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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
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白の学園

 翌日、私たちは札を見せて、白の学園の門を潜った。


 真っすぐ続く石畳の左右に、均等に植えられている樹木は、どこか地球の景色に似ていて、懐かしさを覚えた。

 右側には広いグラウンドが見えたが、学生の姿はない。

 左側には、大きな二つの建物がある。


「手前が武術学部、奥が魔法学部の実技場です。白の学園の入試はその二つの学部しかありません」

「神官になる人も?」

「ええ、なりたくて、なれる職ではないですからね」


 入学後の成績や魔力で、その後のコースが決まるようで、武官科、文官科、神官科、薬師科と分かれるようだ。

 その中でも本部に務める者は、いろいろな制約があり、一部のようだが、白の学園を卒業した者は、帰国をしても優遇されるようだ。


「すごいですね」

「魔力の高い子供しか、受験できないのですよ。魔力が高いから、優秀という訳ではありません。現に、六年かかっても卒業ができず、卒業資格をもらえない者が、世界中で一番多い学園でもあるのです」


 それだけ厳しい学園だから、卒業後に優遇されるのだろう。

 ダニエル様は母校に、もう少し誇りを持っても良いと思う。

 受験を諦めた私は、未練の言葉を、そっと空を眺めて、飲み込んだ。


 道の中程まで来ただろうか、正面に大きな建物が見えてきた。


「左の大きな建物は学習館。教室があります。右は本館で図書室や飲食施設があります。三階は教職員室で、学園長室もそこですね。昔は学生も少なく、本館しかなかったと聞いています」


 右側のグラウンドと本館の間に、他の建物より少し小さな建物があった。


「ここは、薬師館。教授たちの研究室と薬師科の実験室があります」

「薬草畑は見えないですね」

「この学園には、虫がいないのです。薬草は外部から仕入れます。それでも黒字になるほど、本部に薬は卸していますがね」


 グラウンドと薬師館の間の道を右に曲がると、風景は一変した。

 目の前には、学園との境目を現すような道が、左右にのびていた。


「正面の建物は、売店です。地下に洗濯施設があり、寮や教員住宅の洗濯をしています」

 前世の大型スーパーほどある建物を、売店と言われてもピンとこない。

 ただ、教員住宅などもあり、生活を営んでいる人がいるのだから、その規模の大きさも理解はできる。


「門に近い方に、教職員住宅や単身寮があります。あとの建物は学生寮です。ここは全寮制ですからね」


 港を除く白の大陸には、五つの大きなサイユ村があると思った。

 あの村で育った私は、門番がいるこの大陸の有りようが、まだ、好きにはなれないでいた。


「ダニエル様、あれはなんですか?」


 売店や寮がある場所を、右手に見ながら、歩いて来た道の行き止まりに、不透明な幕があり、それを守るかのように二組の門があった。


「左は迎賓館の門、右の門番がいる方が学園長の屋敷です」

「学園長ってそんなに危険な職業ですか?」

 ダニエル様は一瞬驚いたような顔をしてから、笑いだした。


「迎賓館は確かに、世界中からお客様が来ますから、守らなければなりません。学園長の屋敷は、いろいろと危険なものがありますから、それらを出さないために、強固な結界を張ってあるのですよ」


