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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
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毒草畑と初授業

 ダニエル様は、一晩、小屋で過ごして、夜も明けないうちに港に向かった。

 昨日の内にイザベラさんたちと、港に行かなかったのは、私の事を考えてくれたのだと思うと、悲しい顔はできなかった。


 昨日ダニエル様が一人で使っていた、調理器具や食器や茶葉を譲り受けていた。

『うまそうな匂いがする』

「カマドが一つだからね。たくさんの種類はできないけれど、どうしても食べたいものがあったの」


 梅干しがないから、焼き魚を入れたおにぎりと、豚はいないので、肉汁というべきだろうか、野菜のたっぷり入った汁物を作った。

 ルベはおにぎりを必ず、コロリと転がしてから食べる。

 カーバンクルは、絶対に猫科だと思う。


『次に腹が減ったら、肉だな。熱い生肉はうまいからな』

「うん」

 レアだと教えても、この世界に焼き加減を表現する言葉はない。

 肉は欲しいだけ出てくるが、ルベはどれほどの肉を、保存しているのだろう。



 午前中はルーカス様に会うので、畑の物に触れる事は避けた。

 しばらくは、どこにどのようなものが植えてあるか、図鑑を見ながら調べるつもりでいる。


『この畑はイザベラが毒を盛られた後からできた。動けなくなった神官は自分の治療ができないからな』

「治療のために?」


 自分の孫娘が生死の境をさ迷った時、犠牲者をなくするために、この畑を作ったのだろうか。

 だとしたら、ルーカス様は薬の研究もしている事になるが。


『薬草は毒にもなり、毒草は薬にもなる。白の大陸の薬が売れるのは、草が良いからではない。その過程で光魔法を使うから、効果が上がるのだ』

「ダニエル様の薬が特別なのは、魔力が高いからではなく、練り込む時の魔法が違うの?」

『そうだ』


 確かに、町の薬師様の薬より、教会の薬の方が効くと聞いた事がある。

 治療院に来た患者は、ダニエル様の薬は、特別に効くと言っていた。

 女性の患者は、ダニエル様が男前だからだと言っていたので、聞き流していたが、あれは、まんざら冗談ではなかったようだ。


『ダニエルは、薬師になりたかったのであろうな。許されぬから、口には出さなかったが』

「なんとなく分かっていたよ。旅の途中で興味を示していたのは、薬草だけだったでしょう。光魔法があるのに、あんなに薬がいるかしらと、思っていたの」


『ベスにまで見破られるとは、あれもまだ若いな』

 ルベから見れば、人間はみんな若いと思う。



 私は庭の隅にある建物の前で、待っていた。

「おはよう。待たせてしまったかな?」

 建物の扉が中から開いて、ルーカス様が顔を出した。

「いいえ、今きたところです」


 屋敷から続いているその部屋は、大きな机と数脚の椅子だけしかなかった。

「何もないだろう? 時々魔法を暴走させる者がいて、書物などはおけないのだよ。皆、灰になってしまう」

 ルーカス様はそう言うと、残念そうに眉頭を上げてみせた。


「さて、まずは私と同じ大きさの、光の玉をだしてもらおう。できるかな?」

「はい」

 ルーカス様は出した光の玉を、様々な大きさに変えていく。

 私はそれと同じ大きさの玉を、なんとか真似ようと必死だった。


「さあ、次は、追いかけっこをしよう。ベスはそこから動いてはいけない。私の光から離れないように、光で追ってごらん」

 部屋の床や天井の隅まで逃げる光は、角などを丸く過ぎると、できるまで幾度もやり直す。


「これは、毎日しなければいけない。光の大きさを変え、どんな場所でも光を自由に操る事が、光魔法では大事な事だよ。生き物の体の中は、複雑だからね」

「はい」

「さて、それはベスの努力に任せて、本のある場所まで、きてもらおう」


 部屋には小さな扉があり、そこは階段室のようだった。

「貴重な本もあるからね。湿気さえなければ、地下が一番安全なんだよ。ここは昔、小さな書庫だったのだが、反対側に大きな書庫を建てたので、ここに一部を残して移したんだ。向こうの書庫も使っていいよ」


 また、地下に潜るのかと思う気持ちが、顔に出ていただろうか。

 ルーカス様は少し笑って私を見た。


 地下は思った以上に広く、本がたくさんあった。

「ここの本は、ほとんど病気やけがに関する本だ。いつでも自由に読むといい。学園の図書室も、身分札で入れるようにしておこう」


「学生でなくても使えるのですか?」

「規則さえ守れば、教員の家族や、この地区で働いている者も利用ができるよ」

 無料で、遠慮もせずに図書室に入れる事が嬉しかった。

 情報を得る手段が、人の口と本しかないのは、不便である。


「さて、そこの椅子にかけなさい。少し、話をしよう」


「これには、見覚えがあるだろうか?」

 机の上に出された、しわくちゃの包装紙を見てうなだれた。

 どうせ見られるのなら、もっと上等の包装紙の裏にすれば良かった。


「はい。黒の大陸、イーズリ第二学園の園長室で書いた物です」

 包装紙のせいで、すっかり取り調べをうけている、犯罪者の気分である。

 取り調べを受けた経験はないが。


「ここ白の学園には、いつの時代でも、前世の記憶がある子供が、世界中から集まってくるのだよ。彼らは一様に高魔力者だからね。ベス、私は立場上、彼らの記憶にある世界を記録している。そして彼らの、その後の人生の相談にも、のってきた。どうだろう、良ければ少し聞かせてはもらえないかな? ベスの記憶にある世界の話を」


