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love it  作者: 滝沢美月
3便
18/78

こんなに近くにいるのに遠く感じるのはなぜ? 5



 結局、暁ちゃんが一緒に行ってくれることになり、他の従業員の方にそのことを伝えてさっそく探勝歩道へ向かった。

 暁ちゃんは渋々ではあったけど自分のコートを着てくれて、でもその代りに暁ちゃんのマフラーを押しつけられた。すでに自分のマフラーをしていた私は、自分の分と暁ちゃんの分の二本のマフラーを首にぐるぐるまく羽目になってしまった。

 探勝歩道は、大涌谷から出発したのが良かったのか、ゆったりとした坂道は歩きやすく、途中はポスターに使われたであろう石畳もあった。歩道の両脇は鬱蒼とした緑に包まれ、緑のトンネルの中を歩いているような感覚だった。息を吸い込めば、爽やかな香りが鼻をくすぐり、大自然を感じさせた。

 歩道といってもアスファルトで整備された道ではなく、ほとんどが地面は土で、坂道か石の階段だった。

 でも、都会じゃ経験できないような探勝歩道に大満足だった。

 姥子駅の手前にあった見晴台での景色も絶景だった。

 暁ちゃんと他愛もない会話に花を咲かせ、山道を下り、三十分のハイキングはあっという間に終わってしまった。

 時間はまだたくさんあるし、この勢いで桃源郷まで歩いていこうかって言ったら、さすがに暁ちゃんに怒られてしまった。

 ほんとにもう、風邪はぜんぜん大丈夫なのになぁ……

 暁ちゃんって過保護だ。そう思いつつも、私のことを心配して言ってくれているのが分かるから、私は素直に暁ちゃんの言うことを聞いて姥子からロープウェイに乗って宿に戻った。

 私と暁ちゃん以外の人達のほとんどは大涌谷からまっすぐ宿に戻りゆっくりしてて、女性陣三人は彫刻の森美術館に観光に行ったらしい。

 夕食は旅館の大広間を襖で間仕切った広間で、工場長の乾杯の音頭から始まった。

 縦長に繋がれたテーブルの上には海の幸山の幸てんこもりで、美味しそうな会席膳が並んでいる。

 席順はくじ引きで、いままで交流があまりなかった人とも話して親睦を深めようということなんだけど、テーブルの一番端っこを引いた私の隣は偶然暁ちゃんだった。

 もちろん暁ちゃんとばかり喋っていないでこれまであまり話したことなくて近くの席になった人とも出てきた料理について話したり、仕事は慣れたかって聞かれたことから始まっていろんな話をした。

 食事とお酒がすすみ場も盛り上がってきた頃、暁ちゃんは中央の席の人達に呼ばれて行ってしまい、暁ちゃんとの会話が中途半端に途切れてしまった私はまだ手の付けていなかった小鉢を引き寄せながら、ちらっと視線を奥に向けた。

 私は入り口側の端で、一番離れた席、部屋の奥の端に座っているのは――工場長。

 梅田さんや他の従業員と談笑している工場長の姿を視界の端に捕らえて、なぜだか一気に頬が上気する。

 風邪で倒れたばかりだからとお酒は乾杯の一口しか飲んでないはずなのに、なんだか体がぽかぽとして顔が熱くなる。

 酔ってるわけじゃなくて、ただ工場長の姿を見ただけで、すべてがどうでもいいような気分になってくる。

 ふと、朝から一言も工場長と話していなかったことに気づく。

 仕事場以外で工場長とこんなに長い時間一緒にいることは初めてなのに、牧野さん達女性陣と一緒にいるか暁ちゃんとばかりいて、なんだかもったいないことをしてしまったかなと思う。だけど。

 いつもだったら、くだらないことでいちいちからかってくる工場長がふざけてでも話しかけてこないから、自分から話しかける勇気が持てない。やっぱり私のことを怒っているんだ。

 なにをやったのか考えても全然わからないけど、工場長を怒らすような失敗をなにかしちゃったんだ。

 だからきっと、話しかけてくれないんだ。

 そう思ったら、大自然を満喫して、美味しい料理を食べてうきうきとしていた気分が一気にどん底まで突き落とされる。

 もう早く部屋に帰って寝たい……

 遠目にでも工場長の姿を見るだけで、胸が苦しくて、もどかしくて、泣きそうになる……

 それなのに。どうしてこんなことになっているんだろう――……



  ※



 私をこんな状況にさせた神様ってやつを呪いたい気分ではぁーっと小さなため息をついたら。


「宇佐美さん、大丈夫? もしかして体調悪い?」


 聞こえないくらい小さなため息だったのに、隣を歩く工場長に心配そうに声をかけられて、心臓が飛び出しそうなくらい驚いて声がどもってしまう。


「ぃいえ、大丈夫です……」


 慌てて顔をあげて否定して、でも、工場長と視線があった瞬間、ぱっと視線をそらして俯いてしまった。

 うわぁ……、なんて態度悪いんだろう、私……

 隣で、ふぅーって小さな吐息が聞こえて、もう顔があげられそうになかった。

 絶対、工場長、呆れてるぅ……! 怒っていらっしゃるっっっ……!!

