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love it  作者: 滝沢美月
5便
32/78

初恋は実らない? 4



 二時間でできると言ったのは、かなりギリギリの時間配分だった。

 店舗から家に戻って、作業してまた店舗に戻る。

 だけど、お客さまを待たせられるのはせいぜい二時間だろうと思った。

 社長の誠意のために、工場長の熱意のために――

 なんとかしなくちゃいけないと必死だった。

 必死の形相で社長の腕を掴み、すぐに家に送ってほしいと言った私を、社長は物言いたげな不満そうな瞳で見おろし、でもなにも言わずにすぐに私を家まで送ってくれた。

 家に向かう車の中、私は勝手に話をすすめてしまったことを謝り、でも大学時代の経験でなんとかジャケットの破損を直せることを伝えたが、社長は無言のままだった。

 シャケットの直しが終わったらまたすぐに店舗まで送ってもらうために、社長には家に上がって待っててもらうことになった。

 タイミングよく、お父さんはまだ仕事で、お母さんもお友達と出かけていてまだ戻ってきていなかったから、まっすぐ私の部屋に案内し、すぐに作業に取り掛かる。

 ここ最近使っていなかった、大学の遺物。

 授業で使うためだけに買って、余った布やその他材料が入った収納ケースをがさごそとあさり、お目当てのものを取り出す。


「あったっ!」

「それは?」


 それまでずっと不機嫌そうに黙っていた社長に尋ねられ、私は手を動かしたまま答える。


「補修テープです。普通、袖口の擦り切れは生地を縫い込んで直すんですけど、このジャケットはツイード生地で厚みがあるので、その方法だとごわついてしまうんです。でも、擦り切れた部分を内側に入れ込んで、テープを張って裏地を縫い直すと……」


 私は窓辺に置いたミシン台の上で作業しながら、その説明をする。


「ほら、こんなに綺麗になるんです」


 時間は超特急、でも、仕上がりは超絶綺麗に仕上げたシャケットを振り替えって社長にみせる。


「どうですか? これなら新品同様ですっ!」


 胸を張って言えば、そんな私になど見向きもせず社長はじっくりとシャケットの袖口を眺めた。


「本当、すごく綺麗……」


 ぼそっともらされた言葉が、あまりにも本心から言った言葉が思わずこぼれてしまったという感じで、なんだか照れてしまう。

 急いで店舗に戻ると、まだ約束の二十時前だというのに、例のお客様は来ていて、遅いと怒鳴られてしまった。でも。

 ジャケットを受けっとったお客様は袖口を見るなり唖然とし、それからちょっと居心地悪そうに「はじめからこうしてくれればよかったんだ」と言って、それでも最後には、「ありがとう」と言って満足そうに帰っていった。


「宇佐美さん、ありがとうっ!!」


 店長さんには両手を握りしめられて何度もお礼を言われてしまった。

 そんなに対したことしていないのに。

 予想外の寄り道をして、家に帰る車の中で、社長が冗談めかして言う。


「なんか、ごめんねぇ~」


 運転していて前を向いていた社長が、ふいにこっちを見て、瞳に真剣な光を宿す。


「というか、宇佐美さんのおかげで助かっちゃった」

「いえいえ、そんな……」


 私は慌てて両手を胸の前で横に振った。ほんとに大したことしてないし、そう思ったのに。


「ほんと、宇佐美さんって遠慮深い」


 なぜだか、くすくすと声を出して社長に笑われてしまった。


「送るって言ったのに途中で店舗に寄ることになって、せっかく早く帰れるはずだったのに遅くなってごめんね」

「いえ、ほんとに大丈夫なので。それに、勉強にもなりました」

「勉強?」

「はい、今までは工場に届く衣装をただ決めれた時間までに仕上げることしか考えていなかったんですけど、それぞれの衣装はそれぞれのお客様の大切な衣装なんだって、改めて思い知らされました。あっ、もちろん、今までだって綺麗に仕上げることは意識していましたけど、なんていうか、店舗とお客様とのかかわりを見て、もっと一つ一つの衣装を大事に扱っていかなければいけないなって」

