表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
love it  作者: 滝沢美月
4便
27/78

恋にハプニングはつきもの? 7



「おとうと……?」


 きょとんと首を傾げて聞き返したら、ふふっと苦笑されてしまった。


「でも、苗字が違いますよね……?」


 納得しそうになって、はたと気づく。工場長は紅林で、社長の姓は緒方だ。

 姉弟なのに苗字が違うのっておかしくない……?


「んー、うちの両親離婚しててさ。まあ、恥ずかしい話なんだけど家の事情というかね、いろいろあって」


 なんともいえない複雑な表情を浮かべる社長に、これ以上踏み込んではいけない気がした。


「そうなんですね……、あっ、だから姉弟だってこと伏せてるんですか? 私なんかが聞いてしまってよかったんですか……?」

「私や柊吾から従業員に言ったことはないからほとんどの人が知らないと思うけど、別に隠してるわけでもないから。まあ、宇佐美さんなら誰かに言ったりしないと思っているし」

「はい、誰にも言ったりしませんっ」


 暗に秘密ねって言われた気がして、私は力強く頷く。

 でも、そっか。工場長と社長は姉弟なんだ……

 それなら下の名前で呼び合っても不思議じゃないし、家が隣なのもお家の事情かもしれないし。

 なんだか工場長と社長の仲を疑ってしまったことが申し訳なくて、勝手に勘違いしていたことが恥ずかしくなってくる。

 でも、よかった。工場長と社長が付き合っているとかじゃなくて……

 ほっと吐息をついたら、社長がぎょっとした顔をする。


「えっ? あっ、あれ……?」


 自分の声に首を傾げる。

 もしかして私……、考えてること喋ってた……?

 視線を社長に向けたら、社長がいかにもおかしそうにぷぷっと噴き出して笑い出した。


「宇佐美さん、そんなこと心配してたんだ~? ほんとっ、宇佐美さんって可愛いねぇ~」


 言いながらふわりと頭をなでられて、なんだか子ども扱いされている気がしたけど、別に嫌ではなかった。

 社長ってお姉さんってカンジがする。

 私は一人っ子だから兄弟がいるのに憧れてて、お姉さんがいたらこんな感じなのかなぁと思った。


「じゃあ、このタオルと着替え使ってね。バスルームはここで、ゲストルームはさっき案内したから分かるよね?」

「はい……、なんだかすみません……」


 タオルを受け取りながら、ちょっと項垂れる。

 あれだけ帰るって言ってたのに、社長と話していたらすっかり遅くなってしまい、電車は運転再開したものの終電には間に合わず、社長と工場長が付き合ってるとかじゃなくて安心したらなんだかどっと疲れが出て歩いて帰る気力もなくなってしまって、結局、薦められるまま社長の家に泊めてもらうことになってしまった。

 社長が工場長のお姉さんだと分かって、苦手意識が薄くなったというか、まあ女同士だから泊めてもらってもいいかなと思ってしまった。

 社長――と工場長――の住むテラスハウスは、一階にリビングダイニングキッチンとバスルーム、二階に三部屋あり、境界線の壁がくっついているということ以外はほぼ一戸建てと同じ間取りだ。

 工場長の家には玄関に入っただけだったけど、きっと同じ間取り、もしくは反転しただけの間取りだろう。

 ファミリー向けっていうの?

 こんな広い家に工場長も社長も一人暮らししているなんて、実家はもしかして資産家とかなのかな……?

 社長やってるくらいだし……?