 内心、ぶるぶると震えあがる。

 なんで今、私と工場長が二人で夜道を歩いているかというと……



  ※



 広間での夕食を終えて解散かと思ったら、部屋に戻って二次会をするのが恒例らしい。

 断りの言葉を口にするよりも先に周りに引きずられるように二次会をする部屋に連れていかれ、いつの間に用意したのか――たぶん、私と暁ちゃんが探勝歩道ハイキングをしている間だろう――おつまみやお菓子、缶チュ―ハイや芋焼酎などの瓶が机の上にずらっと並べられていた。

 ほとんどの人がすでに夕食時からお酒を飲みへべれけになっているのに、飲むわ飲むわで、かなりたくさん用意されていたお酒があっという間になくなってしまい、「酒足りないから買い出しに行ってきて、お願い~」と言われて新人の私が買いに行くことになったんだけど、そこでなぜか工場長が同伴することになってしまったっ!

 理由は暁ちゃんが潰れてしまったから……

 私も暁ちゃんもお酒は強い方でよく一緒に飲みに行くけど、暁ちゃんが酔いつぶれたところなんていままで見たことがなかったのに。

 夕食時に同じフロアの人に呼ばれて、結構なハイペースで飲まされていたからなぁ……

 暁ちゃんはザルだと思ってたから、暁ちゃんの潰れたとこ見れたのはちょっと得した気分、だけど。

 この時ばかりは、暁ちゃんに酔いつぶれてほしくなかった……

 暁ちゃんが酔ってさえいなければ、工場長が同伴を名乗り出たりしなかったんだ。

 ほとんどの人が酔いがまわり買い物に行ける状況じゃない中、新人でしかもほとんど飲んでいなかった私は買い出し係に最適だった。

 でも、一人で買い出しは重たいだろうし、夜に女の子一人で出すわけにはいかないって工場長が言いだして……

 だからってさ、わざわざ工場長が買い出し係なんてしなくていいのにっ!

 前半組でのトップ重役が買い出し係とかありえないしっ!

 なぜか工場長はほとんど飲んでなくて、ってかお酒に強くて酔ってないだけかもしれないけど、私以外で買い出し係に適任なのは工場長しかいなくて。酔って判断力が鈍ったのか、工場長という肩書でもそんな扱いなのか……

 誰も工場長が買い出しに行くことを止めてくれないし……

 そんなわけで、私的にはすっごく不本意だけど、工場長と二人っきりで、旅館の近くのコンビニまで買い出しというわけで。先ほどのため息と会話につながるんです。

 旅館を出て少し坂を上ったところにコンビニがあるって教えてもらって、迷わずに行けるかなってちょっと心配だったけど、旅館を出て先を歩く工場長の足取りに迷いはなくて。

 まあ、毎年この旅館に社員旅行で来てるなら周辺地理に詳しくても当たり前かもしれないけど、もしかして……という予感が頭をよぎる。

 もしかして、毎年、追加のお酒の買い出しに行ってるのが工場長だったりして……

 なんとなく、ひしひしとそんな気がする。

 旅館の横の坂道は見上げるほど傾斜がきつく、下駄できたのは失敗だったかなと思う。

 昼間、探勝歩道を歩いてちょっと汗をかいたのと、夕飯まで時間があったから一度温泉に入って、着てた服をもう一度着るのもなんとなく嫌だったから旅館の浴衣を着ているから下駄なんだけど。

 浴衣といっても、よくある旅館の名前の入っているようなやつじゃない。もちろん、部屋にシンプルな浴衣は置いてあるんだけど、何十種類もある浴衣の中から好みのものを選んで借りることも出来る。

 旅館に着いてすぐ、牧野さん達先輩女性に連れられて浴衣を選んで借りていたから、せっかくだからその浴衣を着ているのだけど。

 浴衣姿で工場長と並んで歩いているなんて、すっごく緊張する。

 もちろん外に出るからって浴衣の上には羽織を着てきたから、ほとんど浴衣は見えないけど、なんだか恥ずかしい気分になってくる。

 ほとんどない街灯に照らされた前を歩く工場長の背中を見上げて、私はほうっと吐息をつく。

 工場長が浴衣姿じゃないのがちょっと残念とか思ってしまう私って、変態かな……

 工場長の浴衣姿、見たかったな……

 視線を地面に落とし、ふっとそんなことを思ってしまった。




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