「うん、そうだね」


 優しげな眼差しで頷かれて、なぜだか胸がどきっとする。


「宇佐美さんは本当にすごいね」

「ええっ、そんなことないですよ」

「そんなことあるよ。あんなに綺麗にジャケットの袖口直しちゃって、洋服の直しの専門店でも十分やっていけるんじゃない?」

「それは無理だと思いますよぉ~、本物のお直しのプロは本当にすごいんですからっ!」

「私には、宇佐美さんも十分プロだと思うけど?」

「そ、そうですか……?」

「うん、お客様に堂々と直せると言い切った宇佐美さんかっこ良かった」

「えへへ、ありがとうございます。でも、本当によかったです、あのお客様があれで満足してくれて……」


 頬をかいて苦笑すると、社長がぱちぱち瞳を瞬いた。


「さっきはあんなに自信満々で言い切ってたじゃない」

「あんなのはったりですよぉ! ああでも言わないと、ああいう人は納得しそうにないじゃないですか!?」


 こんなこと威張って言えることじゃないけど、あの方法で直してお客様が納得するかなんて五分五分だった。

 でも、大見栄切ってでも直せると言い切るしかなかった。

 絶対にうちのクリーニング工場のせいでの破損じゃないと言い切れる。だけど、お客様がうちのせいで破損したというのなら、それを直してこそのプロだと思った。


「ただ単に、工場の信用を失いたくなかっただけなんです」


 あんな杜撰なことをしている工場だとは思ってほしくなかったから。


「はぁ~、それにしても、昨日今日で一生分くらいの出来事が起こっている気がします……」

「そんなに!?」


 深いため息を吐きだしたら、驚いたように聞き返されてしまったから、昨日の朝から始まった数々の災難を語る。


「――というわけで、昨日はほんと最悪でした」

「ははっ、確かにそれは災難だったね」

「そうなんです、しかも、普段は見ない星占いとか見ちゃって、そういう時に限って運勢最悪なんですよね……」

「見ちゃったんだね……」

「はい……」


 くすりと笑われて、私は肩をすくめて頷く。


「宇佐美さんってなに座?」

「やぎ座です」

「……ってことは、誕生日もうすぐ?」

「はい、よく分かりますね。星座占いとか好きですか?」

「うーん、好きというか……、女性ってこの手の話題好きでしょ? だから自然と覚えちゃったというか……」


 なんだか歯切れ悪い社長の言葉にあまりつっこんじゃいけないかなと思う。


「誕生日、いつなの? ああ、誕生日とは関係ないけど明日のクリスマスイブは毎年ケーキを差し入れしてるから楽しみにしててね」

「そうなんですか……、でも私、明日は勤務休みです」

「えっ? そうなの?」

「はい、火曜日が休みなので」

「あー、二十四日って火曜?」

「そうです」

「そうなのかぁ~、じゃあ、宇佐美さんの分は明後日に用意するよ」

「いえいえ、大丈夫です! 勤務休みの私には差し入れのケーキを食べる資格はないですから……」


 胸の前で手をぶんぶん横に振ったら、社長が物言いたげにじろっと視線を向ける。


「ほんとに宇佐美さんは……」


 ため息とともに吐き出されて言葉の続きがなんとなく予想できたけど、気づかないふりをする。

 車が交差点の赤信号で止まり、社長はさっきまでハンドルを握っていた手で前髪をかきあげる。顔の横でさらさらと長い黒髪が踊るように揺れる。

 そんな仕草さえ綺麗なものだから、思わず見とれてしまう。


「じゃあ、せめて誕生日はケーキを差し入れするよ」

「社長、あの」

「もし誕生日に勤務がないならその前日に」


 私の言葉を予測して付け加えられた一言に、困ってしまう。


「ええっと……」


 なんだかものすごく申し訳なくなる。


「誕生日、明日なんです……」

「明日? すぐじゃんっ!」


 信号が青に変わり、前を向いた社長の横顔が数秒後、驚きの表情になる。


「…………って、クリスマスイブじゃんっ!?」

「はい……」


 そうなんだよね……

 実は、誕生日は十二月二四日、クリスマスイブなんです……

 ちなみに名前の由来は十二月の誕生石がそのままつけられて瑠璃だったりする。

 誕生日だからどうってこともないけど、偶然にも勤務休みの日が誕生日だから、久しぶりにゆっくりショッピングでも行こうかと思ってるんだよね。

 思っていたのに――


「じゃあ、明日は私が宇佐美さんの誕生日をお祝いするよ」


 なにか考えるように黙り込んでいた社長がはなった一言に、私は驚きに瞳を大きく見開いた。




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