 そんなことをぼんやり考えながらお風呂に入り、客間だと案内された部屋に向かった。

 社長はまだ仕事をするからと、私をお風呂に案内したあと自室に行ってしまった。


「朝風呂派だから、私のことは気にせずゆっくり浸かってね」


 と言われてお言葉に甘えていつもどおり長風呂して、お風呂の中でいろいろ考えてしまったりして。


「お風呂出た後も声かけなくていいから。私も仕事終わったらそのまま寝ちゃうと思うし。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 挨拶を返した私を見て微笑み、脱衣所から出て行こうとした社長は何かを思い出したように振り返る。


「そうそう、朝は一緒に出勤しようね。誰かさんと違って私の車は家にあるから」


 ふふっといかにも面白そうに社長が笑う。

 ああ、工場長のことを言ってるんだなと分かって、工場長が車を工場に置きっぱなしだということを思い出す。


「あの……、工場長も一緒ですか……?」


 明日、工場に行ったら絶対に工場長とは顔を合わせることになるけど、昨日の今日というか、今日の明日朝一で顔を合わすのは心の準備が出来ていないというか、気まずすぎる。

 おずおずと尋ねると、私の心情を察したのか、社長がにんまりと微笑む。


「まさか。いい大人なんだから自分で行けるでしょう」


 そう言って微笑んだ表情があまりにも弟をからかって楽しんでいるお姉さんって表情で内心苦笑がもれた。

 まあ、それもそうか、というか。私的には工場長が一緒じゃない方が気持ち的に余裕ができるというか。

 そんなことを思い出しながら、客室のベッドにもぐりこんだ私はものの数分も経たずに夢の中へと落ちていく。

 なんと言っても今日はいろいろありすぎた。

 仕事に向かう途中、坂道を一気に下ったら前から飛んできた羽虫が口の中に飛び込んでくるから慌てて吐き出して。

 赤信号で止まってたら新調して袖を通したばかりのコートにカラスのフンを落とされて。

 それで気が動転していたら時間が経ってしまっていつものタイミングで踏切を渡れず、朝の通勤ラッシュ時間帯で右からも左からも次々に電車がやってきて結局全部で八台も電車が通過するのを待たされて。

 出勤時間超ギリギリで事務所に駆け込んだら、何もないところで躓いて派手に転んでしまった。しかも工場長の目の前で……

 そでだけではとどまらず、工場長のお財布という厄介なものを拾ってしまい、届けに行ったら工場長と社長が隣の家に住んでいるという衝撃の事実……

 まさか二人は付き合っているのかと悩んでいたら、なんかよく分からない理由で工場長に逆切れされて、キス……されて……

 人生史上最悪な運勢だったであろう今日が終わって眠りに落ちていく中、誰がこの後、とんでもない出来事に遭遇するなど予想ができるだろうか――



  ※



 翌朝、大きなベッドの中で目覚めた私は、一瞬、ここはどこなのだろうとぼけたことを考えてしまった。

 朝に弱く寒さにも弱い私は、冬の朝は目が覚めるまでにものすごく時間がかかる。

 目は覚めているのだけど頭は覚めていないというか、目覚ましが鳴ってベッドの中で身を起こしてからが長い。なんとか体を起こしたものの、寒さに耐えられなくて布団を体に巻きつけてそこから動くことができない。

 なんとか室内の冷気になれてきた頃、脱衣所に向かうためにベッドから降りとぼとぼと歩き出す。

 ぼんやりとした思考の中、ここが自分の家ではなくて社長の家だということと、バスルームの場所だけはどうにか思い出す。

 顔を洗うまでは瞼も半分しか空いていないし、思考もぼんやりしている。

 まだぜんぜん目覚めたとは言えないぼぅーっとした状態でなんとかバスルームに着いた私はバスルームに入り、顔を洗うために流しの栓に手を伸ばした。その時。背後でばたんっと扉の開く音がする。

 その音は、廊下と脱衣所をつなぐ扉ではなく、脱衣所と浴室をつなぐ扉が開く音だった。

 寝ぼけた状態でバスルームに入った私は、そこに脱ぎ捨てられた服が置いてあることも、浴室に人がいることすら気づいていなくて。

 音のする方へ振り返った私は、一瞬前まで瞼がくっつきそうなほど閉じていた私の瞳を最大に見開いた。

 だって、そこにいたのは社長なのに――

 あるはずの胸がなくて、ないはずのものがついていた。

 あまりの衝撃に、手に持っていたフェイスタオルがはらりと舞い落ちた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