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love it  作者: 滝沢美月
2便
13/78

恋が実るための秘密のレシピはあるのかな? 8



 初めて体験するクリーニング工場のアルバイト。

 なにが一番大変かというと、夏場の蒸し風呂のような暑さよりも、寒がりな私にとっては冬場の寒さが耐えられなかった。

 工場内は冬場でもアイロンの蒸気や乾燥機などの熱が室内にこもらないようにドアと窓が開け放たれて、常に換気扇が出力強でまわっているためとても冷える。

 そして最悪なことに、窓の真ん前にあるアイロン台が私の持ち場だった。

 寒さがなによりも苦手な私は、私服とエプロンの上にダウンを羽織り、マフラーまで巻いている念の入れようだ。もちろん、衣服の中にはホッカイロを常備し、毛糸のパンツまで履きこむ入念さ。

 そんなにしても寒い。

 換気扇がまわっていて風が通る分、外よりも寒いんじゃないかと思う。

 寒ければ着込めばいいじゃんって思うかもしれないけど、どんなに着込んでも動かなければ足先からどんどん冷えていく。

 作業はもっぱらその場に立ったままでほとんど動かないから、どんどん熱が奪われ、作業中は足先の感覚がなくなるくらい冷えてしまう。

 もともと朝は弱い方なんだけど、今朝はいつも以上になかなかベッドから抜け出せなくて、なんとなく怠いような気はしてて、嫌な予感もしてはいたんだけど。

 休むほど体調が悪いわけでもなくて、その嫌な予感に気づかないふりをして仕事に向かったら……

 このざまだなんて。

 きっと神様は、私の失態をみてお腹を抱えて笑っているに違いない。

 学習能力がないやつって。

 それでも別にいいけど……

 まだ瞼は重くて開かなかったが、うっすらと意識が戻っていく中で、私は自分の学習能力のなさについてぼんやりと考えていたら、心をかき乱すような、どうしようもなく甘く切ないメロディーがかすかに聞こえた。

 誰かがそばで歌っているようだ。

 その聞き覚えのあるメロディーに耳を傾けながら、自分が倒れたことを思い出す。

 実際に倒れた瞬間は覚えていないけど、倒れたんだってことは理解できた。

 自分の悪い癖だって分かっている。分かっているのに、具合が悪いことにも気づかず、限界まで頑張って、頑張って……ぶっ倒れて周りに迷惑をかけてしまうのがいつものことだった。

 小学校の演劇会の時は体がぶるぶる震えるのは気のせいだと言い聞かせ、りんごよりも真っ赤な顔で舞台に立って、風邪でぶっ倒れた。中学の時は学期末試験にむけて寝る時間も惜しんで猛勉強したら、風邪を悪化させて入院し、試験を受けることができなかった。高校の時は教材室まで大きな荷物を運ぶように頼まれて、足元が見えず階段から滑り落ちた。

 そんな自慢にもならない過去にまた一つエピソードが加わってしまった……

 まさかバイト中に倒れるなんて……

 情けなさすぎる。

 いますぐ飛び起きて、大丈夫です、今すぐ仕事できますっ!

 と気分的には言いたいけど、体は怠すぎて起き上がれないし、瞼を押し上げることも叶わない。どうにか意識が覚醒しただけだった。

 ふいに、温かな感触が頭に触れて離れていく。

 まるで硝子細工を扱うような慎重な触れ方。触れるか触れないかの一瞬の出来事だった。


「…………っ」


 苦しげな息をのむ音が聞こえ。


「こんな高熱に倒れるまで気づかないなんて……、頑張りすぎなんだよ……っ」


 低くかすれたその声には苛立ちが含まれているが、気づかうような優しく甘い声音に、瞳を開けていなくてもこの声が誰のものなのか――私にはすぐに分かってしまった。

 もしかしたら、さっきかすかに聞こえた甘く切ないメロディーを口ずさんだ声で気づいていたかもしれない。

 さらっと額にかかる前髪をすくように触れる細く繊細で温かい指先の感触。

 触れた指先から工場長が私を心配してくれている気持ちが伝わってきて、胸の奥が苦しい。

 やっぱり、工場長は優しい。倒れて迷惑かけた私を心配してくれるなんて。

 きっとさっき工場長の機嫌が悪かったのは、やっぱり私が気づかないうちになにかしちゃったんだ。

 そうじゃなかったら、工場長の声がこんな泣きそうに掠れた声になるはずがない。

 やっぱり、私は――工場長が好き――…………っ

 胸に湧き上がる想いに、喉が詰まって、息ができないようなそんな感覚になる。

 ずっとふわふわと胸に渦巻いていた気持ちを自覚してしまった。

 暁ちゃんいわく難攻不落のレベルMaxを攻略するためには、やっぱり、秘密のレシピが必要なのかな――……?




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