初恋は実らない? 5
んー……、ちょっと気合い入れすぎかな……
ガラスに触れ、ショーウィンドウに映った自分の姿を見下ろして、考え込んでしまう。
白のダッフルコートの下からは花柄のシフォンのミニスカートの裾がちらりと見えている。足元はニーハイソックスにヒールの低めのショートブーツ。コートの中は白のざっくりニットを着ている。帽子も白いニット素材のベレー帽。
全体的にモノトーンでまとめて甘すぎない格好にしてみたんだけど、普段工場に行く時は、パンツスタイルだし、白のコートもお出かけ用と思っているからなんとなく着ていったことがない。
社長に気合い入れておしゃれしてるって思われるのは恥ずかしいけど、美人な社長と一緒に歩くなら、少しはおしゃれした方がいいかなって思うし、いちおう誕生日だし?
はぁ……
こんなに緊張するなら、あの時「はい」なんて言わなければ良かった。
うん、まあ、無理だろうけど……
※
「じゃあ、明日は私が宇佐美さんの誕生日をお祝いするよ」
なにか考えるように黙り込んでいた社長がはなった一言に、私は驚きに瞳を大きく見開いた。
「ええっと……」
一瞬なにを言われたのか理解できなくて、答えにつまっていると。
「あっ、もしかして先約がある?」
「いえ、そういうことはないです。平日だから友人はだいたい仕事してますし、特に予定はないですけど」
「よかった、じゃあ、どこに行こうか? 行きたいとことかある?」
このまま黙っていると社長のペースに乗せられてしまいそうで、私は慌てて口を開く。
「あの、でも、社長はいきなり休んで大丈夫なんですか……?」
「えっ、あー……」
私の言葉にちらっとこちらを見てすぐに前を向き、考え込むように言葉を伸ばす。それから。
「大丈夫じゃない?」
なんとも適当なかんじに微笑むから、ちょっと心配になる。
「……いいんですか?」
胡乱な眼差しを向ければ、社長は苦笑する。
「大丈夫でしょう、明日は特に予定も入っていないし。まあ、急ぎの仕事は今夜、家でやればいいし。ケーキも注文はしてあるから牧野さんに取ってきてもらえるように連絡しておくから」
「でも、今日みたいに店舗から呼び出しとかあるんじゃないですか?」
「ないとは言えないけど、クリスマスイブにクレーム言いにくるお客さんがいないことを願うよ。まあ、呼び出しがあったらその時はその時だし」
「はぁ……」
楽観的な社長に、なんと言っていいか分からなくて困っていたら。
「……私と一緒じゃつまらないかな?」
普段はクールビューティーってカンジなのに、捨てられた子犬のようにしゅんとした声で聞かれて、どきっとする。
たぶん、ここが落とし穴だったと思う。
「そっ、そんなことないですっ」
慌てて首を振り、勢い込んで言ったら、直前の寂しそうな表情はどこへやら、社長が勝気な笑みを浮かべるから、唖然としてしまう。
「うん、じゃあ、決まりね。明日はたっぷり宇佐美さんをエスコートするから楽しみにしてて」
その時の社長の笑顔は麗しい美人なのに、含みを帯びたというか、悪戯を思いついた子供のように瞳を輝かせていたから、なんか嫌な予感はしたんだけど。
笑顔なのに嫌だとは言わせない社長のオーラについ流されてしまい、結局、誕生日は社長と出かけることになってしまった。
そして、どこに行きたいかと聞かれて社長に「任せます」って言ったら。
「じゃあ、上海ね」
とか言いだすから私は大慌て。
「上海とか無理ですから!! 日帰りできないじゃないですか!?」
「そんなことないよ? 上海、日帰りいけるいける~」
「無理ですよぉ! だいいちパスポートないですからっ!」
「えー、パスポートないの? じゃあ、次がラストチャンスね。どこに行きたい?」
間を空けずにずばずば責められて、どこか行きたい場所を言わなければとんでもないところに連れて行かれてしまうんじゃないかと切羽詰まった私が咄嗟に思いついたのが――
「横浜中華街の食べ放題に行きたいですっ!」
だった。
※
そんなわけで、横浜中華街で現地集合なんだけど。
とっさに思いついたのが中華街の食べ放題って、女の子としてどうなのだろう……
うんまあ、女の子は食べ放題好きだけど、そんなに話したことない社長と二人っきりっていうのが気まずい。
まあ、社長も女性だから食べ放題とか好きだよね。
あれ、でも、見た目は女性でも本当は男性だからこの場合は微妙?
でも男性の方がいっぱい食べるからいいのかな……?
そんなくだらないことを考えてしまう。
もともと私は中華が好きなんだけど、父も母もあまり中華が好きじゃない。
市販のレトルトソースってだいたい三~四人前だから、両親が食べないのに一人でそんなに量も食べられないし、なかなか家で作る機会がない。
前に見たTVの特集で横浜中華街の食べ放題が出てて、美味しそうで行ってみたいなと思っていたけど、両親を誘うのは無理だし、一人ではいけないし、いつか行けたらいいなぁ~くらいに思っていたから、実はかなり浮かれてる。
中華街でお腹いっぱい食べまくるぞっと気合いを入れていたら、私と同じように待ち合わせをしているであろう周囲からざわめきがおこる。
きゃー、とか。うそー、とか。なんだか黄色い悲鳴が聞こえてどうしたのだろうと顔を上げれば、周りの人々――特に女子――が瞳をうっとりとさせて、一点を見つめていた。
なにを見ているのだろうと、湧き上がった好奇心から視線を集めている方を見れば、一人の男性がこちらに向かって歩いてきてて、思わず見とれてしまう。
ただ歩いているだけなのに、ファッションショーのランウェイを歩いているように優美かつ颯爽としていて、その男性の周りだけやけに眩しくて、きらきらした光の粉をまいているのだと聞かされても納得してしまいそうな麗しさだった。
男性が歩くたびに肩より少し短い艶のある黒髪がさらさらと揺れる。
彼が通り過ぎるたびに、そばにいた女性がうっとりとため息をついたり、黄色い悲鳴を上げている。
すごい美形……
モデルさんかなにかかなぁ。
そんなことを考えながら、周りと同じようにイケメンを遠くから見つめていたら。
切れ長の瞳がふいにまっすぐに私を射抜き、直後、甘やかな微笑みを浮かべた。




