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love it  作者: 滝沢美月
7便
50/78

甘いお菓子に気をつけて? 4



「うさちゃん、どうしたんだよ!?」


 涙でぐしょぐしょの顔のまま工場を出た私に、暁ちゃんがぎょっとして駆け寄ってきた。

 私は情けない顔を見られたくなくて顔を隠すように俯いて、暁ちゃんの背中をとんっと叩く。

 大丈夫、って安心させるために。


「行こ、飲みに……」


 泣いているみたいに声が震えてしまって情けない。でも暁ちゃんは何も聞かずに頷いてくれる。


「ああ、行こうぜ。腹減ったぁ~」


 ことさら明るい声で言うのも、きっと私のことを気づかってくれてるんだ。

 優しい同僚、友達を持って幸せだなぁ。

 私と暁ちゃんは工場から歩いて駅前にあるいきつけの居酒屋さんに来ていた。

 飲む日はお互い電車で帰るから、駅前の方が帰りが便利だから。それにここのお店はリーズナブルかつ料理も美味しい。

 半個室みたいに壁と壁の間に席があって、通路側も暖簾みたいなのを垂らせばしきれるようになっている。

 お店についてまずはとビールを頼んで一杯飲んでやっと涙が落ち着いてくる。


「……でさ、岩瀬さんが給食でソフト麺が美味しかったって言ってて」


 暁ちゃんは私の涙の理由にはまったく触れず、ぜんぜん関係ないことを話してくれる。


「俺がソフト麺知らないって言ったら、ありえないとかジェネレーションギャップとか言ってさ」


 暁ちゃんが困ったように苦笑してジョッキに入ったビールを飲む。

 私は暁ちゃんの話に相槌を打つことしか出来なくて、それでも暁ちゃんは他愛もない話をしてくれた。

 言葉にはしないけど、慰めるような暁ちゃんの優しさが身にしみて。

 もう干からびるほど泣いたはずなのにまた涙が溢れてきて、目がしょぼしょぼになるまで泣いてしまった。



  ※



 ちょっと酔いの残る頭で朝目覚めて、仕事行きたくないなぁ~なんて思ってしまったけど、でも休むわけにもいかなくて。

 のろのろベッドから這い出て、眠さなのか泣きすぎたせいなのか、開ききらない瞳のまま緩慢な動きで支度を済ませて仕事に向かった。

 たぶん、仕事中もそんなかんじでぼぉーっとしていることが多かったと思う。

 工場長になにか突っ込まれたと思うけど、「はぁ」とか「そですね」とか適当にしか答えられなくて、なんて言われたのかも覚えていない。

 一言で言うなら、覇気がない状態であっという間に一週間が経ってしまった。

 諦めなきゃいけないって。

 決定的に失恋して、工場長のことを吹っ切らなきゃいけないのに。

 工場長の特別には絶対になれなくて――

 どうやってこの気持ちをなかったことにしたらいいんだろうとか。諦めようって思っても自分でどうこうできる気持ちじゃないって思い知って。優しくっても、意地悪でも、特別じゃなくっても、工場長のことがどうしても好きで――

 工場長が自分じゃない人と結婚して幸せな家庭を築いていくって想像しただけで切なくて。工場長の幸せを祈ってあげられない自分が醜くて。

 その気持ちを言葉には出来なくてもやもやして、それをはらすように毎日仕事終わりに飲みに行ってしまう。

 いろいろ一人で考えたかったから一人で飲みに行ってみたけど、一人では結局堂々巡りで。

 毎日飲みに行っていると知った暁ちゃんが今日は一緒に行くと言い出して、二人でいつも行くお店に来ているのだけど。

 暁ちゃんはなぜか今日はお酒を頼まなくて、私が一杯目のビールに口をつけようとした瞬間に爆弾を投下した。


「先週は聞かない方がいいと思ってあえて触れなかったけど、いいかげんうっとおしいから聞くことにするよ。うさちゃん、先週、工場長となにかあったんだろ?」


 辛辣な口調でさらりと言った暁ちゃんの発言に、ビールジョッキを傾けかけた私は驚きにその格好のまま凍りつく。

 まず、うっとおしいって言われたことに衝撃を受ける。

 快活で嫌味なんて普段言わない暁ちゃんが、私の最近の態度をうっとおしいと思っていたなんて……

 実はいままでも言わないだけで、心の中ではうっとおしいと思われているんじゃないかって急に不安になる。

 そしてもう一つは……

 できればしばらく触れてほしくなかった工場長の話題……


「えっと……」


 私は言葉につまってぎゅっと唇をかみしめる。


「うさちゃんは今いっぱいいっぱいになって忘れているかもしれないからはじめに言っておくけど、俺はうさちゃんが工場長のこと好きなの知ってるんだよ? たぶん、工場内でそのこと知ってるの社長のぞいて俺だけだろ?」


 暁ちゃんの言葉に目から鱗。

 すっかり忘れてた……


「最近のうさちゃんは誰が話しかけても上の空だし、工場長がなにかしたって心ここにあらずって感じだし、岩瀬さん達もうさちゃんが元気ないって心配してる」

「……そんなに、態度に出てた?」


 朋さん達に心配かけていたなんて気づかなくって驚いて声をあげると、暁ちゃんが片眉をあげて「マジかよ」ってため息をついた。


「まさか隠してるつもりだった? うさちゃんの周りにきのこでも生えてくるんじゃないかってくらいじめじめした空気しょってたけど?」

「うぅ……」


 暁ちゃんの言葉にぐぅの音も出ない。

 態度に出てないとは断言できないけど、態度に出ないようにはしてたつもりなのに……

 そんなにバレバレですか……?

 私の心の声が聞こえたのか、暁ちゃんが「うん」と頷く。


「俺から言わせたら、工場長がうさちゃんの気持ちに気づいていないのが不思議でならないよ」


 暁ちゃんがそう言うってことは、とりあえずは私の気持ち、工場長にはばれてないってことだよね……?

 ひとまず安心、かな?


「とにかく、うさちゃんのことだから何でも自分で解決しようって思ってるんだろうけど、一人で考えたって同じことしか思いつかなくてぐるぐる同じことばかり考えて悩んでいたんじゃないの?」


 まさにその通りの状況で、ぎゅっと奥歯をかみしめる。

 暁ちゃんはお茶の入ったグラスに口をつけて置き、それからあまりにも澄んだ瞳でまっすぐに私を見据える。


「一人で考えてもどうにもならない時は、頼ってもいいんだよ?」


 凛とした眼差しの美しさに、私はコクンと息をのみこむ。

 いいのかな……?

 一瞬、話すことを躊躇する。

 でも、今まさに暁ちゃんの言った通りの状況で、一人で考えて行き詰って、落ち込んで周りに心配かけている。

 暁ちゃんに話したらなにか糸口が見つかる――?

 私は藁にもすがる気持ちで、工場長の婚約者に会ってしまって落ち込んでいるということを暁ちゃんに打ち明けた。




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