表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
love it  作者: 滝沢美月
7便
48/78

甘いお菓子に気をつけて? 2



「はぅ~~~~」


 情けないため息をついて、机に突っ伏す。

 でもいいんだ。事務所には今誰もいないから休憩室に私一人というわけで、だれかに情けない姿もため息も聞かれる心配はない。

 なんでこんなに落ち込んでるかって?

 それは、もちろん工場長のこと――

 私は工場長が好き。

 だけど工場長には婚約者がいて、社長に諦めるように言われて。私も工場長に迷惑かけたくないから、この気持ちは絶対に口にしないし、工場長にも気づかれないようにするって決めて。でもそう決めたのに、私の目線はつい工場長を追ってしまうし、工場長と話せただけでその日一日幸せな気分になって、子ども扱いでも工場長に頭を撫でられただけで泣きそうに嬉しくて。

 こんなんで本当に諦められるのかなぁ……

 中学、高校、大学と十年間女子校に通っていた私は恋愛とは縁遠くて、誰かを好きだと思ったのは工場長がはじめてで、だからどうやって諦めたらいいかもわからなくて。

 先日、工場長が婚約者の薫子さんと正式に結納を交わして、事実上失恋したわけなのだけど。

 そのことを知った時は、胸が張り裂けそうなくらい悲しくて、一生分の涙が出たんじゃなかってくらい泣いたのに、いざ、工場に来てしまえば婚約者の陰なんてどこにもなくて、つい今まで通りの気分で工場長に接してしまう。その癖、触れられれば、今まで以上に工場長のことを意識してしまうし、些細なことでどきどきうきうきしてしまう。

 こんなんでちゃんと諦められるのか、疑問で仕方ない。

 それに、私の気持ちには気づかれないようにするって社長と約束した手前、どきどきしていることなんて工場長に気づかれたら困っちゃう。

 でも同じ職場だからほぼ毎日会うし、上司だから工場長に話しかけられて無視するわけにもいかないし。

 諦めるどころか工場長にどんどん惹かれていっている自分がいて困ってしまう。

 そんな感じで出口のないスパイラルをぐるぐるしてる。

 最近は仕事中もついそのことを考えちゃって、ぜんぜん仕事に集中できなくて。ぼーっとしてても手はちゃんと動いて仕事はしてるんだけど、些細なミスをすることが多い。

 たとえば、ハンガーにかける衣装を間違って畳んでしまったり、パイプハンガーにかかっている衣装にぶつかって落としたり……

 お昼休憩でも乾燥機は回ってて、誰か一人は乾燥が終わった時にすぐに取り出して次のものを入れる作業をするためにフロアに残らなくてはいけなくて、今日はそれに立候補してお昼休憩をずらしてしまった。

 だって工場長と一緒に休憩入ったら、ずっと工場長と会話しなきゃいけないし、私が話さないようにしても絶対工場長は私のことからかってくるし……

 かまってくれるのは嬉しいけど……、ほんと困る。

 そんなこんなで、一人ぽつんと人気のない休憩室でご飯を食べていたのに。

 こっちの苦悩なんてお構いなしでやってくるんだ――……


「宇佐美さん?」


 パーテーション越しに聞こえた声に、私は心臓が飛び出しそうになって慌てて机に伏せていた上半身を起こして振り返る。

 背の低い私からはパーテーションの向こうの事務所の様子は見えないけど、背が高い工場長の頭がひょこっと見えている。

 その顔がどんどん近づいてきて、パーテーションのこちら側に顔を出す。


「ごめんね、お昼休憩遅くなっちゃって」

「いえ、大丈夫です」

「なんか疲れてるみたいだけど」

「いえ、ぜんぜん大丈夫ですっ」

「そう? ならいいけど……」


 勢い込んで答えた私に、工場長は首を傾げながら苦笑する。

 そのまま仕事に戻っていくと思っていたら、すっと目の前に紙袋を差し出される。


「……? なんですか?」


 尋ねても工場長は答えてくれなくて、眼差しで受け取るように言われている気がして手を差し出して紙袋を受け取る。

 中を覗いてみると、花の絵が描かれた透明のケースに色とりどりのマカロンがはいっていた。


「わっ、マカロンだ、どうしたんですか!?」


 美味しそうなマカロンに声が弾んでしまう。


「ん、あげる」

「えっ?」

「一個しかないから、あげたこと他の人には秘密ね」


 唇の前に人差し指を立てて言うと、満足そうに微笑んで工場長は行ってしまった。

 休憩室に一人残されて、私は呆然としてしまう。

 ええっと……

 このマカロンは貰っていいってことかな……?

 手のひらのマカロンと工場長が消えていったパーテーションの向こうをしばらく見比べてしまう。

 秘密という言葉は胸を弾ませ、私だけにくれた事実がどうしようもなく嬉しい。

 ってか、工場長はなにしに来たんだろう……?

 もしかして、私にマカロンを渡すためだけにここに来たのかな……?

 そう考えたら、今までぐるぐる考えていた悩みが一気に吹き飛んで、空も飛べそうな幸せな浮遊感に包まれた。

 紙袋をテーブルの上に置き、中からマカロンの入った箱を取り出す。

 プラスチックの透明なケースには鮮やかな花の絵が描いてあって、その中にはピンク、黄色、緑、茶色、白、オレンジのカラフルなマカロンがお行儀よく並んでいる。

 私はその中から黄色のマカロンをつまみ、ぱくっとかじる。

 瞬間、口の中に爽やかで甘酸っぱいレモンの味が広がって、胸がきゅっと締めつけられた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