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love it  作者: 滝沢美月
5便
34/78

初恋は実らない? 6



 あまりにも見すぎていたからだろうか。

 イケメンと目があってしまった。そう思った瞬間、イケメンが私に微笑みかけるから、心臓が飛び出しそうなほど大きく跳ねる。

 って、私じゃないよねっ!?

 目があったと思ったけど、こんなイケメンと知り合いじゃないし、きっと誰か別の人に微笑んだのだろう。そう思ったのに……

 なぜかイケメンはこっちに手を振って小走りで近づいてくる。もちろん、微笑んだまま。

 私は挙動不審できょろきょろと右や左を見回す。果ては後ろを振り返って見るけれど、あちこちで待ち合わせをしている人で溢れかえっているというのに、私の周りには人がいない。

 イケメンが微笑んで、手を振ったはずの人がいない……

 ええっ……!?

 私、あんなイケメンと知り合いじゃないんだけどぉ――!!??

 頭の中が絶賛パニック中の私に、イケメンがどんどん近づいてきて、あと二歩のところで歩調を緩める。


「おはよう、宇佐美さん」


 声をかけられて。

 私、こんな人知らないんだけどぉっ!? どうしよう!!??

 頭を両手で押さえててんぱっていた私は、「あれ……?」と首を傾げる。

 こんなキラキラしたイケメン知らないけど……

 この声は、聞いたことがあるような……

 頭の上にクエッションマークを浮かべてイケメンを見つめていたら、何も言わない私を心配したようにもう一度名前を呼ばれる。


「おーい、宇佐美さーん?」


 目の前で手が左右に振られて、起きているかの確認……?

 ってか。


「しゃ、ちょう……!?」


 そう言葉にしながら、私は目の前の光景が信じられなくて、ぽかーんと口を開けてしまう。

 嘘ぉ……

 なっ、なんでぇ……

 社長がこんな格好で来るなんて想像もしていなくて唖然としてしまう。

 女性にしては高めの身長だと思っていたけど、こうやって男の格好をすると、ずば抜けて長身というわけではないのだろう。でも、無駄のないすらりとした細身の体系が、実際の身長よりも高く見せている。

 黒の細身のパンツにダッフル―コートとチェックのマフラーをおしゃれに巻いている格好はカジュアルだけど綺麗めにまとめていて爽やかな印象だ。

 普段は女性らしいと思っていた端正な顔立ちが、男性の格好をしただけで男らしく見えてしまうから不思議だ。きっと、もともと中世的な顔立ちなのだろう。

 絶対、声かけられなかったら社長だなんて気づかないよっ!

 心の中でえんえん考え、ついに結論を出してすっきりした私に対して、社長は居心地悪そうに視線を彷徨わせる。


「そんなにおかしいかな……?」


 沈黙に耐えられなくなったというように口を開いた社長は、耳の後ろをかきながらがちらりと視線を私に向ける。

 その頬が心なしか赤いような気がするのは気のせいだろうか。


「男の格好なんてかなり久しぶりだから、どこかおかしいかな……?」


 叱られた子犬のように耳をしゃげさせて尋ねる社長に、私は慌てて首を左右に振る。

 私がじろじろ見ていたせいで誤解させてしまったようだ。誤解を解かなければと思って勢いこんで。


「違いますっ! おかしいどころかかっこいいです!!」


 鼻息も荒く、つい力説してしまう。


「自信持ってくださいっ!!」


 そう言ったら。


「ありがとう、宇佐美さんって優しい子だね」


 って、私の言葉をお世辞だと思ったのか、社長が苦笑した。

 どうして伝わらないかなぁ……、と私は脱力。

 私はちらりと、社長の背後をみやる。

 現に、周りの女性がちらちらと社長を見ている。隙あらば話しかけようとじりじりと距離を詰めてくる強者さえいるのに……

 でも、社長は自信を取り戻して、嬉しそうににこにこしているから、まぁいっかと思ってしまう。

 ここまでどうやって来たのかとか、他愛もない話をしながら社長と一緒に朝暘門をくぐり、中華街大通りをどんどん進んでいく。

 大通りは平日だというのにさすがクリスマスイブというべきか、人でごった返しまっすぐ進むのもやっとだった。

 ずらっとならぶお土産屋さんでは唐辛子のストラップやチャイナ服、パンダのぬいぐるみ、中華鍋や蒸籠を売っているお店もあり、歩道では、店頭販売している飲茶を買って食べている人がいて、その横を通り過ぎながら、なに食べてるんだろう、美味しそうだなぁ~なんて思う。

 横浜中華街で食べ放題としか決めていなくて、ただ社長についていっているんだけど、どこのお店に入るとか決めているんだろうか……?

 大通りのどこかのお店に入るのだとばかり思っていたら善隣門も過ぎちゃって、中華街のはずれの方に来てしまった。

 道に迷ったのかなと不安になって大通りのある善隣門を振り返るけど、社長は振り返ることなくまっすぐに進んでいくから、私は慌ててあとを追った。

 善隣門を出てわりとすぐのところにあるお店に社長は迷わずに入っていく。

 口コミとかで事前に美味しいお店を選んでくれていたのかなと思ったら、そのさらに上をいっていた。

 お店に入るなり。


「緒方様、いらっしゃいませ~」


 って、予約いれてる!?

 ってか、常連ですかっ……!!??

 社長は入り口で待ち受けていた店員さんに微笑むと、案内されるまま店内の奥へと進んでいった。

 大通りから離れた賑わいのない中華街の外れのお店。外見もそんなに繁盛しているようには見えなかったけど、店内は小奇麗な作りで、案内されたのは奥の個室だった。

 入った瞬間、唖然としてしまう。

 個室の柱は透かし彫りで飾られ、壁には立派な壺やら掛け軸が飾られ、部屋の中央には朱塗りの円卓に朱塗りの背の高い椅子が並んでいる。

 外見こじんまり、店内は小奇麗、なのに個室が豪華っておかしくないっ!!??

 心の中で突っ込みを入れても、もちろん答えが返ってくるはずもないけど、突っ込まずにはいられない。

 だって、この円卓、詰めれば十人くらい座れそうな大きさだよ!?

 そんな広い個室に二人ってどうなんですか……?

 胡乱な眼差しで社長を見上げれば、そんな反応をされるとは思わなかったかのように狼狽えるから私の方が困ってしまう。


「ええっと、二人でここは広すぎませんか……?」

「せっかくの中華だから円卓の方がいいかなと思ったんだけど……」


 ちらっとこちらを伺うように社長が視線をよこすから、私はふぅーっと細い息を吐いて俯く。

 個室に案内される時に通ったフロアは、普通に四角いテーブルが並んでいたから、円卓が置かれているのは個室だけなのだろう。

 予約なしで二人で来たら、普通は円卓には案内されないだろう。

 私が中華街は行ったことがないって言ったのを聞いて、わざわざ二人だけど個室の円卓を予約してくれたのだろう。

 社長の優しさに気づいてしまったら、こんなことでぐだぐだしてるなんて心狭いなって思ってしまった。

 顔を上げて社長を振り仰いだ私は、自然と微笑んでいた。


「ありがとうございます、社長。中華街も初めてだし、こんな円卓も初めてですごく嬉しいですっ」




更新遅くなりました<m(__)m>


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