 私はルーカス様を見つめた。

 白の学園の学園長で、イザベラさんとフォルカ様のお爺さま。

 疑っている訳ではなく、自分の普通ではない部分を見せるのは、思いの外、勇気がいるのである。


『この男は、大丈夫だ。我も、記憶を持つ者をここに連れてきた。大概の者は、この世界になじめぬからな。そんな者が生きていけるように、この家の者は代々、知恵を授け、仕事を見つけてくれる』


「私の記憶は、十六歳までの間ですから、お役に立つかどうかは、分かりませんが、知っている事は、お話します」


 私は地球のいい加減な地図から書き始めた。

 もう少し賢い魂もあっただろうに、と思わずにはいられない。

 ルーカス様は、十六歳の学生だったことを考えながら、質問をしてくれたが、それでも、私は幾度か天井を見つめて思い出すはめになった。


 特に、教育と医療の事は記憶にある全てを、さらけ出したと思う。

 亡くなった祖父母が、病死であった事に、罰当たりだが感謝する日が、来るとは思わなかった。


「なるほど、それであの解答だったのか。白の大陸でも、昔は処刑された罪人の体を調べた事があったようで、それが今ある人体図なんだ。それが、小さな子供が通う学校にあるとは、驚きだね」


 理科室の模型を怖いと思った事はないが、あのまばたきをしない顔は怖くて、夜に見たくはないと思った記憶はある。


「光魔法で体の中を調べて、治療する私たちは、臓器の名前を重視しないが、盲点かもしれないね。その役割をないがしろにする者が多くなる」

 ルーカス様は何かを考えるように、そう言った。


「魔法は便利ですが、なくても困りません。ただ、手術は患者の体力が必要で、祖母は受ける事ができなかったのです。血も流さずに治療ができる治癒の魔法は、本当に素晴らしいと思います」

 それは、私の素直な感想だった。


「ほう、それで第二学園で薬師と治療師の、卒業試験まで受けたのだね」

 私は、うなずいてから、人の人生は背負えないと、ルーカス様に話した。

 神官にもなれない私に、それを学ぶすべがない事も素直に話した。


「誰にも救えぬ命はある。患者やその家族の人生に責任を感じていては、治療はできない。助けようと懸命になる事が大事なのだよ。その姿を責める者は、自分で治すしかないからね。学びたい者が、学べない学園はないよ」

 それは、私以外の人の話だと思った。


「でも、私は……」

 私は顔を上げる事ができなかった。


「ベスが欲しいのは、卒業の資格かな?」

「いいえ」

 それはもらっても、役にはたたない。

 必要な人が、手にすれば良いと思う。


「だから、私が教えるのだよ。神官を目指す学生は、光魔法を身に付けるところから始める。明かりを身につけても、それは治癒魔法を使えるほどには、なかなか育たない。ベスにはその力が既にある。後は、神獣様にお会いして、その力を解放してもらうだけだよ。その時に使えるようにはしてあげよう。浄化の魔法もだね」


 私は驚いてルーカス様を見た。

 私はかつて、白の海賊船で、優しいリッチたちを送った事があったのだ。

 地球の派手なイルミネーションではあったが。


「私、生活魔法を覚えたばかりの頃、浄化しました」

「イザベラから聞いたよ。それは見事な浄化の光だったとね。だがそれは、主神官であるイザベラの魔力でも、足りないものだった。ベスに魔力を貸してくださったのは、ルベウス様だよ」


 私は膝にいるルベを見てから、ルーカス様を見た。

「魔力は貸し借りができるのですか?」

「それができたら、とても便利だろうねえ」

 ルーカス様は、楽しそうに声をたてて笑った。


『人の身では無理だ。我は長く生きているからな』

 きっと、それは嘘だと思ったが、ルベが下手な嘘をつくという事は、きっと話すつもりがないのだろうと思った。



 初めての授業は少し長くなったが、午後からは雑草などを取りながら、光の玉を飛ばしていた。


 夜は小さい風呂だが、ルベと二人でのんびりと入った。

『ああ、極楽、極楽』

「うん、極楽だよねえ」

 まるで温泉にでもいるような会話に、私は小さく笑った。


 風呂上がりは、これからのために自分で髪を乾かした。

『早く、うまくなれ』

「うん」


 毛が倍に広がり、フカフカになったルベを抱きながら思った。


 不器用なままの方が、幸せかも……。








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