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love it  作者: 滝沢美月
1便
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これって恋のはじまりかな? 4



 お昼休憩の半分が終わった頃、シャワーカーテンをすべて畳み終えた私は、ふらっとした足取りでロッカールームへ向かった。

 小さめの手提げかばんにお茶の入った水筒とお弁当を入れて四階の作業場の邪魔にならないところに置いているから、そのまま休憩室に行ってお昼を食べることも出来るんだけど、なんだか今は誰とも顔を合わせたくない気分だった私はロッカールームに向かった。

 シャワーカーテンの乾燥が終わったタイミング的に、畳み方を間違えなくてもお昼の休憩時間にかかっていたことは確かだけど、怒られたことで精神的なダメージが大きくて気分はへこへこに沈んでいた。

 作業中はなんとか表情を保っていたけど、休憩になっても笑っていられる自信はなかった。

 ロッカールームは二階の一角をカーテンで区切ったちょっとしたスペースにロッカーが置かれているだけなんだけど、そのまえにソファーも置いてあって、そこで休憩することも出来る。

 だいたいの人が休憩室やその周りでお昼を済ませるので、ロッカールームで休憩する人は少ない。

 人気のない二階フロアを進みロッカールームを覗くと、予想通り誰もいなくて、私はそっとソファーに腰かけて遅い昼食をとり始めた。

 昼食を済ませ十三時少し前に四階に戻ると、すでに中須賀さんが作業をしていた。

 なにをしたらいいか聞こうと思い近づくと、声をかけるよりも先に振り返りもせずに中須賀さんが威圧的な口調で告げた。


「午後は三階に行って包装手伝ってきて」

「…………、はい……」


 私は小さな声で頷くと、踵を返して階段を駆け下りた。

 四階では畳まれた衣服などを包装する包装機があるのに対して、三階にはハンガーにかかった衣服を包装する包装機がある。

 バイト四日目に三階の包装機のやり方も少し教わっていた。

 というのも、三階での包装は江坂さんという、これまた六十代くらいの女性が担当しているのだけど、その江坂さんが休みの日に私が三階を担当できるように江坂さんのいる日に教わることになったのだった。

 すでに四階の包装だけでも覚えることが多すぎて――それでもまだぜんぜん教わっていないことの方が多くて手一杯だというのに、また新たに違うことを覚えるように言われてパニック寸前だったんだけど。

 救いだったのが、江坂さんがすごく物腰やわらかく癒し系な人だったということ。

 まず一つ一つ見本を見せながら丁寧に教えてくれて、その後、私にやってみるように言って私がやる様子を見ながらアドバイスをくれた。

 江坂さんだけでなく、慣れない手つきで包装機の前に立ってハンガーに掛かった衣装を包装している私に、三階にいる他の従業員の人がちょこちょこ声をかけてくれたことが驚きだった。

 だって四階は私語厳禁な雰囲気が漂っていて、高安さんと塚本さんとは挨拶くらいしかしないし、一番話す中須賀さんとですら指示を聞くくらいの必要最低限の会話しかない。

 それが、三階の人達は近くを通りかかるたびに、「大丈夫?」とか「カッターの刃に手を気をつけてね」とか「どう、慣れた?」とか気さくに声をかけてくれて。思わず涙が出そうだった。

 とにかく四階とはそこで作業している人達の雰囲気が違くて、四階での作業は息がつまりそうだったけど、三階は安らかな気持ちで作業に集中することができた。

 それになにより――

 三階では工場長の紅林さんが作業していて、その姿を見れるだけでちょっと幸せな気分になる。基本的に三階が持ち場らしいく、四階にはほとんどこないから、紅林さんの姿が見れて眼福なんだよね。

 だから、別に三階へ行くように言われたことはいいんだけど。

 今日は江坂さん休みじゃないし、午後はホテルクリーニングの下着が上がってきてそれなりに忙しい時間帯なのに三階に行くように言うってことは、つまり――

 私がいても邪魔なだけってことなのかな……

 まあ、私が来るまでは中須賀さんが一人でずっとやってたんだし、分からないことだらけの私に教えながらやるよりは一人の方が楽なんだろうけど。

 厄介払いされたっぽくて、ちょっとへこむ。

 三階に下り、Yシャツのプレスしている江坂さんに声をかける。


「三階を手伝うように言われたんですけど」

「ああ、うん」


 機械のスイッチを押してYシャツの襟に機械の板状のアイロンが当てられる。蒸気がプシューという音と熱気をあげる。

 振り返った江坂さんの視線の先は、三階の包装機の左右に取り付けられたパイプハンガー。

 三階にはアイロン担当の従業員が五人いて、各アイロン台でアイロンがけが終わった衣装をハンガーにかけて包装機の横のパイプハンガーに掛けていくんだけど、いまはそこに何もかかっていない。

