表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
love it  作者: 滝沢美月
3便
14/78

こんなに近くにいるのに遠く感じるのはなぜ? 1



「おぉー、すっげぇ~!!」


 驚きと喜びの入り混じった感激の声を暁ちゃんがあげた。

 暁ちゃんの隣に立ち、両手で自分の荷物を持つ私も同じように目の前の光景を見て、感嘆の声をもらす。


「ほんと……、すごっ……」


 見上げた先には茅葺の門構えと鬱蒼と茂った木々の奥に歴史を感じさせる三階建ての建物が見える。

 中に足を踏み入れると、まっすぐ天井に伸びた木の柱と季節折々の華やかな花の絵が描かれた壁、庭に面した全面ガラスの窓から光が差し込み明るく照らし出された吹き抜けの空間が広がっていた。

 外観だけでもすごく素敵な旅館だと思ったのに、館内も想像以上に上品で優美な空間に圧倒されてしまう。


「ねっ、ねっ、ほんとにこんなところに泊まっちゃっていいのかなぁ!?」


 隣で私と同じくぽかんと口を開けて突っ立っている暁ちゃんの服の裾をおもわずつんつんっと引っ張って小声で尋ねてしまう。

 なんというか、とても社員旅行で来れるような旅館には思えなくてびびってしまう。


「なんか、社長の知り合いが経営してる旅館だとかで毎年社員旅行にここを利用してるらしいぜ……」


 そんな前情報をもっていた暁ちゃんも呆気にとられたようにあたりを見回していた。

 実は……

 ただいま、社員旅行で温泉旅館にやってきています。

 今年入社したばかりの私と暁ちゃんにとっては初めての社員旅行になるわけで、二人してドキドキ、きょろきょろしっぱなしだ。

 季節が夏から秋に映り始めた頃、工場五階の事務所のタイムカードが置かれた机の上の壁に、ある張り紙がされていた。


『社員旅行日程○月×日~○月×日』


 その張り紙を見た私は、一瞬、目を疑ってしまった。

 社員旅行って……

 だってさ、社員旅行なんてドラマの中やバブル期なんかの遺産じゃないの!? って。

 だいたい祝日もお盆休みも関係なく毎日工場フル稼働しているのに、社員旅行なんて理由で工場を止めていいのだろうか――というもっともな疑問が浮かんでしまった。

 張り紙がされてから数日後、クレーム対応や店舗周りでほとんど工場にいることがない社長が朝礼に参加した時、付け足しのようにそういえばと話題にした。


「もうみなさん見ていると思いますが、今年度の社員旅行の日程が決まりました。基本は全員参加です。っと言っても、工場止めて全員で行くことは出来ないので前半組と後半組で交互に行くことになります。その間、人数が減って作業が大変になるとは思いますが、お互いに協力し合って頑張って下さい。店舗の方にもその間の点数は抑えるように言ってありますから」


 ということで……

 社員旅行に来ているのだけど、てっきり保養施設的なさびれた宿を想像していた私は、想像の斜め上を行く風雅な旅館に気圧されしまっていた。

 そもそも旅行前の出来事で、社員旅行の事なんてすっかり頭から飛んでたし……



  ※



 暁ちゃんや他の従業員の人と夕飯を食べに行って暁ちゃんと飲みに行った次の日。なぜだか工場長の態度がおかしかった。

 暁ちゃんとお喋りしてたら、やわらかい口調で注意されて大量のアイロンがけを押しつけられた。まあ、そこまではよくあることなんだけど。仕事を渡す時の工場長の態度が変っていうか、笑顔なのに瞳の奥は笑ってないっていうか、なんか空気がぴりぴりしてるっていうか。

 なにか工場長を怒らすようなことをしちゃったのかなと、首を傾げた。

 考えても原因らしいことは何一つ思い浮かばなくて、工場長がおかしい気がしたのは気のせいかなと思ったんだけど。

 少し手が空いて、工場長の作業を手伝おうとしたら。


「いいです、触らないでっ!」


 静かだけど張りつめた声で怒鳴られて。

 工場長はちらりとも私を見ようとはしなくて。

 私という存在自体を拒絶するように向けられた背中に、私は胸の奥から溢れてきそうになるものを堪えるようにぎゅっと唇を噛みしめた。

 やっぱり、気づかないうちになにか工場長を怒らすようなことをしてしまったんだと思った。

 でも考えても分からなくて。工場長の突き放すような背中が思い出されて、胸が苦しくて。

 考えるのを放棄するように、ただ夢中でアイロンがけをして。

 なんだか急に頭痛がして、ぶるっと背筋に寒気が走る。

 眩暈で目の前の作業台が大きく揺れ、足に力が入らなくなり、倒れてしまい……

 次に目を覚ました時、事務室の長椅子で横になっていた。そして。

 側に置いた椅子に座って私を覗き込んでいたのは、社長だった。




今回短めですみません。。。

なんとかギリギリ投稿間に合いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