白の学園
翌日、私たちは札を見せて、白の学園の門を潜った。
真っすぐ続く石畳の左右に、均等に植えられている樹木は、どこか地球の景色に似ていて、懐かしさを覚えた。
右側には広いグラウンドが見えたが、学生の姿はない。
左側には、大きな二つの建物がある。
「手前が武術学部、奥が魔法学部の実技場です。白の学園の入試はその二つの学部しかありません」
「神官になる人も?」
「ええ、なりたくて、なれる職ではないですからね」
入学後の成績や魔力で、その後のコースが決まるようで、武官科、文官科、神官科、薬師科と分かれるようだ。
その中でも本部に務める者は、いろいろな制約があり、一部のようだが、白の学園を卒業した者は、帰国をしても優遇されるようだ。
「すごいですね」
「魔力の高い子供しか、受験できないのですよ。魔力が高いから、優秀という訳ではありません。現に、六年かかっても卒業ができず、卒業資格をもらえない者が、世界中で一番多い学園でもあるのです」
それだけ厳しい学園だから、卒業後に優遇されるのだろう。
ダニエル様は母校に、もう少し誇りを持っても良いと思う。
受験を諦めた私は、未練の言葉を、そっと空を眺めて、飲み込んだ。
道の中程まで来ただろうか、正面に大きな建物が見えてきた。
「左の大きな建物は学習館。教室があります。右は本館で図書室や飲食施設があります。三階は教職員室で、学園長室もそこですね。昔は学生も少なく、本館しかなかったと聞いています」
右側のグラウンドと本館の間に、他の建物より少し小さな建物があった。
「ここは、薬師館。教授たちの研究室と薬師科の実験室があります」
「薬草畑は見えないですね」
「この学園には、虫がいないのです。薬草は外部から仕入れます。それでも黒字になるほど、本部に薬は卸していますがね」
グラウンドと薬師館の間の道を右に曲がると、風景は一変した。
目の前には、学園との境目を現すような道が、左右にのびていた。
「正面の建物は、売店です。地下に洗濯施設があり、寮や教員住宅の洗濯をしています」
前世の大型スーパーほどある建物を、売店と言われてもピンとこない。
ただ、教員住宅などもあり、生活を営んでいる人がいるのだから、その規模の大きさも理解はできる。
「門に近い方に、教職員住宅や単身寮があります。あとの建物は学生寮です。ここは全寮制ですからね」
港を除く白の大陸には、五つの大きなサイユ村があると思った。
あの村で育った私は、門番がいるこの大陸の有りようが、まだ、好きにはなれないでいた。
「ダニエル様、あれはなんですか?」
売店や寮がある場所を、右手に見ながら、歩いて来た道の行き止まりに、不透明な幕があり、それを守るかのように二組の門があった。
「左は迎賓館の門、右の門番がいる方が学園長の屋敷です」
「学園長ってそんなに危険な職業ですか?」
ダニエル様は一瞬驚いたような顔をしてから、笑いだした。
「迎賓館は確かに、世界中からお客様が来ますから、守らなければなりません。学園長の屋敷は、いろいろと危険なものがありますから、それらを出さないために、強固な結界を張ってあるのですよ」
「凶悪な魔物ですか?!」
これから世話になる予定だが、門の外で野宿をしても良いだろうか。
「屋敷には使用人もいるのですよ。第一そんなところに、誰がベスを預けるものですか」
ダニエル様に見られて、慌てて首を縦に振った。
門番に取り次ぎを頼んですぐに、私は幕から現れた、豊かな胸で、呼吸もできなくなってきた。
「ベス、待っていたぞ。遅いではないか」
「朝一番ですよ、イザベラ。ちなみにベスが死にそうです」
乱暴に私の肩を押したイザベラさんは、満面の笑みを浮かべている。
「おはようございます。イザベラさん」
「おはよう、ベス。お爺さまはまだ、学園から戻っていない。ハンスが畑にいるから、行こう」
門と屋敷の間から、右に向かうと、柵を巡らした畑があった。
「ベス、この畑にある植物は、毒草ですから、無闇に触れてはいけませんよ」
奇麗な花に触れようとした瞬間に、ダニエル様が声をかけてくれた。
イザベラさんには、どんなに気をつけても足りないと、私は肩を落とした。
「懐かしいですね。昔のままです」
ダニエル様は畑の左奥にある、屋敷の一部を見て、そう言った。
どう見ても、屋敷に後付けされたように見えるのだが。
「あそこには思い出があるのですか?」
「ええ、学園長が直々に光り魔法を、教えてくださったのです。私は学生時代から、任務がありましたからね」
「学生なのに?」
「十五歳から、働けますからね。当時の大神官には、味方も少なかったのですよ」
ダニエル様がお兄さんを、大切に思っている事は知っていた。
だが、それを素直に口にする事は珍しかった。