 つまり包装するものがないということだ。

 江坂さんは包装だけでなくYシャツのプレスと立体アイロンの担当で、包装する衣装のあがり具合を見て、包装とYシャツのアイロンあてとをうまくこなしている。


「じゃあ、これお願いしようかな」


 そう言って、たった今、江坂さんが機械でのアイロンがけを終えてハンガーにかけたYシャツを渡される。


「それはホテルの分だから、左に寄せておいてね」

「はい」


 ここの工場では直営店の他に委託を受けていて、それぞれ直営店分と委託分は違うルートで店舗に配送されるため、包装が終わった段階で分けておかなければならないのだけど……

 その仕組みをまだ上手く把握できていない私だった。

 とりあえず言われた通り、包装したYシャツを左側に寄せていた。


「うーん、今はとりあえずすることないかなぁ~、ありがとね」


 江坂さんに笑顔で言われ、私は微笑み返す。

 手伝うことがないのは残念だけど、することがないなら四階に戻るしかないよね。そう判断して四階に戻る。四階には中須賀さんの姿がなくて、三階で受け取った四階で包装する畳まれた衣装を包装していたら、階段を下りて戻ってくるなり中須賀さんの開口一番。


「ここはいいから三階を手伝ってっ!!」

「でも、いまはなにもないって言われて……」

「いまはなくてもこれから二時分が上がってくるから、三階に行ってっ!!」


 あまりに強い口調で言われて、江坂さんにもいまはすることがないから四階に戻っていいと言われたとはとても言い出せなくて、私は唇をぎゅっとかみしめた。

 きっとここで反論しても、もっと怒鳴られるだけだろう。

 中須賀さんはとにかく私には四階にいてほしくないみたい。

 だって、四階での作業はあるのに三階に行け、だなんて。本当にやっかい払いだよ、これ……

 私は言い知れないダメージを受け、重い足取りで三階へ向かった。


「あの~、三階を手伝うように言われたんですけど……」


 今日の分の機械でのアイロンがけが終わったのか、包装機の前で十四時分の包装をしていた江坂さんに歯切れ悪く声をかける。

 江坂さんのアイロンがけが終わっていない午前中には何度か三階の包装の手伝いに来たことあるけど、今は手伝いはもういらなそうな雰囲気で、江坂さんも困ったような苦笑を浮かべる。


「長瀬さん、宇佐美さんが何か手伝うことないかなぁ?」


 長瀬さんっていうのはアイロン担当の三十台半ばくらいの女性で、三階のリーダー的な存在の人だ。


「中須賀さんに三階を手伝うように言われたんですけど……」


 私も江坂さんの横から顔をのぞかせて、長瀬さんに戸惑いがちに声をかける。

 今はなにも手伝うことがないって言われそうな雰囲気だったけど、そう言われたら私は四階に戻らなければいけなくて、そうしたらきっと、中須賀さんに鋭い眼差しで睨まれそう――

 想像しただけで針のむしろで、ぶるっと体を震わせる。

 私のすがりつくような眼差しに気づいたのか、長瀬さんがちょいちょいって手招きする。


「じゃーあ、このズボンやってもらえるかなぁ~?」


 そう言って私に仕事を与えてくれた長瀬さんが女神さまに見えてしまった。

 直接は言われていないけど、完全に中須賀さんに厄介払いされたふうなのが、どよんと重いしこりになって心に溜まっていく――……

 長瀬さんはズボンの乾燥機の当て方を丁寧に教えてくれて、私がとまっどっているとさり気なくアドバイスをしてくれて。私はなるべく中須賀さんのことは考えないように作業に集中した。


 

