初恋は実らない? 8
「うちは母と姉三人のいわゆる母子家庭っていうやつでね。
まあ、端的にいうと貧乏だったわけ。
だからきっかけは母の些細な思いつき、というか行動からで。
使うかもわからないのに大事にとっておいた姉達のお古があってね、母はそれを私に着せてたんだ。
まあ、生後すぐは顔だけでは性別どっちか分からないし。昔の人はお古が当り前だから、子供の頃は男の子でも女の子の服着てたり、その逆もあるわけでさ。
赤ちゃんの頃はそんな感じで姉達のお古を着ていたわけでね。
それでも母も、ある程度大きくなったらちゃんと男の子の服を買うつもりだった――らしいんだ。
あまりにも私が女の子の服が似合うものだから、「まあ、いっか」って思っちゃったらしい。
そんな母に育てられたからというか、姉達も私に女の子の格好させるのが好きでね。
小さい頃は着せ替え人形のように遊ばれた覚えがあるよ。
母は、いつか私から男の子の服がいいって言いだした時、そうすればいいかなぁ~なんて楽観的に考えていたみたいだけど。私は女の子の格好が嫌だとは思わなかったんだ。
なんでなんだろうね、子供の時って人のものがすごくいいものに見えるっていうか。私には姉達の服がすごく可愛く見えて、一度、「男の子服を着てみる?」って聞かれた時、嫌だって泣いたくらいで。
三歳くらいになるとさすがに自分は男の子で姉達とは違うんだってなんとなく分かってきたんだけど、ずっと女の子の格好をしていたのもあるし、姉達に囲まれて育ったからか可愛い服が好きでね。
私自身が、男の子の服よりも姉のお下がりがいいって思ったんだ。
まあ、中身まで女の子とはいかなくて。女の子の格好しながら戦隊ものとかにはまってたよ。
成長するにつれて女の子の服じゃなきゃ嫌だってことはなくなったけど。今度は家の事情をなんとなく察することができるようになってね。
姉達が節約して服を着まわしているのに、自分だけ新しい服を買ってもらうのが悪くて、姉達のお古を着続けたんだ。
実際、母も姉も私も、周りが見ても違和感ないくらい似合っちゃってるから誰も止めないしね。
むしろ、そのへんの女の子より可愛かったから、私。
女の子の格好が似合ううちは、いいかなって思ってたらずるずるというか。
やめるタイミングを逃したというか――」
※
ふふっと苦笑して社長は流し目で私を見た。
長い睫毛の影が落ちた端正なその横顔に一瞬、切なげな色がよぎって、私は息を飲んだ。
軽い調子で話してくれた社長だけど、なんだかそれだけの事情ではないような、もっと私なんかが入り込めないような事情がありそうで。
でもそれを聞いたら、社長がもっと悲しい顔をしそうだったから、私は精一杯笑顔を浮かべて社長に笑いかけた。
「そういう事情だったんですね……」
「ずっと女性の格好してたから、実際に私のこと女だと勘違いしている人のが多いかも。秘密にしてもらうほどの理由じゃないんだけど、実は私が男でしたってなると混乱させちゃいそうだから、黙っててもらったんだ」
「社長が実は男ですって言われても、きっと簡単には信じられないと思います」
「そうかな……?」
「はいっ、それはもうっ! 女性の時の社長は一寸の狂いもないくらい完璧に美人女社長ですからっ」
「あー、いつまでもこのままってわけにはいかないからいずれは女の格好はやめるつもりだけど、いますぐにってわけにはいかなくてね……、もうしばらくは秘密にしててもらえるかな?」
苦笑交じりにぼやいた社長に、つい笑い声がもれてしまう。
「ふふっ、はい、秘密はちゃんと守ります。社長がカミングアウトする時は、きっとみなさんビックリを通り越して固まっちゃうと思いますよ」
社長の話が終わるタイミングを見計らったように、社長の車が流れるような動きで家の前に着いた。
「今日はありがとうございました」
車を降りる前に社長にお礼を言う。
「いえいえ、こちらこそ。楽しい時間をありがとう」
「なんだかほんと、不思議な感じです」
優しい笑みを浮かべる社長を見上げて、困ったように苦笑を浮かべる。
「社長なのに社長じゃないみたいです」
「ほら、社長じゃなくて名前で呼ぶって約束」
「えっ、約束なんてしましたっけ!?」
「えー?」
とぼけてみたら、不服そうに唇を尖らせる社長はなんだか子供っぽくて、くすりと笑ってしまった。
「すみません、ちょっと意地悪しました。柚希さん」
笑いかけると、社長も優しげな笑みを浮かべる。
ふと、あることが気になる。
「あっ、工場長はもちろん社長の性別のこと知ってるんですよね……?」
兄弟だからさすがにそのことは知っているよね……?
「あー、柊吾とは兄弟といっても義理のなんだけど……。初めて会った時から私は女の格好してるから、はじめは女と勘違いいしてたみたいだけど、知ってるよ」
義理の兄弟という言葉にドキッとする。
前に少し話を聞いたときに、いろいろと家庭事情が複雑だとほのめかしていたのはこのことなのだろう。
昔を思い出すようにちょっと視線をあげて言った社長の言葉が脳に浸透するにつれて、あの時の違和感の原因に思い当る。
工場長が社長の家に泊まることにこだわっていたのって、社長が女性の格好してても実は男性だって知っているから、嫉妬して――……
いやいや、心配して、あんなに怒っていたのかな……
でもあの怒り方は尋常じゃなかったよね……、ってことはやっぱり……?
そこまで考えて、ぼんっと音を立てて頭から湯気が出たに違いない。
自分に都合のいい考えをしてしまって、自分でも分かるくらい頬が熱くて。それを隠すように両手で頬を包んだ。
ゆでだこになっていたら。
「瑠璃ちゃん、そんなに柊吾のこと気になる?」
なんて、にやにやして社長が聞くから、声にならない悲鳴がでる。
「~~~~~~っ」
いやぁ――!!??
なんなの、そんなに私って態度に出てるかなぁ!!??
「うぅ、わかります……?」
恥ずかしすぎて穴があったら埋まってしまいたくて、私はちらっと視線だけをあげてかき消えそうな小さな声で尋ねた。
「気になるって顔してる」
くすりと楽しげに笑みを浮かべた社長の表情が、直後、引き締まる。
あまりに冷ややかな眼差しが痛くて、胸がざわりと揺れる。
「瑠璃ちゃんはあいつのこと好きなの? あいつはやめておいた方がいいよ……」
静かに耳に浸透していく社長の言葉を頭が理解しようとして、理解する前にひやりとした言葉が続いた。
「あいつは君の気持ちには答えてくれない――」




