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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
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私の譲れないもの

「エリザベス様、それではこれからの事について、少し話し合いましょう。この二人に合わせていたら、一歩も先に進みませんからね」

 ニコール様は私の前の椅子に腰掛けて、書類の分だけテーブルの上にある物を、ずらした。


 私はどうでも良い事に、意地になっている二人に目をやって、小さくため息をついた。

「いつもの事です。放っておいても終わりますよ」

 私は、兄弟の少し変わった挨拶と捉える事にした。


「順序立てて、分かりやすく説明できればいいのですが、その前にいくつか、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「はい」

 ニコール様は一番上の書類に目を通して、顔を上げた。


「エリザベス様はまだ、十四歳です。学園はお決まりになりましたか?」

「それは今、白の学園が検討をしていると、報告がきているでしょう?」

 ニコール様の質問に、反応したのは、ダニエル様だった。

 その位なら、私にだって答えられるというのに。


「ダニエルは、お兄様のお相手をしていてください。お二人が入ると、話が前に進みません」

「ダニエル、ニコールの仕事を邪魔するな」

 どうやら大神官様は、補佐を選ぶ目だけはあったようだ。


「私は、エリザベス様のお気持ちを、一番に考えて差し上げたい。誰が何を言おうとも、気になさる必要はないのです。獣神官になると言う事は、たくさんの権限を得る事ができますが、それ以上にたくさんの権利を失います。ですから、できるだけお気持ちに添う方向で、考えていきましょう」


「ありがとうございます」

 とても親切そうには聞こえるが、この場合、私の気持ちを考えてくれている訳ではもちろんない。

 獣神官である私の気持ちだからこそ、考えてくれるのである。


「それで、好みの学園や、学びたい物はおありですか?」

 あると言っても、私にはその道が閉ざされている。

 無理に開けてまで、その道を歩もうとは思っていない。


「治療学や薬学に興味があったので、イーズリ第一学園か白の学園と思っていたのですが、治療学は私の学びたいものでは、ありませんでした。光魔法の治療は神官になる学生でなければ学べません。私は神官職に就く訳ではないので、学園を諦めて、どちらかの薬師様のところで、学ばせてもらおうかと思っています」


「薬師ですか?」

 ニコール様は不思議そうに、小首をかしげた。


「私が白の大陸にいなければ、ダニエル様の自由がなくなります。私のせいで仕事に支障をきたすのは、避けたいと思っています。できれば白の大陸で、学ぶ事ができれば良いと思っています」

 どこの学園に行こうと、寮は許されず、ダニエル様と暮らす事が条件なのだ。


「ここに、一通の手紙があります。差出人はイーズリ第二学園の学園長です。とても優秀な光魔法の使い手でもあります」

「はい」

 ダニエル様の母方のおじいさんだが、光魔法の使い手だったのは、初耳である。


「この手紙には、紹介状が添付されていたのです。白の学園長は、光魔法の第一人者ですからね。あなたを、学生としてではなく、弟子として才能を伸ばして欲しいと書かれてありました。学園長は受け入れてくれるようですが、どうなさいますか、光魔法も薬師も諦めずに済むと思いますよ」


 学園長室で受けた試験を思い出した。

 紹介状はありがたいと思ったが、白の学園の次期学園長がフォルカ様とヨハン様なのである。それは許される事なのだろうか。


「良かったですね。すでに教べんはとられていませんし、弟子を持たない事で、有名な方ですから、教えをいただきたい者は皆、諦めるしかないのですよ」

 ダニエル様はそう言ったが、不安はある。

「はい。でも私は十四歳で、基礎知識もありません」


「それも承知で、お引き受けくださったのでしょうね。二人の学園長同士の手紙ではなく、ここをわざわざ通したのは配慮を望んでの事でしょう」

 ニコール様は苦く笑った。

 明らかにコネではあるが、それでも、治癒魔法が学べるのなら、この機会を逃すのは、もったいないと思った。


「学園に入学する訳ではありませんから、問題はないでしょう。住み込みですから、これで、住宅面も解消ですね」

 ニコール様は、笑顔でそう告げた。

 私は慌てて、ダニエル様の腕にしがみついた。


「ダニエルを後見人から下げるつもりはありません。いつでも会えるでしょう」

「ルベは?」

「ルベウス様の行動は、誰にも口は出せません」

 ニコール様は、当たり前のようにそう言って、書類を一番下に差し込んだ。



「さて、重要な話はここからです。とはいえ、ほぼ決定事項の確認をするだけですが、本部としては、獣神官の就任式の日取りを決めなければなりません。本来ならば、試練の後にすぐ行う式なのです。ですがエリザベス様は、まだ成人にも達していらっしゃらない。全てが異例ですから、難しいのです」


「少し質問させてください。私が獣神官に正式に決まったら、仕事場や住まいはどこになりますか? それと、私が一人でできる事は限られています。私に力を貸してくれる人の選任は、どうするのでしょう」