  ※



 数日後。

 あがりの時間になってタイムカードをきりに五階に上がったら、ちょうど牧野さんがお茶の準備をしているところで一緒にどうかと誘われた。

 牧野さんは事務をしている三十代前半の女性で、肩につくくらいのストレートの髪を揺らした、お姉さんって感じの優しそうな人で、会うたびにいつも気さくに声をかけてくれる。

 バイトを始めたばかりの頃に五階に行った時に、配送ドライバーの方たちを紹介してくれたり、他にも、まだ会ったことがない人に会った時に紹介してくれるのが牧野さんだった。

 ちょうど今も、配送が終わって戻ってきたドライバーさん達にお茶を入れているところで、私の分も温かいほうじ茶を入れてくれた。

 急いで帰らなければならない用事もないし、すでにタイムカードを切った後だからお茶飲んで帰るくらいいいよねと思って、牧野さんのお誘いにのることにした。

 ドライバーさん達と他愛もないことで談笑しながらお茶飲み、次の配送へ行くのを見送った。牧野さんも用事か何かで下の階に行ってしまい、いま五階には私一人になってしまい、私はまだカップの中に残っているお茶を見下ろす。

 そういえば、今日もシャワーカーテンが休憩時間間際に乾燥機終わって畳んでいたから、お昼ごはん半分しか食べられなかったんだよね。

 ここの従業員の人はお弁当を持参する人が多くて、私も節約を兼ねて毎日お弁当を作って持ってきている。

 まあ、これでも一応は家政学部出身だから、料理はそれなりに得意な方だし。

 もうすでに夕方で帰ったら夕飯だけど、残して帰るのももったいなくてお弁当を広げて食べていたら。


「なにやってんのっ!?」


 五階に響き渡るような怒声に、びくっと肩を震わせて顔を上げると、包装を終えた布団を五階に置きに来た中須賀さんが立っていた。

 一瞬、なにに対して怒鳴ったのか理解できなくて首を傾げる。

 私が口を開くよりも早く、中須賀さんが畳みかけるように高圧的な口調でまくしたててくる。


「タイムカードは押したのっ!?」

「お、しました、けど……」


 中須賀さんの迫力に気圧されて声が小さくなってしまう。

 私の言葉を聞いた中須賀さんは、一瞬、嫌そうにぎゅっと眉根に皺がより、ふんっと鼻を鳴らす勢いで続ける。


「怒られるからちゃんとタイムカード押してよっ!!」


 そう言うなり、布団を片付けるとさっさと出て行ってしまった。

 あまりの迫力に、私はしばし呆然と中須賀さんが出ていった扉を見つめてしまう。

 ええっと……、今のはなに……?

 なぜ怒られたのか理解するのに時間がかかってしまった。

 つまり――、中須賀さんは私がタイムカードを切る前の仕事中に休憩していたと勘違いして怒ったってことだよね? でもそれって勘違いだよね……?

 すでに今日は退勤のタイムカードを切っている。

 つまり怒られ損ってことで。

 こっちの言い分も聞かずに一方的に怒鳴られて、気分は地面にめりこむくらい沈んでしまう。

 そりゃあ、まだ学生だけど、これまでにもバイトはしたことがある。仕事中に勝手に休んじゃいけないことも、タイムカードを押す前に休んだりしちゃいけないことも、分かってるんだけどなぁ……

 ってか、バイトをしたことがなくてもそのくらい常識で知っていると思うけど……

 私ってそんなに常識ないと思われているってこと……??

 それに私がすでにタイムカードを押したって伝えたのに中須賀さんは謝るどころか、「なに反論してるのよっ!?」的に睨んで更に怒鳴っていった、よね……?

 怒られるからちゃんとタイムカード押してよ――

 って、それは指導役の自分が怒られるからきちんとしてよって言ったように聞こえてしまうのは――、ちょっとひねくれた考え方かな……?

 でも、一方的に怒鳴られて、しかもそれが勘違いで、なのに謝るどころか、更に怒鳴られて――

 やさぐれたくもなるってもんだよっ……

 私はくしゃっとゆがみそうになる顔を隠すように額に手を当てる。

 しばらく動けないでいた私は、紅林さんが事務所に入ってきたのに気づいて、手早く手荷物をかきまとめる。まだお弁当の中にはおかずが残っていたけどそんなことはどうでもよくて、紅林さんに挨拶もそこそこに事務室を飛び出した。




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