動き出すために
私たちは港の門の前で、馬車を下りた。
「少し歩きますが、つらいようでしたら、おぶりますよ」
「疲れは取っていただいたので、大丈夫です。歩けます」
馬車の中で、魔法を使ってもらい、体は楽になった。
第一、十四歳でおんぶは少々、恥ずかしい。
港には旅館や店が並ぶ、にぎやかな場所とは別に、倉庫や小さな工場が建ち並ぶ場所がある。
その外れにある、石造りの小さな倉庫に、ダニエル様は入って行った。
入り口に足を踏み入れると、すぐに木製の壁と扉があった。
魔導具の小さな照明が、薄暗く照らす入り口から入った場所で、ダニエル様が窓のよろい戸を次々に開けていく。
その窓から光が差し込んで、空気中の塵が舞っていた。
横幅は十五メートル、縦幅は三十メートルほどだろうか、
一番奥に水回りをまとめているようで、その少し手前に、大小の木の箱が散らばっていた。
二階もあるようで、木製のはしごが天井の穴にかかっている。
「ダニエル様、ここは倉庫ですよね?」
「ええ、外見はそうですね。私のために動いてくれている者の中には、白の民ではない者もいますからね。集まる時にはここを使います。宿を嫌う者も多いので、二階は泊まれるようにしてあるのです」
そう言いながらダニエル様は、大きな箱を四つ集めて布をかけ、そのそばに小さい箱を四つ置いた。
「食事にしましょう」
ルベとダニエル様が、料理を並べる様子を見て、私は急いで手伝いを始めた。
この倉庫は隠れ家で、机と椅子はその時の人数で、形を変えるのだと思うと、急に楽しくなってきた。
各国でお世話になった、ダニエル様の部下さんたちが、ここに集合したら、それはどんなに楽しいだろう。
そこに私も入れてくれるだろうか。
『何か楽しい物でも見つけたか?』
食事の後片付けをしながら、楽しく皆の事を思い出していたが、心の動きをルベに隠す事はできない。
「ほら、白の大陸に来るまで、ダニエル様の部下さんたちに、たくさんお世話になったでしょう? 皆良い人ばかりだったから、また、お会いできたらいいなあって思ったの」
『獣神官になれば、どこへでも行ける。生きている者には会える』
私は驚いてルベを見た。
「え? 獣神官の試練は受けたから、獣神官でしょ?」
『四神獣と対面してはいないだろうが』
「ああ、忘れてた。いつ会えるの?」
『自分で言ったではないか、そう決心した時だと。膨大な魔力を受けるのだ。四神獣とて、その重大さを知っているから、その時を待っているのだ』
「そうか、大神官様しだいね」
ルベは力が抜けたように、木箱に座ってダニエル様に目をやった。
『ダニエル、茶は向こうで飲め』
「ええ。分かっていますよ」
どこへ行くのかと聞くまでもなく、ルベの空間は開いた。
「ここでお茶? 倉庫には誰もいなかったでしょう?」
『白の大陸は魔力の高い者が多い。この空間は人間にみつかる事はないが、中で今のベスが、魔法の使い方を間違えたら、どうなるか想像がつかない。歴代最年少の獣神官は、全てにおいて異例だが、その中にそそっかしいも、入っているからな』
散々な言われようだが、否定ができないだけの事を、してきた自覚はある。
ダニエル様は、楽しそうにお茶の用意をしている。
「神殿は良い茶葉を使っているのです」
『匂いがきついな』
「良い香りです。飲んだ後に鼻から抜ける香りが、豊かで好きですが、高そう」
ルベと私に、高級な茶葉は向かないようである。
『ベス。白の学園長の家は安全だ。人間が設置できる最強の結界がある。我はこれから忙しくなる。神獣たちとも頻繁に会わねばならぬ。四六時中そばにいてやれぬだろう』
「うん。赤の神獣様に、お肉のお礼を言ってね」
寂しくなるが、私が勉強をしている時間は、ルベも退屈だと思うと、ここは少し我慢をするべきだろう。
「私は白の学園地区内にある、学園長のお宅で暮らす訳にはいきません。できるだけ会いに行きますし、手紙もだします。この官服の金のモールは大神官の色。主神官の仕事の他に、やるべき仕事も増えたのです」
「会いに来てくれる?」
「ええ。私はベスの後見人ですからね」
私はそのために、白の学園に行こうと決心をしたのである。
ダニエル様のそばにはいたいが、足かせになってはいけない。
たくさんの仕事を抱えている事は、魔導具のトリが運んでくる書類の量で、想像はついていたのだ。
『それで、今からベスに空間をやる』
「へ?」
全く、思考が追い付かないのは、頭が不器用なせいだろうか。
『だから、我らがそばにいられぬ時、荷物は困るであろう』
「だって前は、大きな袋やカバンに、着替えとかを入れて運んだよ?」
『四神獣の基本の魔法は使えるのだから、袋は持つ必要がないだろう』
「そうか」
素直に返事はしたが、実は理解ができないとは、言いにくい。
『ダニエルと同じ物だ』
「薬箱?」
「覚えていましたか。あの時はまだ、ベスに教えるには早かったのですよ」
『ベス、我に触れるのだ、そして我の魔力を感じるがいい』
「うん」
私はルベを抱きしめて、魔力を感じようとギュッと力を入れた。
『そんなに力を入れると、逆に感じ取れぬ。ダニエル、ベスに小動物を抱かせるな。危険だぞ』
ダニエル様は、クスクスと笑ってうなずいていた。
