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love it  作者: 滝沢美月
4便
24/78

恋にハプニングはつきもの? 4



「もう遅いから、うちに泊まっていけば――?」


 妖艶な笑みを浮かべて言った社長の言葉に、一瞬、頭の中が真っ白になった。


「なっ、に、言ってるんですか……っ!? 社長の家に泊まるとかあり得ないですって! 電車で帰るから大丈夫ですっ」

「あー、それがね」


 首を傾げた社長はなんとも言いにくそうに言葉をそこで切る。


「電車で帰れないと思うよ?」

「……?? 終電までまだ時間あると思うんですけど……」


 まだ二十二時だ。ぜんぜん余裕で帰れると思うんだけど……

 口には出さなかった私の疑問に気づいて、社長は困ったように頷く。


「さっき人身事故があって電車止まってるみたいなんだ。動き出すまでの時間と宇佐美さんの家の最寄駅の路線の乗り換えを考えると、ギリギリ帰れないと思うよ」


 さっき歩道ですれ違った人が人身事故で電車が止まっていると言っていたのを聞いたらしい。それで携帯で調べてみたら本当に人身事故で電車が運転見合わせていた。人が亡くなったみたい、と社長がつけたす。

 確か、この近くを走っている路線は複数の路線が乗り入れてて運転見合わせだと復旧に一時間はかかる。復旧後も順番に電車が動きだすのにかなり時間がかかるだろう。

 おまけに、ここの最寄駅から家まではまっすぐ行ける電車がなくて二回乗り換えてぐるっと遠回りして帰る形になるから帰宅に一時間以上かかる。

 しかも最悪なことに、うちの最寄駅に止まる終電が結構早い時間だということ。

 微妙なところだけど……、途中で帰れなくなる可能性が高い。

 まあ、最悪、行けるとこまで電車で帰って、そこからは歩いてもいいかな~

 なんて考えていたら。


「だめだからね。女の子をこんな時間に一人で歩かせたりできないよ」


 考えていることを見透かしたように、鋭い声で社長に指摘されてしまった。


「大丈夫ですよ~、もう子供じゃないですし。ちゃんと家まで帰れるので安心してください」

「子供じゃないから心配してるんだよ……」


 横を向いてぼそっともらされて、私は首を傾げる。


「柚希の言うとおりだよ。それに、その格好で歩いたら風邪ひくよ?」


 言われて自分の格好を見下ろす。

 薄手の膝丈のキルト生地のコートを羽織ってて、マフラーや手袋はしていない。

 すっごく寒がりで、仕事中もマフラーを巻いているくらいなんだけど。自転車に乗ると暑くなってきて、マフラーと手袋をはずして自転車のかごに入れて……そのまま盗まれてしまった。

 確かにマフラーがないのは厳しいかもしれない。でも。


「大丈夫でよ~、帰れます~」


 私には帰るという一択しかない。それなのに。


「そんな風邪ひきそうな格好で帰すわけにいかないよ。それにこんな遅くまで引き留めてた責任あるし。ねっ、うちに泊まっていきなよ」


 あまりに優しい笑みを向けられて、思わず頷きそうになってしまった私の腕が、いきなりぐいっと後ろに引かれた。

 振り仰げば、切羽詰まったような表情の工場長がまっすぐに私の瞳を射抜いた。


「だめだ……」

「えっ……?」


 あまりに低くかすれた声でつぶやかれて、私は思わず聞き返してしまう。


「あいつの部屋になんか危なくて泊められるか……」


 苦々しくこぼした工場長の言葉に私は内心首を傾げる。

 なに? 社長の部屋ってそんなに危険なものがあるの――??

 私の疑問などお構いなしに工場長は一つため息をつくと、鋭い眼差しを社長に向けた。


「とにかく、宇佐美さんがここにいるのも、こんな時間まで引き留めたのも俺のせいだから、宇佐美さんの面倒はこっちで見るから」


 言うと同時に、工場長は私の腕を掴んでいた手で器用に私の手に絡めとり、手を繋いで自分の家の玄関へと向かう。

 私は引っ張られるまま小走りについていきながら、残される社長を振り返ったんだけど。

 社長はこの上なく面白そうな微笑を浮かべているから、なぜそんな楽しそうに笑っているのか分からなくて、私の頭は疑問符がいっぱいになる。

 工場長は私の手を握ったまま器用に片手でポケットから鍵を取り出して玄関の鍵を開け、中へと促した。


「どうぞ」


 と言われましても……

 私は広々とした玄関ホールに招き入れられて、そこでどうしたらいいものかと固まってしまう。

 だって、私は泊まるなんて言ってないし。

 確かに、社長の家に泊まるとかあり得ないって言ったけど!

 工場長の家に泊まる方が更にあり得ないでしょうっ!?

 なにこの展開!?

 神様の悪戯ですか……!?

 こんなシチュ望んでませんよぉっっっ!!!

 心の中で、絶賛悲鳴中の私の横で気配が動く。

 固まった私を、先に上がることを遠慮していると勘違いしたのか、工場長が私の横を通り越して靴を脱いで家にあがった。


「宇佐美さんもどうぞ」




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