「ダニエル、ハンスが茶を入れたらしい。行こう」
「おや、楽しみですね。ハンスのお茶はおいしいですからね」
入ってきた柵の、反対側の右隅に、小さな小屋が建っていた。
「井戸で手を洗わないと、ハンスが怒るからな」
イザベラさんは、そう言って井戸の水をくんでいるが、私とダニエル様は、畑のものには触れていない。
ダニエル様はイザベラさんを見て、ため息を一つついてから、手を洗った。
きっと、それがこの場では一番手っ取り早いのだろう。
井戸の横には風呂やトイレまであった。
「毒草を扱った後は、体や衣服を洗わなければなりません。ベスには興味がある畑でしょうから、それは覚えておくと良いでしょう。屋敷に迷惑を掛けますからね」
「はい」
ダニエル様は、てっきりこの畑に立ち入る事を、禁止をすると思っていた私は、上機嫌で返事をした。
小屋の中は、洗い場とカマドのある土間に、三メートル四方ほどの板の間が付いていた。
その縁に腰掛けて、皆でお茶を飲んでいた。
「今夜から、私たちは港に移るんですよ。荷物も積み終わり、明日の早朝には、出航です」
「青の大陸には行かないでしょうか?」
「最初に荷を届ける予定ですよ。乗りますか?」
「ええ。お願いします」
私を置いて行くのは、知っていたが、あまりに早い展開に、少し寂しい気持ちになって、私はカバンのルベにそっと手をやった。
イザベラさんのおじいさんである、白の学園長はルーカス様と挨拶の時に名乗ってくださった。
「私はベスに大きな借りを作ったようだ。フォルカがあの通りだから、ヨハンが話してくれた。ありがとう。教育の現場に身を置きながら、不甲斐ない話だが、身内はいつも後回しになってしまってな」
ルーカス様はそう言って、優しいほほ笑みを浮かべた。
「ベス、客間は殺風景だから、私の部屋を使ってもいいぞ。私は白の大陸に寄っても、ここまで来る時間はほとんどないからな」
イザベラさんは、私が不安そうに見えたのだろう、笑顔でそう言ってくれた。
「ああ、この屋敷では自由に過ごして構わないよ。皆にもそう伝えよう」
皆とは、玄関にズラリと並んだ、使用人たちの事だろう。
私はどうも、あの一団に苦手意識がある。
「あのぉ。本当に自由にさせてもらっても、構いませんか?」
「もちろんだよ」
ルーカスさんは、やさしい表情でうなずいた。
「でしたら、あの畑の小屋をお借りできないでしょうか?」
駄目で元々。言わねば損だと思った。
「借りるとは?」
伝わらなければ、意味はないが……。
「あの畑の小屋に住まわせてもらっても、良いでしょうか?」
「あんな汚い小屋にか?」
ルーカスさんは驚いているようだが、狭いが汚くはない。
「私は九歳まで、庶民でした。それから五年間は旅をしていたのです。立派なお屋敷は慣れていないのです。それに家獣もいますので」
「ルベウス様を家獣と……」
ルベはダニエル様の家獣で、様を付ける方がおかしいと思う。
「実は、一度屋敷に住まわせた事があるのですが、慣れずに木の上に隠れて、熱を出された事がありましてね。この子は退屈を知らない子なのです。魔法の勉強の合間に、薬草畑の経験もありますから、毒草の勉強もしたいのでしょう。差し支えなければ、許してやってはいただけないでしょうか」
「お爺さま、ベスの望みを、かなえてやってくれないか? ルベ様と風呂に入ったり、一緒に食事をしたりと、船の連中が感心するほど仲が良いんだ。ここでは皆の手前、それはできないだろうし、皆も扱いに困るだろう」
ダニエル様とイザベラさんの言葉に、ルーカス様は優しく目を細めた。
「それは、私もその様子を見せてもらいたいものだ。ベス、一つ約束をしてくれたら、あの小屋を貸す事にしよう」
「はい」
一つで良いのなら、多少の無理はしますとも。
「何かあったら、どんなに僅かな事でも、この家の誰かに声を掛ける事を、約束して欲しい。この家の者が、ベスを気に掛けている事を、忘れてはいけないよ」
「はい。ありがとうございます」
ダニエル様とイザベラさんが笑顔で私を見た。
私の嬉しい気持ちが、二人には伝わっていれば良いのだけれど。
ルーカスさんは、午前中の二時間、私を指導してくれるようで、その後は、私の様子を見ながら、考えてくれると言った。
屋敷をでて、小屋に向かいながらダニエル様は、思い出したように笑った。
「どうかしたのですか?」
「いいえ。立派な屋敷に預けるより、小屋で自由にさせておく方が、安心だと思うのは、なぜでしょうね。おまけに、周りは毒草だらけだというのにです」
私はその理由を知っている。
『ダニエルが、そう育てたからだろう?』
「それだと思う」
ルベと私の言葉に、ダニエル様は首をかしげた。
「そうなのでしょうか……?」