「凶悪な魔物ですか?!」

 これから世話になる予定だが、門の外で野宿をしても良いだろうか。


「屋敷には使用人もいるのですよ。第一そんなところに、誰がベスを預けるものですか」

 ダニエル様に見られて、慌てて首を縦に振った。


 門番に取り次ぎを頼んですぐに、私は幕から現れた、豊かな胸で、呼吸もできなくなってきた。

「ベス、待っていたぞ。遅いではないか」

「朝一番ですよ、イザベラ。ちなみにベスが死にそうです」


 乱暴に私の肩を押したイザベラさんは、満面の笑みを浮かべている。

「おはようございます。イザベラさん」

「おはよう、ベス。お爺さまはまだ、学園から戻っていない。ハンスが畑にいるから、行こう」


 門と屋敷の間から、右に向かうと、柵を巡らした畑があった。

「ベス、この畑にある植物は、毒草ですから、無闇に触れてはいけませんよ」

 奇麗な花に触れようとした瞬間に、ダニエル様が声をかけてくれた。

 イザベラさんには、どんなに気をつけても足りないと、私は肩を落とした。


「懐かしいですね。昔のままです」

 ダニエル様は畑の左奥にある、屋敷の一部を見て、そう言った。

 どう見ても、屋敷に後付けされたように見えるのだが。


「あそこには思い出があるのですか?」

「ええ、学園長が直々に光り魔法を、教えてくださったのです。私は学生時代から、任務がありましたからね」

「学生なのに?」


「十五歳から、働けますからね。当時の大神官には、味方も少なかったのですよ」

 ダニエル様がお兄さんを、大切に思っている事は知っていた。

 だが、それを素直に口にする事は珍しかった。


「ダニエル、ハンスが茶を入れたらしい。行こう」

「おや、楽しみですね。ハンスのお茶はおいしいですからね」


 入ってきた柵の、反対側の右隅に、小さな小屋が建っていた。


「井戸で手を洗わないと、ハンスが怒るからな」

 イザベラさんは、そう言って井戸の水をくんでいるが、私とダニエル様は、畑のものには触れていない。


 ダニエル様はイザベラさんを見て、ため息を一つついてから、手を洗った。

 きっと、それがこの場では一番手っ取り早いのだろう。

 井戸の横には風呂やトイレまであった。


「毒草を扱った後は、体や衣服を洗わなければなりません。ベスには興味がある畑でしょうから、それは覚えておくと良いでしょう。屋敷に迷惑を掛けますからね」

「はい」

 ダニエル様は、てっきりこの畑に立ち入る事を、禁止をすると思っていた私は、上機嫌で返事をした。


 小屋の中は、洗い場とカマドのある土間に、三メートル四方ほどの板の間が付いていた。

 その縁に腰掛けて、皆でお茶を飲んでいた。


「今夜から、私たちは港に移るんですよ。荷物も積み終わり、明日の早朝には、出航です」

「青の大陸には行かないでしょうか?」


「最初に荷を届ける予定ですよ。乗りますか?」

「ええ。お願いします」

 私を置いて行くのは、知っていたが、あまりに早い展開に、少し寂しい気持ちになって、私はカバンのルベにそっと手をやった。



 イザベラさんのおじいさんである、白の学園長はルーカス様と挨拶の時に名乗ってくださった。


「私はベスに大きな借りを作ったようだ。フォルカがあの通りだから、ヨハンが話してくれた。ありがとう。教育の現場に身を置きながら、不甲斐ない話だが、身内はいつも後回しになってしまってな」

 ルーカス様はそう言って、優しいほほ笑みを浮かべた。


「ベス、客間は殺風景だから、私の部屋を使ってもいいぞ。私は白の大陸に寄っても、ここまで来る時間はほとんどないからな」

 イザベラさんは、私が不安そうに見えたのだろう、笑顔でそう言ってくれた。


「ああ、この屋敷では自由に過ごして構わないよ。皆にもそう伝えよう」

 皆とは、玄関にズラリと並んだ、使用人たちの事だろう。

 私はどうも、あの一団に苦手意識がある。


「あのぉ。本当に自由にさせてもらっても、構いませんか?」

「もちろんだよ」

 ルーカスさんは、やさしい表情でうなずいた。


「でしたら、あの畑の小屋をお借りできないでしょうか?」

 駄目で元々。言わねば損だと思った。

「借りるとは?」

 伝わらなければ、意味はないが……。


「あの畑の小屋に住まわせてもらっても、良いでしょうか?」

「あんな汚い小屋にか?」

 ルーカスさんは驚いているようだが、狭いが汚くはない。


「私は九歳まで、庶民でした。それから五年間は旅をしていたのです。立派なお屋敷は慣れていないのです。それに家獣もいますので」

「ルベウス様を家獣と……」

 ルベはダニエル様の家獣で、様を付ける方がおかしいと思う。


「実は、一度屋敷に住まわせた事があるのですが、慣れずに木の上に隠れて、熱を出された事がありましてね。この子は退屈を知らない子なのです。魔法の勉強の合間に、薬草畑の経験もありますから、毒草の勉強もしたいのでしょう。差し支えなければ、許してやってはいただけないでしょうか」


「お爺さま、ベスの望みを、かなえてやってくれないか? ルベ様と風呂に入ったり、一緒に食事をしたりと、船の連中が感心するほど仲が良いんだ。ここでは皆の手前、それはできないだろうし、皆も扱いに困るだろう」


 ダニエル様とイザベラさんの言葉に、ルーカス様は優しく目を細めた。

「それは、私もその様子を見せてもらいたいものだ。ベス、一つ約束をしてくれたら、あの小屋を貸す事にしよう」

「はい」

 一つで良いのなら、多少の無理はしますとも。


「何かあったら、どんなに僅かな事でも、この家の誰かに声を掛ける事を、約束して欲しい。この家の者が、ベスを気に掛けている事を、忘れてはいけないよ」

「はい。ありがとうございます」


 ダニエル様とイザベラさんが笑顔で私を見た。

 私の嬉しい気持ちが、二人には伝わっていれば良いのだけれど。


 ルーカスさんは、午前中の二時間、私を指導してくれるようで、その後は、私の様子を見ながら、考えてくれると言った。


 屋敷をでて、小屋に向かいながらダニエル様は、思い出したように笑った。

「どうかしたのですか?」

「いいえ。立派な屋敷に預けるより、小屋で自由にさせておく方が、安心だと思うのは、なぜでしょうね。おまけに、周りは毒草だらけだというのにです」


 私はその理由を知っている。

『ダニエルが、そう育てたからだろう?』

「それだと思う」

 ルベと私の言葉に、ダニエル様は首をかしげた。


「そうなのでしょうか……?」








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