失恋に覚悟は必要ですか? 2
額ににじんだ汗を袖で拭こうと腕をあげて、あっと気づく。
袖がないんだった……
今日は最高気温が三十五度を超えると言われてて、暑さには強い私でも朝からぐったりするような蒸し暑さに、タンクトップにショートパンツを着てきたのだった。
あんまり肌の露出はしたくないんだけど、暑さには勝てなくて。
いつもは横着して袖で汗を拭いていたんだけど、今日はそういうわけにはいかなくて、慌ててポケットからタオル地のハンカチを取り出して額の汗をぬぐう。
工場内には一応空調がかかっているんだけど、アイロン台で蒸気をふかせば暑いし、乾燥機の中の品物の出し入れをする時は乾燥機の熱気と、乾燥された品物の熱で汗が噴き出る。背後からは乾燥機の熱気、手元は品物の熱で火傷しそう。
そんなわけでタンクトップにしてみたんだけど。
袖がない分は暑くはないけど涼しいわけでもなく、タオル代わりの袖がなくてちょっと不便。
やっぱり明日からは半袖にしよう。
そんなことを考えながら、乾燥が終わった品物を乾燥機から出してリスボックスの中に入れる。乾燥機からの熱気で額に浮かんだ汗をタオルで拭い、今度はリスボックスの中の品物をハンガーにかけて吊るしていく。
ほとんどの品物をハンガーアップし終えて、リスボックスの底のほうにある品物をとるために屈むように腰を折り曲げて手を伸ばして品物を取り出している時。ふっと視線を感じで顔を上げると、横のアイロン台で作業していた工場長がこっちを見ていて視線がぶつかる。
私が工場長に見とれてて、それに工場長が気づいて視線が合うのはよくあることだけど、その逆の状況にぽかんとしてしまう。
でも。
視線があった瞬間、工場長はすっと視線をそらしてしまうから、胸がずきんと痛む。
私が見とれてて視線があってそらされたならまだいい。
確かに工場長が私のことを見てたのに、視線があった瞬間そらされて、地味に傷つく。
ここのところ、工場長にはこんなふうに視線があってもすぐにそらされてしまってばかりで、避けられてるんじゃないかって薄々考えていたけど、今のあからさまな避け方に、泣きそうになってぎゅっと唇をかみしめて、情けない顔を見られないように俯いて作業を続ける。
やっぱり、避けられてる……?
でもどうして……?
私、なにか工場長にしたかな……?
そこまで考えて、すぐに思い当ることがあった。
もしかして、私の気持ちに気づかれた――!?
あんまり見とれてばかりいるから、私の工場長を好きって気持ちが流れ出て気づかれちゃったのかな!?
それで迷惑してて、私のことを避けてる、とか……?
暁ちゃんだって、私の気持ちは駄々漏れだって言ってたし、とうとう工場長に気づかれちゃったんだっ!!
以前、伝えたって結果は分かっていても、それでも伝えてみたいと思ったことがある。
でも、いざ気持ちがばれてしまったと分かると焦るだけで、それ以外の感情はすっとんでしまう。
だって、私の気持ちが工場長に気づかれないようにするって社長と約束したのに。
気づかれたら困る――!!
どうしよう、どうしよう……
内心、わたわたっと焦りまくる。
どうしようって焦りながら、視線は無意識に工場長をとらえて。
気づいてしまう。
日に透けてキラキラ艶めく髪も、手元に向けられた真剣な眼差しも、端正な横顔もあまりに眩しくて、すっと目を細める。
うっとりするように工場長を見つめ、無意識に自分の胸に触れる。
どうしようもなにも、もうずっと前から答えは出ていた――
私の中にある“好き”って気持ちは最初はヒマワリの種くらいだった。それがどんどん大きくなって芽吹いて、自分でも気づかない間にどんどん育っていた。私の心を占拠してぎゅうぎゅう締め付ける。
工場長が好き――……
溢れそうな気持ちに。
伝えたい衝動に。
『ちゃんと気持ちを伝えて、工場長の口から返事をもらってないから前に進めないんじゃない?』
居酒屋で言われた暁ちゃんの言葉が脳裏によみがえる。
諦めなきゃいけないって思いながらずるずる工場長のことを想いつづけてしまうのは、ちゃんと自分の口から気持ちを伝えていないし、面と向かって振られてもいないからなんだ。
伝えても、結納を交わした婚約者がいる工場長に振られるのは分かっている。
社長との約束をやぶることにもなってしまう。
でも。
ちゃんと終わりにするために、告白して失恋しようと決意した。




