恋を忘れる方法はありますか? 3
最終便の十八時分を無事にドライバーに渡し、一息つく。
朋さん達、Yシャツ部隊は今日は順調に行き、十八時前には仕事を上がって先に支度しているから待ち合わせ場所で集合しようと連絡が来た。
まあ、支度とかに時間がかかるのだろう。
私はそれほど支度には時間かからないし、待ち合わせまでまだ時間があるからと溜まっていたリネンの包装を手伝いに行った。
待ち合わせ場所は工場から二駅先だから、そろそろ出た方がいいかなと、更衣室で着替えて工場の階段を下っていく。
階段を一段降りるたびにスカートの裾がふわりと広がり落ちていく。
普段はパンツスタイルばかりだから、スカート履いて工場の階段を下りているのはなんだか不思議な感じがする。
ちょっとスカート短すぎたかな……
そんなことを考えながら、自分の格好を見下ろす。
さんざん朋さんに「合コンだからちょーおめかししてきてよっ! パンツだめ! スカート厳守っ!!」って言われたから、いちおう気を付けてきたけど。
めちゃめちゃ気合い入れてるのも、なんかやる気満々ですってみたいで嫌だし、自分なりに可愛い系の格好を選んで裾のふわっと広がった淡いピンクのニットワンピースの上に白のダッフルコート、足元は白いタイツにワンピースより少し濃い色のピンクのパンプス。首には黒地にレース模様のマフラーをぐるぐる巻いている。
階段を下りながら羽織ったコートの前を締め、外へと続く工場の扉を押し開ける。
瞬間、頬を刺すような冷たい風が吹きぬけ、ぶるっと体を震わせる。
寒いっ!!!!
慌てて鞄から手袋と帽子を取り出して身につけ、駅に向かって歩き出そうとしたところで、ぐきっと右の足首をひねってよろけてしまう。
わっ――っ!!
なんとか両手を広げてバランスをとって転ばずに済んだけど、よろけた勢いのままその場にしゃがみこむ。
足首をひねったかもしれないと思って右足首に触れてみるが痛みはなくひねってはいないようで安堵する。
だけど、足首に触れようとして触れた足の甲にずきっと痛みが走った気がした。
なんで足の甲が痛むんだろう、どこかでぶつけたっけと首をひねっていたら、ブロロロッとエンジン音が目の前に聞こえる。顔を上げるとそこには、バイクにまたがった暁ちゃんがいた。
「うさちゃん……?」
ビックリしたように名前を呼んだ暁ちゃんを、うずくまったまま見上げる。
「あっ、お疲れ~」
もうすでに帰ったと思っていた暁ちゃんがいるから驚きながらも、へらっと笑う。
「うさちゃん、いま帰り?」
「うん、そういう暁ちゃんはずいぶん前に上がったんじゃないの~?」
「俺は湯崎さんと喋ってて」
湯崎さんっていうのは店舗担当のドライバーさんで、今日は早い時間帯担当でちょうど帰ってきたところなのだろう。
確か年齢は暁ちゃんの一つ上で二十九歳と私とも年が近いんだけど、高卒ですぐにこの工場で働き始めてているから職歴は私達とは比べられないくらい長い。
ドライバーさんとはあまり顔を合わせる機会がないんだけど、趣味が合うらしくて暁ちゃんと湯崎さんは仲がいい。
きっと今日も湯崎さんが戻ってきたところにちょうど暁ちゃんも上がりの時間んで二人で話し込んでしまったのだろう。
そんなことを考えていたら、ふっと暁ちゃんが訝しげな視線をこちらにむける。
「どうしてしゃがんでるの?」
「あー、ちょっと履きなれない靴で転びそうになって、ちょっと足捻ったかも?」
首を傾げて苦笑しながら立ち上がる。
うん、立てなくはないし、痛いなって思ったのもさっきの一瞬だけだったから気のせいだろう。
疑問形で言った私に暁ちゃんもつられて笑う。
「ん? そういえば、なんか今日のうさちゃん、いつもと感じが違う……?」
立ち上がった私の全身をしげしげと眺めて、ぽつりと漏らす。
うう、できれば気付いてほしくなかったな。なんか恥ずかしい。
赤くなってくる頬を誤魔化すように、わざと明るい声を出してへらっと笑う。
「あー、分かっちゃった? 実は、最近元気ないから景気づけに合コンいこうって朋さんに誘われて……、これから行ってきます……」
ぺこっとお辞儀をしながら言う。
合コン行くとか、暁ちゃんにまで知られてなんかいたたまれないんですけどぉ……
俯いていても、暁ちゃんの突き刺さるような視線を感じて、恥ずかしさに身をよじる。
なんか言われたらどうしよう……
俯きながら、そんな不安が押し寄せる。
きっと暁ちゃんは工場長みたいに嫌味を言ったりからかったりはしないだろうけど、工場長のことを好きって言っておきながら失恋しそうだからって合コン行くのはどうなんだ? とか思われていそうで怖い……
ずっと相談にのってもらっていただけに、ほんと、いたたまれない……
なにを言われるのかとびくびくしていた私に、暁ちゃんはふっとなんとも言えないような苦笑まじりの吐息をもらす。
えっ? と思って顔を上げると、暁ちゃんは優しげな、だけど困ったような表情で私を見ていた。
「そっか、だから今日のうさちゃんはそんな可愛い格好しているんだね」
そう言った暁ちゃんの眼差しがあまりにも艶めいてて、大事なものを見守るような愛おしげな光に彩られていて、どきっとする。
「うん、可愛い」
もう一度そんなことをしみじみ言うから、顔が真っ赤になってしまう……
暁ちゃんって、こんなことをさらっと言うキャラだったっけ……?