ルベの体の中に、静かに流れている魔力は、お湯のような感じがした。
「あ、あった。分かる! 温かいね」
『にやけるな!』
それは無理。お湯入りのぬいぐるみは、そうそう手放せない。
「あれ、ルベの手の先に何かがある」
『それを、自分の指に移してみろ』
「おお、移った、あれ?」
小さなシャボン玉のような物は、割れるでもなく、まるで私の中に吸い込まれるように消えた。
『自分の指先に、もう一度出してみろ』
実際には見えてはいない物が、頭の中で映像になっていたのだから、これはきっと、魔法のように、思い描く事ができれば良いのだろうと思った。
案の定、それは私の指先に現れた。
『それがベスのカバンだ。そこにあるカップを入れてみるといい』
ダニエル様の好きなティーセットである。
落として割れる事を考えたら、手はだせない。
消えても良い物はないかと考えて、頭に乗っている、邪魔な帽子を入れた。
「おお、入った。でも片方の腕しか使えないよ?」
毎回指先にある空間に、物を入れるとなれば、使いにくい。
「そのカバンはベスの好きな場所にあるのです。自分の手の届く範囲の、どこにでもあるのですよ。ただ、入れる時と出す時は、人の目を気にしなければなりませんよ。私はポケットや袋から、出し入れしているように見せています」
触れるだけで使えるので、重たい物を移動させるには、楽だろうと思った。
私はいろいろな位置から、出し入れができるように練習をした。
その空間は、時間が経過しないようで、熱い物や冷たい物、鮮度までが保たれるようだが、心臓が動いている物は入れる事ができないらしい。
大きさは魔力に比例するらしく、四神獣に会うとかなり大きい物も入ると聞いて、ルベが巨大な魔物を入れていた事を思い出した。
これで、着替えを自分で持てると思うと、嬉しかった。
ルベは人間ではないが、下着は少し恥ずかしかったのである。
「ベスのカバンは誰にも見えません。盗む事も開ける事もできません。ただ、魔法を研究している者は、その存在を知っています。誰にも見られてはいけませんよ」
「もう、誘拐されるのは嫌です。そういう意味ですよね?」
ダニエル様は、少し困った顔でうなずいた。
ルベから渡された、私の物はそう多くはなかった。
全財産は、学園に楽に通える額だとは聞いていたが、かなり多く、ダニエル様が小さな袋に少額を移してくれた。
「これで自分の持ち物が分かったでしょう? 学園で買い物はできますが、ここは港ですから、お店を見ながら楽しむのも良いでしょう。明日は学園に行きますよ」
私はこの世界で初めて、一人になる気がした。
ダニエル様やルベと、離れて暮らす事は何度もあったが、二人は必ず迎えに来てくれると、信じていた。
私が待つ場所には必ず、二人とつながる人が、いてくれたのである。
今の私は、どこか不安なのである。
まるで、自分の荷物を抱えて、放り出されたような気がしていた。
白の大陸には家族もいるというのに、小さな孤独が、心の中に急に現れた気がして、私は思わず、ダニエル様にしがみついた。
「どうしました? 急に独り立ちさせられた気分ですか?」
「はい」
「それは、お金と荷物のせいですよ。私もルベも、まだまだベスからは、目が離せませんから、そばにいますよ」
『学園では問題を起こすな。追い出されるぞ。我とダニエルがいなければ、神殿に閉じ込められるぞ』
それは嫌だ。
「すごく良い子にしている。ありったけの猫を被っているわ」
「化けの皮ははがれますからね。ベスは良い子ですから、普通にしていてください。頑張り過ぎると、何かをしでかしそうですからね」
ダニエル様は楽しそうに笑ったが、私を何だと思っているのだろう。
港に並ぶ店には、世界中から集まったものが並ぶようだ。
ルベがいない時のために、私は茶色のカバンを買った。
学園には、寮や職員の住宅もあるので、買い物には困らないようだが、空間を人混みで使う練習も兼ねて、買い物をした。
カゴを編む材料は、買った後で店を出て、人目のない場所で空間に入れる。
コツをつかむと、それは思っていたより、面倒ではなかった。
大きめの布の袋も、使えそうなので購入した。
「ベス、あなたは女の子なのですよ?」
「はい、そうですが?」
「服やリボンや、お菓子は良いのですか?」
ダニエル様は呆れたように言うが、私はそれを望んだ事はないと思う。
「服もリボンもあります。お菓子は一人で食べると、悲しくなるから、乾燥果実で十分です」
ダニエル様は困った顔をして、小さな陶器の器に入ったあめ玉を買ってくれた。
「ありがとうございます。懐かしい」
「どういたしまして」
生まれて初めて魔物を倒した後に、買ってもらったのは、あめ玉だった。
その容器は大切に手拭いに包んで、ルベに預けておいた宝物で、今は私の空間にある。
この世界の子供たちには、なじみのあるものだろうが、私にとっては、二つ目の宝物なのである。
大人はきっと、忘れてしまっているのだろう。
子供にあめ玉を買い与える時、大人は本心を見せる。
その顔は、店主に金を払う、ほんのわずかの間ではあるのだが。
私の宝物には、飛び切り優しい、ダニエル様の笑顔が刻まれている。
教えてはやらないが……。




