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love it  作者: 滝沢美月
5便
29/78

初恋は実らない? 1



「ふわぁ~~……」


 大きなあくびが出て、私は慌てて口の前に手を当てる。

 もうすぐお昼休憩の時間だというのに、眠気に襲われて私はエプロンのポケットの中から飴を取り出して口の中に放り込む。

 ふんわりと甘い香りが口の中に広がって、睡魔に襲われかけていた意識が鮮明になる。

 あとちょっと頑張ろうと気合を入れたら。


「なんか宇佐美さんからいい匂いがするけど」


 背後から声をかけられて、びっくりする。

 わっ、工場長――っ!!

 振り返らなくても工場長だって分かってしまって、瞬間、鼓動がうるさいくらい打ち始める。

 なっ、なんで、工場長っていつもこうタイミング悪く話しかけてくるかなぁ……

 社長のおかげで、朝は出勤時間ギリギリでなんとか間に合った。

 今日はちょうど工場長は違うフロア勤務の日で、ちょっとほっとする。

 工場長にキスされた昨日の今日で、どんな顔して会ったらいいのか分からない。でも、それ以上に衝撃的な出来事があったせいで、工場長と顔を合わせづらいという気持ちは少なくなっていた。

 なんで、工場長があんなことしたのか……

 あの状況でどうしてキスされたのか分からなくて。分からないから聞いたら、「聞いても後悔しない?」って聞き返されて、逃げてしまった。

 理由を知りたいけど、知りたくない――

 矛盾した感情が胸に押し寄せて、困ってしまう。

 昨日は逃げてしまったけど、いつまでも逃げているわけにはいかないと思う。

 だって、工場長と気まずくなるのは嫌だし……

 なんとなくだけど、工場にいる間、工場長からその話を振ってくることはないように思えて。

 それなら、私も気にしていないそぶりでいつも通りに接しようと、思っていたのにぃ――

 工場長と会うのはもうちょっと後だろうと思ってて、まだ心の準備がぁ~~……

 そんな心の葛藤を無理やり押し込んで、私は普段通りを心掛けて振り返る。

 瞬間、触れそうな距離に工場長が立っていて、びっくりを通り越して一瞬、頭の中が真っ白になる。

 わぁ――……っ!!??

 無意味に叫び出したい衝動にかられるのを押さえて、私は慌てて工場長から距離をとる。

 っと言っても、私のすぐ後ろ――さっきまで前――にはアイロン台があって一歩下がっただけで腰がアイロン台にあたり、それ以上逃げることもできないんだけど。


「なっ、工場長、近いです――っ!」


 いつも工場長にからかわれる時に返すように叫んだら、工場長はふわりと優しげな、でも天使も裸足で逃げ出すような妖艶な微笑みを浮かべる。たぶん、にんまりっていう擬音語が似合いそうな。なんか、それはちょっと嫌だなぁ……


「だって、宇佐美さんからすごくいい匂いがするからなにかなぁ~と思って」

「だってじゃないですよ。女子高生じゃあるまいしっ!」

「ああ、もしかしてなにか食べてる? そこから甘いにおいがする」


 そう言った工場長の視線が私の口元に注がれるから、慌てて口元を両手で押さえた。


「あっ、飴です。ちょっと眠気に襲われそうだったので眠気覚ましに食べてるんですっ」


 ちゃんと確認したことはないけど、仕事中に飴くらいは食べてもいいことになっている。

 だから別に怒られたりしないはずなんだけど、ちょっとビクついてしまう。


「ふ~ん、美味しそうだね」

「はちみつ味ののど飴です。一ついりますか?」


 物欲しそうな眼差しを向けられたから、ポケットからスティックタイプののど飴を出したら、工場長に苦笑されてしまった。


「いいよ、大丈夫。それより寝不足?」

「えっ?」

「眠気に襲われたって言ってたけど、昨日はちゃんと眠れていないの?」

「いえ、ぐっすり眠れましたけど……?」


 質問の意図が分からなくて首を傾げたら、工場長が腰をかがめて私の耳元で私だけに聞こえるような声でささやく。


「っというか、ちゃんと家には帰れた?」


 その言葉に、私は反射的に工場長から身を引いて距離をとる。

 これは……、工場長は昨日、私が歩いて帰ったと思ってるんだよね……?

 実は社長の家に泊めてもらいましたとか言ったら、ダメなカンジだよね……?

 なぜだか昨日の工場長は、私が社長の家に泊まることを嫌がっていた様子だったから、私は慌ててこくこくと首を縦に振る。


「……大丈夫です、ちゃんと家で寝ました」


 うん、嘘は言ってないよ?

 家って言っても、自分の家じゃなくて社長の家なだけで。

 隠し事をしているのが後ろめたくて冷や汗が噴き出してきそうで、私は工場長との会話をぶった斬る。


「ああっ! 早くセーターやらなきゃっ!」


 わざとらしかったかもしれないけど、私はくるっと工場長に背を向けて作業に集中するふりをした。

 なんとなく、社長の家に泊まったことを隠してしまったけど、工場長と普通に話せたのは良かったのかな。

 待ちに待った昼食を終えて作業に戻り、自分の分の作業を終えてしまった私は包装の手伝いをしていたのだけど。

 立体の包装機の包装紙を使い切ってしまった。

 包装紙といってもビニールで筒に巻かれれている。いままで自分が包装をしている時に包装紙がなくなったことがなくて、包装紙を取り換えたことがないから途方に暮れてしまう。

 いちおう、新品の包装紙のストックがある場所は分かるんだけど、それはとても重くて、運ぶだけでへとへとになってしまった。

 さて、ここからが問題。

 ストックを運んだはいいけど、付け替え方が分からないんだよねぇ……

 普段、包装するときに、包装紙がどこを通って出てきているかなんて気にして見ていなかったから、どうやってセットしたらいいのか分からない。

 そもそも、包装機の上の方に手が届かないから、やり方が分かってても包装紙をセットすること自体が無理なんだけど……

 周りを見渡して、手が空いている人にやってもらおうかと思っていたら。


「宇佐美さん?」


 かけられた声が、まさに天の助けに聞こえた。




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