恥ずかしさのあまり頭の中がプチパニックに陥っていると、さっきの色気駄々漏れの暁ちゃんからいつもどおりの暁ちゃんに戻って言った。
「足痛いなら送ってくよ」
その言葉に慌てて顔の前で両手を振る。
「えっ、いいよ、駅までそんなに距離ないし。痛いかなって思ったのは一瞬でいまは平気だから」
「駅までは距離ないけど、ここの駅階段が多いだろ?」
暁ちゃんの言葉にうっと押し黙る。
そうなんだよね。工場の最寄駅はやたらと階段が多くてそして改札がホームの端と端にしかないからけっこう歩かなければならない。
「朋さんと待ち合わせてるのどこ? そこまで送ってく」
「えっ、悪いよ……」
私の言葉が言い終わる前に、迫力のある瞳に射抜かれて口をつぐむ。
「待ち合わせ、どこ?」
普段、明るくて優しい暁ちゃんからは想像もできない低い声音で尋ねられて、私は渋々待ち合わせ場所を答える。
なんか、暁ちゃん、ちょっと不機嫌……?
「すぐ側だな、乗って」
そう言いながら、暁ちゃんが予備のヘルメットをよこす。
大丈夫って断ろうと思ったけど、有無を言わせない暁ちゃんの視線に怖気づいて素直にヘルメットを受け取ってしまう。
それに暁ちゃんって実は頑固で、一度送ると言ったら絶対に引かないだろう。もちろん私も頑固で、ここで押し問答を続けたら永遠に終わらないだろう。
そんなことをしていたら待ち合わせ時間に遅れてしまう。まあ、合コンにはそんな乗り気じゃないけど、ここまできて行かないわけにはいかないだろう。
時間に遅れるわけにもいかないし……
そう考えて、今回は私から折れることにした。
「お願いします」
ヘルメットをかぶってから、暁ちゃんにぺこっと頭を下げる。
前に一度だけ、暁ちゃんのバイクには乗せてもらったことがあるから、「お邪魔します」と言って、後部座席にまたがる。
振り返った暁ちゃんは、ヘルメットから目元だけをのぞかせてふっと甘く目元を綻ばせた。それからすぐに前を向き、バイクのエンジンを数回吹かせて出発した。
バイクにまたがった時に、スカートの裾がめくれあがってタイツをはいた腿が見えそうになって慌てて裾を下にさげた。
やっぱり、こんな短いスカート履いてこなければ良かったかな、と少し後悔した。
道路は夕方にしては混雑していなくて、あっという間に待ち合わせ場所についた。
待ち合わせ場所にはまだ朋さんしかいなくて、他の女性陣は側に立つデパートのお手洗いに行っていると教えてくれた。きっと朋さんは私がすぐに分かるように待ち合わせ場所で一人待っててくれたのだろう。朋さんの優しさに胸が温かくなる。
方法が合コンっていうのはちょっと微妙だけど、朋さんなりに私のことを心配してくれているのが伝わってくる。
だけど私が暁ちゃんと一緒に来たことにもともと大きな瞳をさらに見開いて驚いていたのはなんでだろう。




