいつも通りだけど。

 ええっと……

 なんだか工場長が甘いんですけど……?

 しかも。

 工場長はモデル並みに容姿がカッコイイ。

 夜空を切り取ったような吸い込まれそうな黒い瞳、彫像のように整った輪郭と鼻筋、微笑を浮かべた唇は艶やかで色気が漂ってて、思わず見とれてしまうような美貌の持ち主。

 おまけに素晴らしく魅惑的な声をしている。

 そんな美貌と美声で優しいこと言われたら――

 振られて忘れるっていう決心が鈍ってしまいそうで、困る。

 私はもう工場長に振られたんだから、きれいさっぱりこの気持ちにけじめをつけなきゃいけないのに、工場長の表情や一言に、胸が高鳴ってしまう。

 そんなの困るよぉ――




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