君が言う愛の言葉は全部僕のもの
「よしっ! じゃあ、さっさとやっちゃいますかぁ~」
「どんどん終わらせよー」
梅田さんと本町さんと工場長がわいわいと盛り上がっているのを、少し離れたところで衣装のボタン付けをしながら見ていた私は、口元にくすりと笑みを浮かべる。
社員旅行も終わり、今日は給料日。そして今年最後の給料日。
うちの会社は個人情報を管理するのが面倒とかいう理由で口座振り込みではなく、お給料は現金で手渡しされる。
だからか、お給料日はさっさと仕事を終えて飲みに行こうという流れになる。
いつもならそれぞれの出荷時間分が終わって少し余裕があれば、十分くらいの休憩を挟む。ずっと立ちっぱなしだから、水分補給したり、お菓子をつまんで小腹を満たしたり。
だけど今日はそんな休憩をほとんど挟まずにどんどんと水洗いが終わって上がってくる衣装にアイロンをかけていくみんな。
早く終わらせて飲みに行く、という目標のためか、みんな瞳を輝かせて意気込んで仕事をしている。
飲みに行くってだけでやる気が出ちゃうのが、なんだか子供っぽくて、大きくなっても男の子って感じがしてくすっと笑ってしまう。
なんだかその光景が微笑ましくて見ていたら、ふいに振り返った工場長と視線がばちっとぶつかる。瞬間、ふうっと瞳を細めて微笑まれて、胸がきゅんっとする。
もともと端正な顔立ちに、艶やかな微笑みを浮かべた姿は天使の御使いのようで。
ついつられて、へにゃりとふやけた笑みを返してしまう。だけど。
工場長はそれでも私をまっすぐに見つめてきて、その瞳がこの上なく優しくて、うっとりするほど素敵で、まるで愛しいものを見つめるような甘やかなきらめきに彩られていて、くらっとしそうで慌てて視線をそらした。
なんで、いっつも工場長って無駄に色気垂れ流しなんだろう……
あんな瞳でじぃーっと見つめられたら、もしかして……って勘違いしちゃいそうになるから困る。
数日前、理由は分からないけど工場長を怒らせて、ちょっと冷たい態度をとられて。社員旅行中にもまた怒らせて。
でも、旅行から帰ってきたら、工場長はいつも通りの工場長に戻っていた。
工場長の後ろのアイロン台でアイロンがけしている時に、皺のすごい衣装があって、皺が伸びやすくなるように霧吹きをかけていたら、くるっと工場長が振り返って。
「いま、俺に霧吹きかけた?」
なんて聞いてくるからびっくりする。
「かけてませんよぉ。衣装にむかってかけてだけですっ!」
本当に工場長に向かって霧吹いたりしていないけど、そんな風に言うってことはきっと衣装にかけた時に跳ね返って工場長にかかってしまったのだろう。そう思ったから、次に霧吹きを使う時はちゃんと手でガードして工場長の方にかからないように細心の注意を払ったら。
「あれ、もう霧吹きかけてこないの?」
とか、にやにやして聞いてくるし。
ほんといつも通りに戻っていた。
いちいち私のファッションに口出してきて、くだらないことでからかって、子ども扱いで、ちょっと意地悪な工場長に。
たぶん、旅行から戻ってきたのと入れ違いに後半組が社員旅行に行ってしまい、衣装の点数を押さえてもらっているとはいえいつもの半分の人数で工場を回さなければならなくて、あまりの忙しさに怒っている場合じゃなくなったのかもしれないけど。
あとなんとなく心当たりもある……
※
「工場長っ、あの……」
コンビニでの買い出しから旅館に戻り、飲んでいる部屋に向かって通路を歩いている工場長の背中に声をかけた。
足を止め振り返った工場長に対し、私はがばって勢いよく頭を下げる。
「買い出しの荷物を持っていただきありがとうございます。それから、コートまで貸していただいて……、すごく暖かかったですっ」
言いながら、肩にかけていたコートを脱いで軽く畳んでから工場長に手渡した。
工場長は無表情のままじぃっと私を見下ろしていて、私は続いて言おうとした言葉を躊躇する。
「あのっ、それで……」
歯切れ悪く、なかなか言い出せない私を見て、工場長がふっと困ったような微笑を浮かべた。
「なに……?」
「私が工場長のコートを使ってしまったせいで工場長が風邪を引いた時は、ちゃんと責任とりますからっ!」
勇気を振り絞って勢いよく一気に言い切った私は、じっと工場長を見上げた。
工場長に風邪ひかれたら、困るよぉ……
工場長がいないと仕事が上手くまわらなくてみんなが困ちゃうよね……
そんな思いで言った言葉だったんだけど、工場長は瞠目して私を見下ろす。
その表情はまた無表情で、静かな声で尋ねた。
「責任、って……?」
「それはもちろん、責任もって看病しますっ」
勢いよく答えたら、工場長は顔を手で覆って天井を仰いでしまった。それから。
「はぁぁぁ~~……」
呆れかえったような盛大なため息をつかれてしまい、私はおろおろする。
私またなにか工場長を怒らすようなこと言っちゃったかな……!?
「あのっ、もちろん、工場長がよければ……ですよ? 私の看病なんかより、あの……。あっ、社長の看病の方がよければ、社長に私から誠心誠意お願いしますからっ」
自分が倒れた時に社長が側にいてくれたことを思い出して社長の名前をあげる。
「なんで、そこで柚希の名前がでてくるのかな……?」
心底嫌そうな顔で、ぼそっと呟かれて。
「だって、社長が工場長のこと下の名前で呼んでいたので、二人は親しい間柄なのかと……」
「まあ、それは間違ってはいないけど……」
そう言って、ぷいっと横を向いた工場長の顔を見上げたら、その頬が心なしか赤くなっていて、なんとなく気に食わない。
やっぱり親しいんじゃん。
工場長だって社長のこと下の名前で呼んじゃってさ……
別に私が工場長と社長の関係をどうこういえる立場じゃないけど、もやもやする。
赤くなっている工場長なんて初めてみるけど、社長のことを考えて赤くなっている工場長なんて見ていたくなくて。
「じゃあ、失礼します」
ぺこっとお辞儀して工場長の横を通り過ぎ、先に部屋に入ろうとしたら、ぐいっと後ろから腕をつかまれた。
「待ってっ」
私は後ろに引っ張られる形で振り返り、工場長を振り仰ぐ。
「なんですか……?」
「あいつには頼まないで。宇佐美さんが、責任とってくれるんでしょ?」
斜めに見おろし、からかうように工場長の眼差しが甘くきらめくから、心臓が一つ、ドキンと大きく揺れる。
瞬間、自分が言ったことの意味を理解して。
ぼぼぼっと火が噴きそうなほど顔が一気に赤くなる。それが自分でも分かってしまい、叫び出したいほど恥ずかしくなる。その様子を見た工場長が、天使のような美麗な口元にひどく楽しそうな笑みを浮かべたのは言うまでもない。
ただ、風邪を引いたら責任もって看病するって意味で言っただけなのに。
『ちゃんと責任とります――』
まるでプロポーズみたいなセリフを吐いてしまった自分に気づき、穴があったらすぐに埋まってしまいたいほど羞恥心で身を震わせた。




