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love it  作者: 滝沢美月
6便
42/78

恋を忘れる方法はありますか? 4



 朋さん以外の女性陣がお手洗いから戻ってきて挨拶している間、朋さんと難波君がなにか会話していたみたいだったけど、合コンの男性陣が現れてすぐに難波君は帰っていった。

 なんかわざわざ送ってもらって悪かったなぁ……

 こんど飲みに言ったら、お礼に奢ろうっ!

 そんなことを思いながら、本日のメインイベントである合コンが始まっている。

 場所はカジュアルな感じのフランス料理のレストラン。

 自然をイメージしたのか、床は淡い木目で広々とした店内にはいたるところに観葉植物が置かれている。案内されたのはガラス壁とレースカーテンで区切られた個室だった。窓辺には生けられた生花が飾られ、おしゃれで華やかな空間だった。

 乾杯の飲み物が運ばれ、みんなの手元に飲み物が揃うと、幹事とおぼしき男性が簡単に喋り乾杯のあいさつをした。

 料理も次々に運ばれてきて、店内の雰囲気にぴったりの見た目も華やかな前菜が目の前に置かれる。

 簡単に自己紹介した後は、各自自由に歓談を楽しむといった感じだった。

 幹事の男性と朋さん以外はみんな初対面だと思うけど、みんな気さくに話しかけてきてくれて和やかに食事が進んでいく。

 私は出されてくる料理を味わいつつ、ほとんどは周りの人の話の聞き手にまわり、話を振られれば会話に参加するといった感じだった。

 朋さんや他の人は料理と一緒にワインを堪能してて、普段はあまり飲まないけど今日はワインをいろいろ飲んでみる。

 暁ちゃんからバイクで送ってもらった時に「あまり飲みすぎるなよ」って注意されたからいつもよりは酒量をセーブして飲んでるからちょっと物足りない。

 まあ、暁ちゃんも私もザルだから暁ちゃんと一緒に飲むと量とかペースとか気にしなくていいから楽しいんだよね。

 コース料理だから食事のペースはわりとゆっくりで、なんだか時間を持て余してしまう。

 学生時代、友達に聞いた合コンとはイメージがだいぶ違うのは、学生と社会人という違いなのかなと考えてしまう。合コンをいままで一度も経験したことがない私には判別できない。