 ここだけは、聞いておかなければならないと、私はニコール様を見た。


 私は未成年だからこそ、用心をしなければならないのである。

 大神官様のように本部で暮らし、本部で仕事をするのは避けたい。

 自分の仲間が、懐に暗器を持っているなど、考えたくもないが、それが立場が上がる度に増える世界なのは、既に理解をしていた。


 大神官様は、怖い顔に優しい笑みを浮かべた。

「獣神官は特殊なんだよ。四神獣様をお迎えする場所が必要になる。その場所は誰も見た事もなければ、記録にも残っていない。ただ、この神殿の中に獣神官の執務室はあるから、自由に私には会にくる事ができるよ」


「は……い」

 最後の一言がうっとうしいと思ったのは、ダニエル様との会話のせいである。

 悪いが、毎回これを聞かされるのは、遠慮したい。

 ルベですら、鼻の上にシワを寄せているのだから。


「エリザベス様は、まだ、未成年ですし、周りでお仕えする者は、本部で人選いたします」

 思っていた通りの答えが返ってきた。


「就任式は十五歳と十八歳では三年しか違いません。私にとっては、魔力量が増えるだけで、四神獣様からの伝言を伝える仕事が、どのような物かは体験しなければ分からないのです。ただ、就任式に出るかどうかは、決めていません」


 三人の視線に物理的な力があれば、私は瞬殺されていたと思う。

 私は獣神官にはなったが、就任式に出ると言った覚えはない。


「お忘れでしょうか? 私は右も左も分からない。ただの小娘です。ダニエル様に大切に育てていただきましたので、世間知らずでもあります。何から何まで、教会の方に用意をしていただくのなら、獣神官の就任式には出ません」


「就任式は大神官の時も行われました。世間にお披露目をする大事な行事です」

 ニコール様は、そう言い切った。

 私はだだをこねている訳ではない。


「そんなものは、教会本部の世間体ですよね。四神獣様に認めてもらい、彼らの言葉を伝えると、私が決めた時が就任式。違いますか?」

 私は確かめるように、大神官様の顔を見た。

「それを、誰に? ダニエルには言っていないはずだが」


「四獣神様に通じているのはラベーナ神、そして、こちらの様子をお伝えできるのは大神官様でしょうか? 獣神官の心の準備が整った時に就任式をして、人々の前に四神獣様がそのお姿を現す。でも、それだけなら式はいらないですよね。そこに教会の思惑があるのではないですか?」


「少し違うが、そう外れてはいないな」

 大神官様は面白そうに、目尻にシワをよせた。


「私はこの若さで、殺されたりするのは嫌ですし、教会にはお世話になっていますが、全員を善人だと思うほど、子供でもありません」

 そこまで言って、私は大きく息を吸い込んだ。

 勝負はここからなのである。


「私が就任式に出る条件は、ただ一つです。ダニエル様を獣神官の補佐にいただきたい。理由は簡単です。私はダニエル様になら、裏切られて殺されても諦められるからです」


 ダニエル様は、口元を手で隠して、目を細めて笑っている。

 楽しそうで、何よりだが、不謹慎だと思う。


「ダニエルは私の、たった一人の弟なのだ。誰よりも信用ができるからこそ、エリザベスを任せた。まだ若いが故に、反対する声も上がったが、私がここを離れる訳にもいかなかったのだ」

 それは知っている。

 だから、手放さないであろう事も……。


「そのお気持ちは重々承知しております。ですが、それが親より強い絆になると、考えなかった大神官様ではありませんよね。それでも、ダニエル様を本部から離しておきたかった。ルベを付けて、何から守りたかったのかは、想像がつきます。ですが、そんな都合の良い話は、私には関係がありません」


 ニコール様が私を見るその表情は、驚きだろうか、それとも後悔だろうか。

 私の容姿は、どれだけ甘く見えていたのだろう。


「私が聞き分けの良い、お利口さんだと書いてある報告書が、ありましたか? 私の条件はかわりませんよ。絶対にです」

 大神官様には、上等の笑顔を向けた。

 私が一歩も引く気はない事を、分かってもらうために。


「少し考える時間をもらえるだろうか?」

「ええ、猶予は何十年でも差し上げます」

 大神官様には、時間が必要だろうと思った。


「ダニエル様、帰りたい」

「はい。おなかがすきましたか?」

「うん」

 ダニエル様のこの優しさを、誰かに譲る訳にはいかない。


「この書類を、白の学園長のところに持っていけ」

 ニコール様が、ダニエル様に書類を渡した。

 その顔に浮かぶ、小さな笑みに、力一杯の笑顔を返した。


 まだ、大丈夫。

 きっと、ばれてはいない。

 ダニエル様を得た後に、私の企みが始まる事は……。


 神殿をでて、送りの馬車に乗った。


『頑張ったな。泣くな』

「うん……。だって、止まらない」

 涙も体の震えも止まらない。それどころか、寒くもないのに歯がカチカチと小さな音をたてていた。


「ありがとうございます。大丈夫ですよ。私がベスのそばを離れる事など、ありえません」

 ダニエル様は優しい笑顔でそう言った。


『ダニエル、港に行け。ベスに教えなければならぬ事がある』

『ええ。そろそろ、必要でしょうね』


 何かを教えてくれるらしいが、今の私はひどく疲れていた。


 少しだけ、休みたい。

 一世一代の大舞台だったのだから……。








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