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love it  作者: 滝沢美月
6便
40/78

恋を忘れる方法はありますか? 2



 私は目を数回瞬いて、それから徐々に恥ずかしさが込み上げてきて頬が熱くなる。


「だから気をつけてっていっただろ?」


 崩れたケースに埋もれて床に尻餅をすいて座り込んでいた私を見下ろした工場長がくすっと甘い笑みをこぼすから、余計に恥ずかしくなる。

 俯いた私の目の前に、すっと手を差し伸べられるから顔を上げると、工場長が紳士的なスマイルを浮かべていた。

 私は一瞬、工場長の手を取るか躊躇して、工場長に伸ばしかけた手を床について自力で立ち上がろうとして、よろけてしまう。

 こういう日に限って普段は着なれていない靴を履いてて格好がつかない。

 無様にも二度も床に尻もちをついた私の腕を掴んだ工場長が力強く引っ張って立たせてくれた。


「すみません、ありがとうございます……」


 決まり悪く俯いてごにょごにょ謝った私の頭上で、くすっと甘い吐息まじりの笑い声が聞こえて、胸がずきりと痛む。

 諦めようって決意したのに、こんな些細な工場長とのやりとりにときめいてしまうことが切なくて苦しい。


「宇佐美さんって、本当におっちょこちょいだね」


 ちらっと視線をあげれば、からかうようにはにかんだ笑みを浮かべた工場長の表情にどきっとする。

 こんな笑顔を見せられたら、決意した気持ちも迷子になってしまう。

 好きって思ってしまうよ――

 私の気持ちはどこにいったらいいの――……?

 やり場のない気持ちにぎゅうぎゅう切なく胸が締め付けられて瞳をつぶる。

 それから瞳を開けるのと同時に、ぱっと仰向くと、なるべく普段通りを心掛けて、唇を尖らせてむくれた表情を作る。


「だから言ってるじゃないですか、私はおおざっぱでおっちょこちょいのO型なんです」


 O型の性格っていうと“お”から始まるおおざっぱとかおっちょこちょいとかおおらかとか言われることが多くて、その中でもおおざっぱとおっちょこちょいは自分の性格を言い当てられていると思う。

 だから拗ねて言ってみたのだけど、なぜか工場長はじぃーと一点を見つめてこっちを見ていない。

 なにをそんなに食い入るように見ているのかと工場長の視線の先を追えば、私の足元を見ていた。


「宇佐美さん、いつもの靴じゃないんだね……?」

「えっ、あー、はい……」


 そんなこと言われると思っていなくて、私は曖昧に答える。

 普段はスニーカーを履いているんだけど、今日はヒールの低めのパンプスを履いている。

 実は……

 平静を装っているつもりだったのにYシャツ担当の朋さんに。


『なんか最近瑠璃ちゃん元気なくない~? 落ち込んでいる時は気分転換にぱ~っとあそぼっ! そだ、今度合コンやる予定あるから一緒にいこっ!!』


 て誘われて、行くとは言っていないのにあれよあれよと合コンをセッティングされてしっかり私まで行くことになっていて、それが今日の仕事後だったりする……

 結局断りきれなかった私は合コンに行くためにそれなりに可愛い格好をしてきた。

 仕事スタイルとしてスカートは禁止されていないけど、そのままの恰好で仕事をするわけにはいかないし汚したら困るから、服の着替えを持ってきて仕事中はいつものような汚れてもいいようなラフな恰好をしているんだけど、靴だけは替えを持ってくるのを忘れてしまったのだった。

 従業員の中には工場内のロッカーに置き靴とか置き着替えをしている人もいるんだけど、私はいつもスニーカーのまま出勤してそのまま仕事もしている。着替えの服のことは頭にあったんだけど、靴のことはすっかり忘れてて、今日は履きなれないパンプスで仕事をしている。

 まあ、幸いなのがヒールがそんなに高くないから仕事には支障がないんだけど、履きなれないからさっきみたいによろけてしまったんだよね……

 ってか、工場長、私がいつもと靴違うなんてよく気付いたな……

 そんなことに感心しつつ、合コンだからいつもと違う靴を履いているだなんて気づかれたくなくて、焦って誤魔化す。


「あーっ!! 早くこれ四階に持っていかないとダメですよね!? これ運んだ後にここは片すのでっ!」


 言うが早いか、私は素早く工場長の視線から逃れるように身をひねり、階段室に躍り出た。

 だいぶ誤魔化した感がいっぱいだったからか、その後も工場長が物言いたげな視線をこちらに向けていたけど、私は必死に気づかないふりをした。

 だって、絶対合コンに行くって知られたら、鼻で笑われそう。

 それかキラッキラの麗しいスマイルで「素敵な彼氏が見つかるといいですね」とか言われそう……

 うわぁ……、そんな風に言われる方が嫌かも……

 そんな風に言われた時のダメージははかりしれない。工場長にとって私が恋愛対象がだって嫌ってほど思い知ってるけど、とてつもなくへこんでしばらく再起できないと思う……

 でも、気がついたら工場長はどこにも見当たらなくて。

 工場長の視線から逃れるようにせかせか仕事していたのに、工場長の姿が見当たらなくなってつい探してしまう自分にため息が漏れる。

 工場長のことだから、きっと違うフロアのヘルプに行ったとかかな。

 そう納得して、自分が今最も考えなければいけないことに直面する。

 それより、本当に私なんかが合コンに行っていいのかなぁ……

 アイロンをかけていた手を止め、天井を仰ぎ見てため息をつく。

 十年間女子校に通ってて、合コンなんて一度も行ったことがない。

 友達が合コンの話をしていることは耳にするけど、一度も誘われたことがなく、行く機会もなかった。

 合コンがどんなものなのか興味はあるけど、それと同じくらい不安な気持ちが募る。

 はぁ~~

 気づかれないくらいの小さなため息をもう一度もらし、作業に集中した。




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