 これではなんか普通にご飯食べて当たり障りない会話を楽しんでるだけってかんじがするけど。

 そういえば朋さんが「今回はフレンチにしたからそんながつがつした奴は来ないと思うから安心して」って言ってたのを思い出す。

 確かにフレンチじゃ、そんなにがつがつ食べるってカンジじゃないもんね……

ちらっと料理から視線をあげて男性陣を見回す。どの人もすらりとした長身でお洒落にも気をつかっている感じで、このお店にいてもぜんぜん違和感がない。

 そんなことを考えて、ふっと工場長のことを思い出す。

 仕事中は動きやすい格好してたけど、もしこの格好を工場長が見たら、やっぱりダメ出しされるのかな……

 眉間に皺を寄せて可哀そうな子を見るような視線で「なんで白タイツ?」とか言いそう。

 そんなことを想像して、本当に言われそうで苦笑する。


「どうしたの? 思い出し笑い?」


 くすっと笑い声をもらした私に、隣に座っていた男性が声をかけてきた。


「えっと、そうです」

「へ~、なに思い出してたの?」


 爽やかな笑顔を浮かべて気さくに話しかけてくる男性に対して、もしこれが工場長だったらと考えずにはいられない。

 もし工場長だったら、まず浮かべているのは胡散臭いくらいキラキラの笑顔。口元は笑みの形なのに、その口から出てくる言葉は意地悪な言葉。


『思い出し笑いしてるくらい暇なら――、これ、十四時までにお願いね』


 うわっ、言いそう……

 自分で想像して、あり得そうな想像に苦笑する。

 でも、工場長は合コンとか行きそうなタイプじゃないよね。

 合コンにいったらすごいモテると思うけど。ってか、合コンに行かなくても、街中を歩いているだけでモテそう……

 工場長のそういう話って聞かないけど、モテるんだろうなぁ……


「…………ちゃんっ」


 完全に自分の思考にトリップしていた私は、ポンッと肩をたたかれてはっとする。


「瑠璃ちゃん、大丈夫?」

「えっ、あれ……?」

「なんかぼーっとしてるみたいだったけど、聞いてた?」

「えっ? …………っ!?」


 隣に座っていた男性がこっちに体を乗り出すようにして私の顔を覗き込んでいるから、あまりの顔の近さに、ビックリしてのけぞってしまう。


「~~~~っ!?」


 もちろん、椅子に座っている状態でのけぞった私は、したたかに背中を椅子の背もたれにぶつけて、あまりの痛みに声にならない悲鳴を上げる。


「大丈夫、瑠璃ちゃん?」


 まさか私がこんな行動をするとは予想していなかったのか、一瞬驚いた表情をして、すぐに心配してくれた。

 すごく優しい人なんだな。でも。

 きっと工場長なら、第一声に「大丈夫?」なんて聞いてくれない。

 くすっと意地悪な、だけどすごく麗しい笑みを浮かべて言うんだ。


『宇佐美さんって、ほんとうにおっちょこちょいだね』


 すぐ耳元で囁かれたような感覚に、体にしびれが走る。

 それから、首をすくめる。

 ダメだなぁ、私……

 この気持ちは諦めなきゃいけないもので。

 でもそんな方法分からなくて。だからせめて、工場長に私の気持ちを伝えたりしない。気づかれないようにする。工場長を好きっていう気持ちは隠さなきゃいけないのに。そう決めたのに。

 考えないようにしようって思えば思うほど工場長のことを考えてしまって。

 ぐるぐる悩んで落ち込んでる私に気づいた朋さんに気分転換にって合コンに誘ってもらってこうやって来たのに。

 普段、出会うことのない男性と話して、優しくしてもらって。

 それなのに考えるのは優しくもなくて、意地悪ばかり言ってからかってくる工場長のことばかり。

 工場長のことだけで胸がいっぱいで、苦しくなる。

 じわっと目尻に涙がにじんできて、私は慌てて目尻をぬぐう。

 隣の男性がなにか話しかけてくれてるけど全然聞こえなくて。

 いつの間にか目の前にはデザートが運ばれていたけど食べる気にはなれなくて。私は朋さんに断って化粧室へと向かった。

 鞄を手に、化粧室へと続く明るい木目の通路を歩いていると、つきんっと足に痛みが走って顔をしかめる。


「いたっ……」


 その声は小さくて、嗚咽交じりにこぼれる。

 私は泣きたい気分でその場にしゃがみこむ。

 もうやだっ、なんなの……

 せっかくお洒落して、美味しいフレンチ食べて、新しい出会いがあるかもしれなくて。それなのにそんなのどうでもいいくらい工場長のことばかり気になって。

 そしたら足まで痛くなるし。

 痛む場所にそっと手を這わせる。

 しゃがんで抱え込んでいた頭を緩慢な動きであげて足元を見れば、右足の甲が内出血したように真っ青に腫れていた。

 そういえば、工場を出た時に痛い気がしたのここだったような気がするけど、こんなとこぶつけたかな……?

 ぶつけた記憶がなくて首をひねる。

 ってか、こんなに腫れた足でヒールとか無理じゃん。

 気分がへこへこに沈んで、もうここから一歩も動けない気がして俯いたら。


「宇佐美、さん……?」


 戸惑いの滲んだ声が聞こえる。

 その声を聞いただけで、体の芯がとろけていくような甘い痺れが全身に広がる。

 耳に甘く響くバリトンボイス。

 顔を上げなくたって分かる。この声は――




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