恋にハプニングはつきもの? 8
※ 1話抜かして更新してしまったので訂正します。すみませんっ!
「本当にすみませんでしたっっっ!!!!」
すごい勢いで頭を下げて謝った私に、グレーの上下スウェトに身を包んだ社長がなんとも申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「いえいえ、こちらこそ、お見苦しいものをお見せしました……」
「そんなっ、悪いのは私なんです。社長が使ているとも知らずにバスルームに入ってしまって」
再び頭を下げようとしたら、社長に押しとどめられてしまい、涙目で社長を仰ぎ見る。
「宇佐美さんが謝る必要はありませんよ。まあ、女同士だと思っていたんですから、本当だったら別に問題はないわけで」
そう言って苦笑する社長をまじまじと見つめる。
お風呂上りでしっとりと濡れた黒髪を背中にながし、形のよい唇、すっきりとした目鼻立ち。地味なスウェットを着ていても、どこからどう見ても眩い美人さんの社長が、男だなんて……
その事実が衝撃的で、寝ぼけていただけにさっき見たことは夢だったのかと思えてしまう。けど。
「まあ、見られても私的には問題ないしね」
勝気にウィンクしてみせるその表情すら色っぽいのに、内容がやっぱりさっきのは見間違いじゃなくて現実だったんだと思い知らされる。
なんだか、頭が痛くなってきた……
ええっと、つまり……
こんなに美人な社長は、実は男性で、工場長のお姉さんじゃなくてお兄さんっていうことで……
でも、女性の格好をしているってことは心は女性ってことなのかな……!?
ぼふっと音を立てて頭から湯気が出そうだった。
もう私の頭では整理できない出来事ばかりが立て続けに起こって、頭が混乱している。
うぅ……
涙目で見上げれば、困ったような優しげな苦笑を社長が浮かべる。
「ごめんね、混乱させちゃって」
社長は慈愛にみちた瞳を細め、ぽんぽんと頭をなでるから、ついその瞳に見とれてしまう。
ふっと微笑みを深くした社長は少し照れたように頬を染め。
「どうしてこんな格好をしているか、できれば説明させてもらいたいんだけど」
そこで言葉を切った社長は、苦笑してリビングの壁に視線を向けた。
つられて視線の先を追えば、壁に掛けられた時計が出勤時間三十分前を指してて、私は声にならない悲鳴をあげた。
「~~~~~~っ!!!!」
超特急で支度を済ませ、社長に促されるまま社長の車の助手席に乗り込み、ぺこぺこと頭をさげる。
「すみませんっ、すみませんっ!!!」
ハンドルを握り、視線を前に向けたままちらりと私に視線を向けた社長は苦笑する。
社長の家から工場までは車で三十分かからない距離だけど念のために一時間前には家を出ようと言われてそのつもりで支度をしていたのに。
衝撃的な出来事に頭が正常に起動するまで時間があまりにかかってしまって、とっくに家を出る予定の時間を過ぎてしまっていた。
家を出る時間が遅くなったのも、その原因を作ったのも自分で、朝の渋滞にはまって遅々と進まない車の中で、私は平謝りするしかない。
「ほんとにすみません~~っ!!!!」
それなのに。
「ははっ」
って笑われてしまった。
「そんなに謝らなくていいのに。宇佐美さんのせいじゃないから」
「気をつかわせてしまってすみません……」
「ははっ」
また謝ったら、肩を震わせて笑われてしまった。
子供みたいに無邪気な表情で笑っている社長に見とれていたら、ふいに真剣な表情で名前を呼ばれてどきっとする。
「宇佐美さん」
「はい……」
「今度ちゃんと説明するからそれまでは、今朝見たことは宇佐美さんの胸に納めておいてもらえるかな?」
その言葉に、昨日の社長の言葉を思い出す。
『うちの両親離婚しててさ。まあ、恥ずかしい話なんだけど家の事情というかね、いろいろあって』
なんともいえない複雑な表情を浮かべて語った社長。
きっと私なんかが踏み込めないような深い事情があるのだろう。それなのに、ちゃんと説明をしてくれるという社長の誠実さが伝わってくる。
工場長と兄弟だということも、本当は男性だということも、おそらく工場の人は知らないのだろう。工場を混乱させないように今は黙っていてほしいと言っているのだろう。
こんな重要なこと、本来なら有無を言わせず黙らせてもいいのに、頭を下げてお願いされたら――頷かないわけにはいかない。
「大丈夫ですよ、誰にも言いません」
にっこりと微笑んで言えば、なんとも艶っぽい流し目で見られて、胸がきゅんっと痺れる。
わわっ……
色気がすごすぎるっ!!
眩しすぎる笑みに、動悸の激しい胸を押さえて顔をそむける。
いままで社長と接することが少なかったから、工場長と社長が兄弟だと聞かされてもあまり実感がなかったけど、この色気駄々漏れの微笑みは、工場長のお兄さんなんだって思わせるのに十分だった。




